明日5月6日に米雇用統計が発表される。20万人程度の雇用増加が見込まれており、予想通りの結果となれば、株価は上昇すると考えるのが普通であろう。しかし、ウォール街の市場関係者からは「株価の反応は鈍いかもしれない」「上昇しても一時的なものだろう」と弱気な声も聞こえてくる。なぜ雇用者数が増加しても株価の上昇は期待薄なのか、その理由を探ってみよう。
20万人超えが続く中でも米景気は停滞中
雇用統計が堅調な数字でも株価は伸び悩むと考える理由は主に2つある。ひとつは利上げに対する懸念であり、もうひとつは景気の先行きに対する警戒である。
FRB(米連邦準備理事会)は昨年12月にほぼ10年ぶりの利上げを実施したが、その後の株価急落で利上げペースの見通しを引き下げている。雇用統計で労働市場の堅調さが確認された場合には寝た子を起こすことになりかねない。また、1〜3月期の米実質GDP(国内総生産)は前期比年率0.5%の増加にとどまり、FRBが中長期的な目標としている2.0%を大きく下回ったことで、景気の先行きに対する不透明感が強まっている。
まず利上げについて考えると、FRBはドル高と原油安への警戒を強めており、ドル高を誘導しかねない追加利上げは当面見送られる公算が大きくなっている。また、CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)が公表しているフェド・ウォッチを見ても、6月のFOMCでの利上げ確率は10%前半となっており、ほとんど織り込まれていない。したがって、4月の雇用統計が強い数字となったとしても、利上げを警戒する声は杞憂に過ぎないのではないだろうか。そうすると、問題は雇用が堅調にも関わらず、なぜ成長が鈍化しているのかに絞られる。
雇用の「質」が問題、賃金伸びず実質マイナスに
イエレンFRB議長は昨年12月、人口の伸びを吸収するために必要な雇用者数の増加は月10万人弱としており、20万人を超える増加は成長の加速を期待できる数字と考えられる。しかし、アトランタ連銀が公表しているGDPナウによると、4〜6月期の成長率は1.8%、ニューヨーク連銀のナウ・キャスティングでは0.8%と冴えない数字が並んでいる。なぜ加速するはずの成長が鈍化するのか?
雇用者数が十分増えているのに、景気が低迷しているということは雇用の「質」に問題があるといえそうだ。まず、注目されるのが賃金である。2016年1〜3月期の雇用コスト指数は前年同期比1.9%上昇と過去2年で最も低い伸びとなっている。
雇用コストの約7割を占める賃金・給与の伸びは2.0%、残りの約3割を占める福利厚生の伸びは1.7%となっている。雇用コストは2015年1〜3月期の2.7%上昇をピークにその後は伸びを鈍化させている。FRBは2%の物価上昇目標を達成するためには、3.0〜3.5%の賃金の伸びが必要とみているが、過去1年の動きを見る限りでは、目標に近づいているというよりも、むしろ遠ざかる方向で推移している。
また、3月の消費者物価指数のコア指数(食品とエネルギーを除く)の伸びは前年同月比で2.2%となっており、実質賃金はマイナスに転じている。賃金の伸びが物価の伸びを下回ると家計は消費に対して消極的になる可能性が高くなり、1〜3月期の消費低迷と実質賃金のマイナスへの転落は無関係ではなさそうだ。
労働参加率の上昇、喜んでばかりもいられない
労働参加率が上昇している点も気がかりだ。雇用者数が増えているにもかかわらず、失業率が上昇しているのは新たに職を求める人が増加していることを示している。つまり、「職探しをあきらめていた人が労働市場へ戻ってきている」結果労働参加率が上昇しているのだ。
一般に、労働参加率の上昇は景気の先行きに対して楽観的な見方が増えていることを示唆しており、本来は喜ぶべきことなのだが、所得格差の拡大が社会的な大問題となっている昨今の状況を踏まえると、これまで働く必要がなかった人が働かざるを得ない状況まで家計がひっ迫している恐れがあり、喜んでばかりもいられない。
4月22日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙は、金融危機後に専業「主夫」となった人が労働市場に戻ってきているという話題を取り上げている。この記事では、景気の回復が労働市場への復帰を可能にしたとして、好意的な論調が展開されているが、一旦主夫(主婦)となった人の再就職先が限られることは容易に想像がつく。これは、退職時期の先延ばしを余儀なくされている高齢者にも当てはまる。
3月の雇用統計によると、平均時給は25.43ドルとなっているが、業種別にみると、小売が17.77ドル、娯楽・接客が14.65ドルと平均をそれぞれ30%、42%下回っている。
一方、3月の民間部門の雇用者数は19.5万人増加したが、このうち小売は4.8万人、娯楽・接客は4.0万人増加しており、雇用増加のおおよそ半分を占めた。このように、雇用者数の伸びは時給が平均を大きく下回る業種がけん引している。残念ながら、労働市場に復帰した元主夫や貯蓄不足で働かざるを得ない高齢者は低賃金労働の担い手になっている可能性があり、そう考えると、労働参加率の上昇が賃金を抑制する方向に作用していてもおかしくはない。
景気の先行きを占うなら雇用者数より失業率に注目
このように、賃金の伸びが鈍いのは、雇用の伸びが低賃金労働に偏っているからであり、その結果、賃金の伸びが物価の伸びに追いつかず、消費がもたつくことで成長が鈍化している可能性がある。このメカニズムが働くと、雇用者数の伸びが20万人を超えても成長の加速は期待できず、そうなると株価の上昇も期待薄となる。
最後に今後の見通しとして、失業率の動きにふれておく。前回の景気のピークは2007年12月だが、同年9月に失業率が前年同月を上回った。同様に、2001年3月のピークの前、同年1月に失業率が前年を上回っており、失業率が前年を上回るとほどなく景気が後退している。
労働参加率の上昇、つまり新たに職を求める人々が増加していることも手伝って、3月の失業率は5.0%と2月の4.9%から上昇しており、緩やかな上昇を続けた場合、年後半には昨年8月の5.1%を上回ることも視野に入ってきている。もし実現した場合にはリセッションの可能性を検討する必要がありそうで、今回の雇用統計でも労働参加率と失業率の数字は丁寧にみたほうが良いだろう。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)
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