中国,セクハラ
(写真=PIXTA)

中国は自己主張と交渉で成り立っている。日本式の予定調和という考えはなく、争いを忌避しようとしない。これを上司と部下の関係に当てはめると、露骨な支配とゴマスリと手抜きのせめぎ合いという美しくない構図になりやすい。これが日系企業になると対日感情がからみ、もつれるとなかなかほぐれない

中国のハラスメント感覚

日本的感覚では、中国人上司の指示はほとんどパワハラに近い。主語、述語、目的語、がはっきりしている中国語は遠回しな言い方を欠いている。

しかし中国人部下も言われっぱなしで引き下がることは少ない。言い訳、反撃、必ず何かしら言い返す。時に大荒れとなり、日本人はその様子をハラハラして見守る羽目になる。ただしここで男女の差はない。女性上司は大変に多い。

したがってセクハラ事情も違っている。中国の事務所をのぞくと、たいてい女性のほうが多いか、男女拮抗している。筆者がよく出入りするフォワーダー(国際貨物利用運送事業者)事務所では、30人中、男性は5人程度だ。4人いる主任はすべて女性である。男性は女性たちの癒しのための存在のように見える。

ここでセクハラ事件が発生したとすれば、被害者は男のほうとみて間違いない。日本とはビジネスの内外とも環境がまったく違う。永年勤続を前提とした忠誠心の強い大卒男子集団こそ企業の中核であり、その他は彼らのサポート役、といった男が奢りやすい組織風土はどこにもない。男女は平等かすでにそれ以上である。

ただし最初から、というわけではなかった。かつては、成績の上がらない女性営業に、“枕営業”を命じたり、「昇進したいのなら俺と……」と誘ったりする男性上司はやはりいたそうだ。女性たちは仕事で実績を積むことにより、こうした風土を徐々に整地していったのだ。

また痴漢も増殖しない。中国女性は引っぱたく、大声を出すなど、必ず派手なリアクションを起こすため、とても常習者は存在できない。

このように中国のハラスメント分析は、日本とは異なる視点が必要だ。そこでケーススタディは有用だろう。労働問題や日本への眼差しなど、いろいろなエッセンスが詰まっている事例を紹介したい。

日系企業で起きたトラブル

数年前、某日系企業で、地元紙・地元テレビ局だけでは収まらず、中央電視台(CCTV)にまで取り上げられた事件があった。新聞の見出しは「屈辱!日本企業が妊婦を解雇!」というものだった。舞台は主力貿易港にある、日本の中堅商社系倉庫会社である。日本向輸出衣料品の検品・検針、保管を行っていた。

報道によるあらすじはこうである。こうした倉庫では検品前と検品後の商品を厳格に区分する。この倉庫では両者の間は壁で仕切られ、90センチ四方の口が空いているだけだ。ドアはあるが通常施錠している。従業員は出退勤や休憩の都度、持ち場との移動でここを通り抜ける。ひざを折り、かがまなければ通れない。妊娠数カ月となったある女性従業員は、もうおなかが大きいので、ここの出入りは体の負担が大きい、ドアを利用させてほしいと申し入れた。

しかし会社側はこれを退けた。このマタハラに怒った女性は、友人と示し合わせ、数回にわたりドアを強行突破した。ところが会社側はこの規則違反を理由に、女性を解雇してしまう。女性はこれを不服とし、労働仲裁委員会に提訴した。

後に分かった意外な真実

会社は非難の嵐に包まれた。これが事実とすれば当然だろう。日本人社会でもいろいろな噂が飛び交った。日本人社長は悪くない、悪いのは労務を取り仕切る中国人の番頭だ、という説、いや以前にもストライキが発生するなど労使関係はこじれていた、ありそうなことだとする観測もあった。

中国のマスコミは反日関連ニュースなら筆がすべっても構わない、というスタンスだ。かがんで通り抜ける写真を大きく掲載し、解雇も屈辱、この姿勢を強いられるのも屈辱、などと扇動的に報道した。

ところがずっと後になってもれ伝わってきた真実は、思いもよらぬものだった。

実はこの女性従業員には盗癖があった。犯行は複数回に及び、会社側は仕方なく免職処分にした。会社側に落ち度はなく、解雇も互いの合意の上なされていた。先のストーリーはまったくの創作だったのである。

妊婦一人でこれだけのストーリーを絞り出し、実行に移すのはどう見ても不可能だ。知恵を授けた黒幕の存在は疑いがない。そして日本たたきに成功、反響は想像以上だった。しかし彼らの得たものは一体何だったのだろう。

「日系」というリスク

とかく中国の日系企業は鵜の目鷹の目で見られている。上記の件でも日系ゆえに、このような演出家が現れたと断じてよいだろう。黙って引き下がる従業員ばかりではないのは日系に限らないが、トラブルを報道されるのは日系を筆頭とする外資系ばかりである。

ハラスメントに限らず、どんな行為が問題の発端となるのかまったく分からない。こうした日本とは異なる感覚に囲まれた中、信頼関係を構築し、風通しのよい組織風土を醸成するのは並みのことではない。

しかしそれを目指して努力をしないことには中国での成功はおぼつかない。まったくやっかいなところである。(高野悠介、現地在住の貿易コンサルタント)