ASEAN主要6カ国 の消費者物価指数(以下、CPI)の上昇率(前年同月比)は国際商品価格の低迷を受けて依然として低水準にあるが、昨年後半以降は原油安による物価下押し要因の一巡や干ばつによる食品価格の上昇を受けて、総じて緩やかな上昇傾向にある(図表1)。
なお、5月はマレーシアが税制変更によるベース効果、インドネシアが過熱していた食材価格の鈍化、シンガポールはS&CCリベートの支払い時期の変更による一時要因によって6カ国中3カ国が低下しており、バラつきが見られる結果となった。
インドネシア の16年5月のCPI上昇率は前年同月比3.33%増と、前月の同3.60%から低下し、2ヵ月連続で3%台の低水準を記録した(図表2)。6月に始まるラマダン(断食月)を前に食料を中心にインフレ圧力が強まると見られたが、内需の弱みや政府による物価抑制策を受けて下落した。
主要品目別に見ると、食材(同7.75%増)の上昇ペースが2ヵ月連続で和らいだことが全体を押下げた。またガソリン価格の値下げや公共交通機関の運賃値下げ(4月)を受けて交通・通信・金融(同1.50%減)と住宅・電気・ガス・燃料(同1.26%増)が前月に続いて低水準で推移した。一方、加工食品・飲料・タバコ(同6.13%増)は小幅に上昇した。
食料品とエネルギーを除いたコアCPI上昇率は緩やかな低下傾向にあるが、5月は前月から横ばいの同3.41%増となった。
足元のCPI上昇率は中央銀行のインフレ目標(3-5%)の下方まで低下しており、今年4度目となる利下げに踏み切る余地が生まれてきている。
タイ の16年5月のCPI上昇率は前年同月比0.46%増と、前月の同0.07%増から一段と上昇して2ヵ月連続のプラスとなった(図表3)。
主要品目別に見ると、まず食品・飲料は同2.97%増(前月:同1.57%増)となり、干ばつによって供給量が減少した野菜や果物を中心に上昇した。また交通・通信は同2.42%減(前月の同2.85%減)と、引き続き原油価格の底打ちを受けてマイナス幅が縮小している。
さらにタバコ・酒類は同13.15%増と、2月のタバコの物品税引き上げを受けて二桁増が続いている。一方、住宅・家具は同1.42%減(前月:同0.54%減)と低下した。
また生鮮食品とエネルギーを除いたコアCPI上昇率は同0.78%増と、前月から横ばいとなった。
インフレ率は昨年後半から上昇傾向にあるものの、依然としてタイ銀行(中央銀行)のインフレ目標の範囲内(1-4%)を下回る低水準に止まっている。政府は公共支出拡大による景気の押上げや米利上げに伴う緩やかなバーツ安が物価上昇要因となるものの、原油価格が現在の水準を大きく上回ることはないとしており、2016年は0.0%~1.0%で推移すると予想している。
マレーシア の16年5月のCPI上昇率は前年同月比2.0%増(前月:同2.1%増)と、今年2月の同4.2%増をピークに3ヵ月連続で低下している(図表4)。主に昨年4月のGST(物品・サービス税)導入による物価押上げ要因の一巡が影響しており、幅広い品目で低下傾向が見られた。
主要品目別に見ると、酒類・タバコが同22.1%増と、昨年11月のタバコ税と今年3月の酒税の見直しによって全体を0.6%ポイント押し上げているものの、交通(同5.6%減)の減少によって相殺される形となっている。
また食品・飲料が同4.1%増(前月:同4.2%増)と若干低下したものの、野菜(同15.3%増)や海産食品(同6.6%増)、果物(同6.1%増)は引き続き高めの伸びとなった。このほか住宅・光熱が同2.4%増(前月:同2.6%増)、その他財・サービスが同2.5%増(前月:2.6%増)とそれぞれ若干低下した。
また食品とエネルギーを除いたコアCPI上昇率は同2.1%(前月:同2.3%増)と、2ヵ月連続で低下した。
シンガポール の16年5月のCPI上昇率は前年同月比1.6%減と、制度変更の影響で前月の同0.5%減から低下した(図表5)。
主要品目別に見ると、住宅・光熱費が同6.4%減と前月の同1.9%減から大きく低下した。これは今年の住宅購入に係る割戻金制度(S&CCリベート)の支払い時期が4月から5月に後ろ倒しされたために住宅修理・メンテナンス価格が低下したことが影響している。
また交通(同5.7%減)は給油ポンプ価格の大幅下落や車両購入権価格の緩やかな下落傾向を受けて5ヵ月連続で低下した。一方、食品(同2.2%増)は緩やかな上昇家公にあり、サービス価格(同1.5%増)も増加傾向が続いている。
また自動車と住宅を除いたMAS(シンガポール金融管理局)のコアCPI率は同1.0%増(前月:同0.8%増)と、6ヵ月連続で上昇した。
フィリピン の16年5月のCPI上昇率は前年同月比1.6%増と、前月の同1.1%増から上昇した(図表6)。インフレ率は昨年後半から上昇傾向にあるものの、依然として中央銀行のインフレ目標の範囲内(2-4%)を下回る低水準に止まっている。
主要品目別に見ると、まずウェイトの大きい食品・飲料(酒類除く)が同2.3%増(前月:同1.6%増)と上昇した。選挙関連支出による需要増加や野菜・果物など農作物の生産不振が響いた。
また住宅・水・電気・ガス・燃料は同1.2%減(前月:同1.5%減)、交通は同0.1%増(前月:同0.0%増)と、依然として低水準ではあるが、それぞれ小幅に上昇した。このほか、酒類・タバコが同5.6%増(前月:5.2%増)、飲食店・その他財・サービスが同2.2%増(前月:2.1%増)、娯楽・文化が同1.6%増(前月:同1.3%増)となり、幅広い品目が上昇した。
また食品とエネルギーの一部を除いたコアCPI上昇率は同1.6%増と、前月の同1.5%から僅かに上昇したが、足元では横ばい圏の推移が続いている。
ベトナム の16年5月のCPI上昇率は前年同月比2.3%増と、前月の同1.9%増から上昇した(図表7)。CPI上昇率は緩やかな上昇が見られるものの、依然として政府目標の5%を大きく下回る水準に落ち着いている。
主要品目別に見ると、食品が同2.6%増(前月:2.0%増)と、干ばつや塩害、魚の大量死の影響で上昇した。また交通は同9.8%減(前月:同11.0%減)と、4-5月のガソリン価格の値上げによって上昇した。保健・ヘルスケアは26.8%増と、3月からの医療費の値上げの影響を受けて大幅上昇となった。一方、住宅・建材は同1.7%増(前月:同2.1%増)と低下した。
また食料品とエネルギー、政府の価格統制品目(医療・教育)を除いたコアCPI上昇率は同1.9%増(前月:同1.8%増)となり、年明けから概ね横ばい圏の推移が続いている。
斉藤誠(さいとう まこと)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部
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