シンガポールの建国の父である、リー・クアンユー初代首相が死去してから、3月23日で1年になる。

35歳で首相となってから、50年以上もの長きにわたり、様々な形でシンガポールをけん引。強引な手法を多用したこともあって大きな批判を受けながらも、積極的な移民の活用や低税率により、西洋諸国から見ると、政治的・人道的には敵対、経済的には友好的な国家へと成長させた。

しかし、カリスマが不在となった今、シンガポールの経済にほころびが出始めている。没後1年のこのタイミングで、リー・クアンユー氏がどのような国づくりを行っていたのか、またこれからどの様に変化していくのか見ていきたい。

シンガポールという異質の国家

シンガポールと聞くと、多くのビジネスパーソンは「金融立国」とのイメージをもっているが、シンガポールはかつて工業立国をめざしたことがある。GDPに占める工業(製造業)の割合は2割強だが、この工業による経済発展は国策で行われた。

現在の金融での存在感もこの国策の延長線にある。そもそも、シンガポールには資源がほとんどなく、国土の大きさも淡路島程度だ。

その為、通常の国内で産業を一から育成する事は極めて困難であると判断したリー・クアンユー氏は、法人税を極めて低くすると共に、非植民地時代の言語である英語をそのまま標準語とした。

また教育に極めて多額の国費を投資し国民の教育レベルを上げ、積極的な移民政策を行なった。そうすることで、高等教育を身に着けた人財、ならびに安価で利用できる人材を豊富にし、かつ低税率で英語が共通語という西洋諸国から見て理想的な国家を作り上げた。

このシンガポールの強みは、そのまま金融業界でも通用する。金融機関の進出が多くなっているために金融立国のイメージが強い。

もう一つの注目すべき点は軍事面の強さだ。スイスが永久中立国となっているため、戦火に巻き込まれない可能性が高いとして、富裕層がプライベートバンキングサービスを同国に求めている事は有名だが、シンガポールの場合は小国ながら強い軍事力が信頼を得ている。

徴兵制も持ち、また近代的な軍を保持している。これらにより、数少ない、ムーディーズ・S&P・フィッチの3つの格付け機関において国債の評価が最高である国家だ。世界で最も信頼できる国家の1つとも言える。

リー・クアンユー氏による強権な経済立国

この様な国を作り上げることができた理由について、象徴的なのはシンガポール政府にて90年代に提唱された開発型民主主義についての考え方だ。強い国家を作り上げるために自由の制限と、社会共同体の強化を挙げている。

民主主義・人権に対して彼らは、人権よりも国家が優越する事を唱え、民主主義や人権を二の次として経済発展にすべてを注いだ。

国民も、当初はマレーシアより切り捨て、追放の様な形で強制的に独立させられたシンガポールが数十年で東南アジア一の国家に急成長した事で支持していた。

しかし近年においては経済も成熟し終わり、また世界的な経済不況により経済成長が減速始めた事により、国民が政府に対して不満を持ち始めている。

特に近年は移民・ビザ保有者がシンガポールの人口の40%近くなっているため、非移民のシンガポール人からすると、外国人が国民の職を奪っている様に見える。

また近年まで続いていた不動産化価格の高騰、そして2012年に起こった移民の外国人投資家による高級スポーツカーに乗っての乱暴運転により国民の死傷者が出た事も不満の高まりの要因だ。


これまでの成長モデルを破棄するのか?

シンガポールの移民抑制政策については、現在移民制度の強化を検討している日本政府も注視している。

従来シンガポールが行ってきた、世界各国からの高度人財受け入れと外国資本誘致は日本もこれからの経済成長に利用したい政策だ。出生率の低下の問題や賃金の高止まり、国際的に見た低い失業率についても日本とシンガポールは問題を共有している。

これらの問題に対する施策として日本が導入しているシンガポールの成長モデルを、シンガポールが破棄しようとしているのだ。

もっとも、シンガポール政府はこの政策方針を転換する事は考えていない。国民の不満にこたえるべく移民の削減と認可の基準の高度化は進めようとしているが、移民自体はこれからも発展の為に必要だとしている。国民からの要望と政府の成長モデルとのせめぎあいがこれからも続いていくであろう。

“リー・クアンユー”という大きなカリスマを失ったシンガポールは、国の羅針盤を変革するか否かの瀬戸際に立っている。

民主主義の導入をこれから進めるにあたり、国民の意見がより経済政策に影響する。その意見は既存の経済政策と相反する物となりかねない。

今、シンガポールが抱える諸問題は日本と同様の問題、もしくは日本が今後直面する可能性がある問題だ。

3月24日には予算案も公表される。シンガポール経済のこれからは、日本経済の道しるべという意味でも注視すべきだろう。(岸泰裕、元外資系金融機関勤務・大学非常勤講師)

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