地区連銀の総裁から利上げに前向きな発言が相次いでいることで、このところのウォール街は戦々恐々となっている。ウォール街のある市場関係者は「6月はともかく、年内利上げの可能性は否定できない」と青色吐息だ。

昨年12月の利上げをきっかけに、株価の急落と景気の失速に見舞われたことから、FRBは追加利上げを封印してドル安支援に回っていたが、株価の回復とドル高の是正を受けて、これまでとは風向きが変わりつつある。米株式市場では、年内利上げが意識されて、堅調な経済指標にはむしろネガティブに反応しており、年初の急落から堅調に回復してきた株価もこの1カ月に限るとやや軟調に転じている。

FRBは再び利上げモードに入った観がある一方で、マーケットには先行きを悲観する声も少なくない。どうしてこのようなちぐはぐな状況に陥っているのかを探ってみよう。

地区連銀総裁からは利上げに前向きな発言が相次ぐ

先週から今週にかけて、地区連銀総裁から利上げに前向きな発言が相次いでいる。なかでも注目されているのがサンフランシスコ連銀のウィリアムズ総裁の発言で、「年内に2回から3回の利上げが妥当」と述べている。また、米経済の見通しは「疑いなく明るい」とし、1〜3月期の米GDP(国内総生産)は「実体を正しく反映していない可能性がある」、インフレ率は「2%に向けて加速する」、失業率は「さらに低下が見込まれる」とも指摘している。同総裁は、イエレンFRB議長に考え方が近いとみられていることから、発言に対する注目度も高いとされている。

他にも、アトランタ連銀のロックハート総裁が「6月の利上げを排除しない」とした上で「年内に2回から3回の利上げが妥当」とウィリアムズ総裁に同調したほか、ダラス連銀のカプラン総裁が「遠くない将来に利上げは正当化される」、ボストン連銀のローゼングレン総裁が「市場の米経済に対する見方は悲観的すぎる」、カンザスシティ連銀のジョージ総裁が「米金利は低すぎる」と発言している。

好調な経済指標が利上げを後押し

利上げに前向きな発言の背景には、好調な経済指標がある。13日に発表された4月の米小売売上高は前月比1.3%増加とこの1年で最も高い伸びを記録した。3月の小売売上高が0.3%減少となり、個人消費に失速懸念が広がっていたが、こうした懸念をひとまず打ち消す数字が出たといえる。また、17日に発表された4月の米鉱工業生産指数、4月の米住宅着工件数、4月の米消費者物価指数も軒並み事前予想を上回った。

昨年12月に利上げが開始された時点では、年4回の利上げが見込まれていたことからもうかがえるように、FRBは可能な限り速やかなペースでの利上げを想定している可能性がある。タカ派として知られるジョージ総裁が「金利水準は低すぎる」と繰り返し述べているように、直接的な言及はないにしても、金融政策は依然として緩和的であるとの認識は多かれ少なかれありそうだ。利上げを開始したとはいえ、まだ緩和の度合いを小さくしている状況にあり、金融を引き締めているのではなく、景気に対して中立な水準まで金利を戻そうとするスタンスともいえる。

これはウィリアムズ総裁が「自然利子率はゼロ近辺まで低下している可能性が高い」と発言していることからもうかがえる。

やや専門的な話になってしまうが、自然利子率とは景気に対して緩和的でも引き締め的でもない、中立的な実質金利のことを指す。ただし、自然利子率は観察することができず、あくまで推定値でしかない。一方、名目金利からインフレ率を差し引くことで、通常の実質金利はある程度まで観察が可能である。仮にインフレ率が1.0%の場合、政策金利も1.0%にすれば実質ゼロ%となるが、金利が1.0%未満だと実質金利はマイナスとなり、ゼロ%にとどかない。自然利子率をゼロ%と推定しているならば、インフレ率と同じ水準まで政策金利を引き上げないと、金融は緩和的な状態にあることになる。

FRBは失業率がほぼ完全雇用の水準に達している可能性が高い現状で、緩和的な金融政策を長期化すると、いずれ経済に歪みが発生することを警戒しており、歪みを未然に防ぐためにできるだけ速く金利水準を中立に戻したいのであろう。

市場は景気後退を警戒モードに

しかし、最近発表された経済指標が好調とはいえ、大局的にみれば米景気が利上げに耐えられるほど好調かどうかは疑わしい。

1〜3月期の米GDPは前期比年率でわずか0.5%増加にとどまり、年初から出鼻を挫かれている。4〜6月期の見通しを見ても、アトランタ連銀のGDPナウでは17日現在で2.5%とまずまずの数字がでているが、ニューヨーク連銀のナウキャスティングでは13日現在で1.2%にとどまっている。

景気の先行きに対する警戒感はイールドカーブのフラット化に端的に表れている。米10年物国債利回りと米2年物国債利回りの差は17日現在でわずか94ベーシスとなり、1%を切っている。昨年12月の利上げ前と比べ10年債利回りがより大きく低下する形でブルフラット二ング化しており、これは景気循環からすると金融を引き締め過ぎて景気が後退に向かうことを示唆している。

米国では1980年以降に起きた過去5回の景気後退において、何れの場合も事前に短期金利が長期金利を上回る、逆イールドが発生している。12月の利上げ以降で40ベーシス程度のフラット化が見られたことを踏まえると、年内に2回から3回利上げすると逆イールドになる可能性がありそうだ。追加利上げが実施された場合、この長短金利差の動きが景気の先行きを占うバロメータとして注目度が高まるかもしれない。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)

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