日本企業,海外事業拡大
(写真=PIXTA)

最近、ミャンマーやベトナムなどアジア新興国の市場を訪れると、日本企業を評した「NATO」(No Action Talk Only:話は聞くものの実行がない)とか、「4L」(Look Listen Learn Leave:視察し、話を聞き、学ぶだけで、(投資の実行や決定を行わずに)帰っていく)との略語を耳にする機会が多い。いずれも、進出候補国の調査やヒアリングには熱心だが、進出・投資の具体化を決断しない傾向を揶揄した表現である。

いうまでもなく海外市場への進出は、企業にとっての重要な決断であり、進出候補国の市場・投資環境など外部環境を調査・分析し、自社の競争優位(強み)や経営資源(資本、技術、経験・ノウハウ、人材など)の事情と経営理念・目標・戦略等を検討して意思決定が行われるべきである。また、上記のNATOや4Lとは全く異なる優れた進出企業は多い。

しかしながら、上記のような略語で評される企業の多くについては、投資有望国としてのイメージや他社の動きから、取りあえず現地を訪問し熱心に関係機関から話を聞くが、元々、自社としての戦略的方向性や仮説・進出条件設定などが不明確なケースが多いと考えられる。

先日、あるメガバンクのアジア某国の支店長とお話をした際に、同氏に挨拶に訪れた日本企業の方から「この国に進出することは決めましたが、どんな事業をやればよいでしょうか?」と問われ唖然としたという話も聞いた。

これらの課題は、日本企業の国際展開が抱える様々な問題が関連しており、この短いコラムでは到底論じられるものではないため、改めて論文やレポートなどできちんと考察したいと考えている。

以下では、上記のNATOや4Lといった話題を考えるヒントの一つとして、日本の市場では各業界の首位やそれに準じるポジションにはランクされていないが、アジアの重要な特定国で、業界のトップとして大きな知名度とプレゼンスを有する日本企業の事例を紹介することとしたい。

ここで取り上げるのは、インドの鈴木自動車(スズキ:四輪乗用車)、ベトナムのエースコック(即席麺)、インドネシアのフマキラー(殺虫剤)である。それらの事業概況や強み・特色などを以下にまとめてみる。

スズキ(スズキ株式会社:国内販売台数シェア第3位)

インドへの進出は1981年。合弁企業であるMulti Suzuki Indiaが中核企業で、当初はマイナーな出資者であったが、その後株式の持ち分を増やし現在は約56%と過半の持ち株シェアを保有している。

急成長するインドの自動車市場(乗用車・多目的車)で 圧倒的首位であり、40-50%のマーケットシェアを有する(因みに第二位は現代自動車(韓国)、第3位はタタ自動車と続くがそのシェアはいずれも10%台である)。

海外事業の売上げは2016年3月期のグループ連結業績において67%(インド事業のみで31%)の構成比であり、営業利益においても、インドが太宗を占めるアジアがグループ全体の53%を占めている(日本の構成比は43%である)。

さらにインド拠点は、他のアジア諸国(日本を含む)や欧州などへの輸出の拠点ともなっておりその戦略的な重要性は非常に大きい。

エースコック(エースコック株式会社:国内シェア第4位)

ベトナム進出は1993年(現社名Acecook Vietnam)、ベトナムの即席麺市場で約50%の27億食の販売と圧倒的なシェアを有する。その代表格の即席麺である「ハオハオ」(ベトナム語で「好き好き」の意味)をはじめとする各製品は、その開発・販売にあたりブランド名から味まで現地人スタッフのアイデアを全面的に取り入れたものである。

エースコックでは海外事業の売り上げは5割弱を占め、その太宗がベトナム事業である。同国から年間約3億食の海外輸出を行っており、さらに同国での成功を横展開する形でミャンマーに2014年に進出し近く生産を開始する計画である。

またベトナムの麺として知られるフォーの日本への逆輸入も行っている。日本とベトナムの即席麺市場は、ともに年間約50億食規模の由であり、Acecook Vietnamのシェア50%(27億食)の大きさはその点からも実感されるだろう。

フマキラー(フマキラー株式会社:国内シェア第3位)

インドネシア進出は1990年、PT Fumakilla Indonesia社が中核企業。デング熱など蚊を媒介する伝染病の予防に重要な殺虫剤市場で20%以上とトップシェアを有する。

インドネシアを筆頭とする海外事業の売り上げは、2015年度で、グループ全体(連結ベース)の46%に達している。インドネシアの蚊の殺虫剤への耐性は日本の蚊の5-10倍といわれ、日本の製品が通用しない中、現地のニーズに合った製品を開発・投入、インドネシア人の販売チームが現地の市井の小商店(ワルン)も含めた徹底的なローラー作戦で、ブランド・製品を浸透、知名度・信頼を得ている。

蚊取り線香の小分け販売のアイデアも低所得者層のニーズに沿ったものであり、いわゆるBOPビジネス(BOPはBase Of Pyramid)の典型事例でもある。

インドネシアは他のアジア展開の中核拠点でありマレーシア・ベトナム・タイへも横展開している。日本での蚊のシーズン(殺虫剤の販売シーズン)が約4か月であるのに対し、インドネシアなど熱帯アジア地域では一年中がシーズンであり、殺虫剤の販売期間の長さも同社にとっての大きな成長機会と魅力である。

上記の3企業に共通する重要点として、(1)マーケットシェアが各国トップで、当該国を含めた海外売上と利益の会社全体への貢献度・成長率が大きい(海外進出がなければ成長困難であった)、(2)各地でブランド知名度・好感度、信頼度が大きく消費者の間に広く浸透している、ことが挙げられる。

さらに3社の成功要因には、(1)未発展市場としてのリスクや不安がある中での経営トップの新市場に挑戦しようという夢と使命感・気概による決断、(2)ビジネスチャンスを掴むスピーディな意思決定と行動、(3)各社とも黒字化まで10年近くを要し、慣れない事業環境・慣行や文化の中で幾多の困難を経験しても粘り強い我慢で取組んだこと、(4)日本からの派遣者の、現地に長期にコミットし進出国の文化や人を好きになろうという姿勢・行動、(5)日本の技術・品質は大切にしつつ、当初から優れた現地人を採用・起用した製品開発や販売・サービス拠点の展開、マーケティング活動といった現地化の努力を行っていること、も指摘できよう。

このような取り組みの結果、3社は各国の地方部まで販売網・サービス拠点を有しており、そのブランド・社名は、消費者の多くが(外資系ではなく)自国企業と思い込んでいるほど認知され親しまれ信頼されている。

さらにスズキのインド、エースコックのベトナム、フマキラーのインドネシアという各拠点は、経験・ノウハウを活用した横展開として、他の市場への輸出基地や生産・販売面での進出の戦略的拠点としての重要な地位を有している。

わが国の企業の多くにとって依然日本は重要な市場である。しかし、同時に、アジア新興国等における成長・有望市場としてのブルー・オーシャン(青い海)への進出と新たな市場開拓は、各市場の経済・産業の発展に貢献しつつ、日本市場では達成できないスケールやスピードでの事業の拡大や成功をもたらす機会があることを本稿の3社のケースは示している。

これら成功事例は、とりわけ、中堅中小企業や地方を本拠とする日本企業にとっての参考となろう。

平賀富一(ひらが とみかず)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主席研究員 アジア部長 保険研究部兼経済研究部 General Manager for Asia

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