上海市は4月12日、法定最低賃金を4月1日にさかのぼって月額2190元とする、発表した。昨年比△8.4%で、2009年以来の1桁伸び率にとどまった。
上海市の最賃決定は、日本で言えばトヨタが春闘相場に与えるような影響力を持つ。上海が8.4%なら、ウチは5〜7%で十分、と考える地方政府は多いだろう。
足踏みする経済
日系工場の経営者に聞くと、このところ自己都合で退職する年配の社員がゼロで困っていたという。高給のベテランにある程度辞めてもらい、新人を雇って組織の新陳代謝を図りつつ、労働コストを抑えるというのが理想だからだ。それが上海の伸び率が低かったことで、今年はそれだけで労働コストの抑制になりそうだ、と胸をなでおろしている。
株式バブルに踊っていた昨年の今ごろを思うと、隔世の感すらある。
最貧の家庭から大学へ進学
工業が生産過剰、在庫過剰で窒息している中、オフィスビルは、金融業者に席けんされている。
昨年、山東省Q市中心部にオープンしたビルは大部分、「○×理財」「△○金融」といったテナントに占拠されてしまった。日本の損保会社事務所、韓国系銀行、国内銀行などまともな金融機関も入居しているが、その他の金融系テナントの実態は誰もよくわからない。とにかく一般市民にとって、金融の間口は大きく拡がった。貸し借りが簡単になれば、その分事故は悲惨となる。
この3月、Q市で大学生がローンを苦に自殺した。
報道などによれば、その男性は3月9日午後7時40分、Q市のホテル8階から飛び降り死亡した。享年21歳。負債は60万元以上。所持金は38.5元だった。父親が生涯かけて貯蓄した額は7万元。決行直前、両親に56字のショートメールを送った。
「来世では牛馬のように働いて、両親の恩に報います」
彼は河南牧業経済学院、飼料動物栄養専業大の2年生。実家は河南省・鄭州市裴営郷花園。叔父の話では、村落200戸余りの中でも最貧の1戸である。
鄭家の農地は4畝(ムー、1畝667平方メートル)、トウモロコシと小麦を育て、農業収入は年5000元。父親は日頃、建築現場の日雇いとして働いている。日当は100元である。
彼は家計を助けるため、高校時代からアルバイト工員で働いた。また2009年頃から河南建業サッカークラブの熱心なファンとなった。2014年、大学を受験、一族初の大学生となる。
大学新入生の軍事訓練時、教官からは責任感が強い、人を鼓舞する話ができると評価され、班長になっている。同級生には、卒業後は故郷で養豚場を経営する計画を語っていた。
サッカー博打にのめり込む
プランが狂い始めたのは2015年1月からである。サッカーアジア杯のサッカーくじ2元を買った。それがきっかけで50元払い込めば2000元まで賭けることができる闇サッカーくじサイトにはまる。
最初の負けは800元だったが、これを返すために学生ローンサイトで金を借りた。それをまた賭けサイトで消費し、借金はすぐに1万元を突破した。
彼が利用したのはP2P金融サービスサイトの学生向けローンだった。2014年以降、“雨後の筍”のように金融会社は学生ローンサービスに進出した。同級生の中で“威信”のあった彼の貸出し限度額は高かった。また“威信”は同級生の身分証を借りるためにも役立った。
10月、友人Hは彼が「支付宝(アリペイ)」の複数口座を不法登録しているのを知る。Hの推計では、彼の借金は学生ローンサイト10社から6万元以上、支付宝が5万元以上、計11〜12万元だった。しかし実際は、支付宝の申請に協力した同室の3人を含め、協力者は28人、総額は60万元だった。
8月以降、彼は実家に支援を求め、父親は蓄えの7万元に親戚からの借金3万元、合計10万元を息子のために用立てている。
彼は心身ともすっかり衰弱し、2015年中4度に渡り自殺未遂事件を起こす。2016年の春節でも故郷の旅館で200錠の睡眠薬を飲み、病院に担ぎ込まれた。回復した後、山東省を徘徊し、所持金38.5元となったところで自らに最終決着をつけた。
問題は始まったばかり
このように事件は背景も含めて詳しく報じられている。都合のよい事実のみ、政府宣伝と人心の安定に使うというマスコミの従来手法とは少し異なる。日本のワイドショー風切り口だが、社会的影響は大きかったかというとそうでもない。
最後の場所Q市の報道は控えめで、一般に周知されているとは言えない。同省人ならもっと大きな扱いだったかも知れない。山東省人は国内中華思想から河南省人を嫌っているのだ。
報道は、社会全体が金融シフトしている中、今後こうした問題は深刻化するだろう、というその端緒としての意義を見出している、という感じである。3月19日から4月14日にかけて、各種の経済関連Webサイトがこの事件の特集を組み、警鐘を鳴らしているのはその表れだろう。
特に簡単に金を貸す風潮が問題とされている。実体経済の低調で金融で儲けるしかないという思考が後押しとなっているようだ。
事件直後の3月17日、同級生某は大学に対し、学内各所にある学生ローンの広告を撤去するよう訴えた。最初の一撃だが、金に善悪はないと考える中国的思考を砕くにはパワー不足だ。何しろ問題は始まったばかりである。こうした事件はまだまだ続くと見なければならないだろう。(高野悠介、現地在住の貿易コンサルタント)
【編集部のオススメ記事】
・「信用経済」という新たな尺度 あなたの信用力はどれくらい?(PR)
・資産2億円超の億り人が明かす「伸びない投資家」の特徴とは?
・会社で「食事」を手間なく、おいしく出す方法(PR)
・年収で選ぶ「住まい」 気をつけたい5つのポイント
・元野村證券「伝説の営業マン」が明かす 「富裕層開拓」3つの極意(PR)