2005年の発売以来累計164万部を突破。驚異のベストセラーを記録した『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』は、いかにして生まれたのか?公認会計士&税理士にして作家としても活躍を続ける山田真哉さんに、著作の誕生秘話やお金にまつわる裏話をお聞きしましょう。第一回目は、ご自身が作家になるまでのご経験について語っていただきます。

公認会計士になるきっかけは人からの勧め

山田真哉さん

――まずは、山田さんが公認会計士を目指された経緯からお聞かせください。

山田:私は現在こそ公認会計士という職に就いていますが、高校までは語ることがないくらい何もない人生を送ってきました。中流家庭に生まれ、公立高校に行って、将来なりたいものも特にないという生き方でした。大学入学後は、予備校の講師のアルバイトを始め、現代文と古文・漢文などを教えていたのですが、兵庫に住んでいたので、卒業後に上京して一旗揚げようと、有名予備校に就職することになります。ところが、わずか2ヵ月足らずで辞めてしまったのです。本当に五月病ってあるのだと思いましたよ。

辞めた理由ですか?要するに、自信がもてなかったのですよ。周りを見ると林修さんのような有名講師ばかりが揃っている。その地位まで上っていくにはおそらく、10数年はかかるだろうし、仮に講師ではなく職員として勤務し続けることをイメージしても、ちょっと違うなと感じていました。

わずか2ヵ月で予備校を辞めてしまいましたし、手に職もないので、専門学校に入学して勉強しようと考えました。まあ、本音をいえば、働きたくなかったので、“勉強して資格を取ろう”という言い訳を用意したということになります。駅前の専門学校に行って、「僕に向いている資格ってないですか?」と聞いたら、公認会計士を勧められました。そのとき、仮に「電験3種が良い」と言われていたら技術者になっていたかもしれないし、不動産鑑定士になっていたかもしれません。これは後にわかることですが、その専門学校で一番、授業料が高いのが公認会計士だったのです(笑)。

――公認会計士に対してどのようなイメージをもっていましたか。

山田:大学では歴史学を専攻していたので、数字の世界は程遠いというか、まったく理解してはいませんでしたね。就職活動のときに、「売上高」とか、「減収減益」って良くないね、なんてレベルの知識は身につけてはいましが、たかが知れています。

思い起こしてみると、中学のときに入っていた吹奏楽部のOBが税理士で、暇だから中学にまで遊びに来るのかな?というイメージを持っていました。地方の予備校で講師のアルバイトをしていた時代にも、そこの経営者が「山田君、税理士って楽な仕事だね」ってぼやいているのを良く覚えていました。

頑張れば受かる 大学受験のノウハウを活かした公認会計士資格受験

山田真哉さん

――実際に勉強してみて、いかがでしたか。

山田:実際に勉強をしてみると、案外、自分に向いているなと思いました。4年間、受験生を教えているので、その経験から、“どうやって勉強すれば良いか?”と、いうことはわかります。会計士試験は確かに難しいけれども、この手順を踏めばたぶんいけるだろうと、頑張れば受かるだろうと言う感触はありました。

勉強自体は大変でしたが、因数分解をしてとらえることで、プレッシャーをはねのけていました。当時、合格率は8%でしたが、まだそのレベルに達していない人も受験するので、本気の人が、まあ1/3とすれば、33%の8%で、その時点で実質の合格率は24%になります。要するに1/4は受かるので、確率的に4回受ければ1回受かるわけですから、そう考えると気持ちが楽になります。

そもそも試験自体は筆記が8割ですから、そこは現代文をやっていた私にアドバンテージがあります。上位25%にギリギリ入るのではないかなと、そう考えましたね。まあ、これも講師経験のなかから生まれた考え方です。生徒にやる気を出させるためには、ちゃんと因数分解をして説明しなくてはなりませんから。アルバイト講師時代の経験はものすごく生きていましたね。

あたった新聞広告!公認会計士のことを本にしようとひらめく

――合格した後のイメージというのは、すでに当時から持っていたのですか。

山田:合格するまでは、その先のビジョンについては何も考えていませんでした。当然、試験に受かれば監査法人には入れるだろうと、当時は空前の売り手市場でしたからね。仕事内容も何もよくわかってはいませんでしたが、とりあえず受かったら、それなりの年収がもらえるらしいと、しかも仕事は楽らしいと(笑)、そんな感覚でした。

実際に資格を取得して、当時、最大手だった監査法人に入りました。イメージしていた以上に残業はあったのですが、基本的には普通の会社員なんですよね。これは楽でいいなと思っていました。ところが、一方で、予備校講師の仕事への愛着も少し残っていましたし、実は昔から趣味の延長というか、本を出版したいという夢を抱いてもいました。

会計士の仕事を一年も経験して“そういえば、会計士のことを本にできるのでは?”と思うようになっていたのですね。結局、学生って、会計の仕事の内容などよく知らないままに勉強を始めるので、実際に仕事をしてみて、“なるほどこういう意味だったのか!”というのが後からわかって、はじめて理解するというのがちょいちょいあって。仕事内容がわかれば、丸暗記してきたことが、知識として定着するのがわかったので、これは会計士の仕事を知らない会計士受験生に向けた本を出版すれば売れるのではないかと思いました。

とはいえ、いきなり出版社に原稿を送りつけてもあまり意味がないと言うか、ちゃんと実績を作ってから“売れる本”を出版しようと考えました。そこで会計士試験の専門学校が発行している雑誌に、会計士が主役の小説を提案。「女子大生会計士の事件簿」という作品の連載がスタートしました。

連載が始まって一年が経ち、アンケートによると評判も良かったので、これは実績になるだろうと、原稿をまとめて意気揚々と30社ぐらいの出版社に持ち込んで、本にしませんか?と売り込みました。しかしながら、“前例がないから”という理由をつけられて全滅。仕方がないので、自腹を切って自費出版をしました。しかも、もう少しお金を出せば日経新聞に広告が出せるよと言われて、人生の記念にとお願いしたら、それが当たったのです。(提供:お金のキャンパス

山田 真哉(やまだ しんや)
公認会計士・税理士
一般財団法人 芸能文化会計財団 理事長

神戸市生まれ。公認会計士・税理士。大学卒業後、東進ハイスクール、中央青山監査法人(現・PwCあらた有限責任監査法人)を経て、芸能文化会計財団の理事長に就任。
主な著書に、160万部のミリオンセラー『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社)、シリーズ100万部『女子大生会計士の事件簿』(角川文庫他)。
現在は『浅野真澄×山田真哉の週刊マネーランド』(文化放送)・『坂上&指原のつぶれない店』(TBS)等にレギュラー出演し、約60社の顧問、内閣府の委員等を務めている。


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