ビットコインの誕生とこれまでの歴史
◆Satoshi Nakamoto(中本哲史)によるビットコインの概念の紹介(2008年10月)
2008年10月31日、Satoshi Nakamoto(中本哲史)による論文“Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System"[ビットコイン:P2P(ピアトゥピア)の電子マネーシステム]により、ビットコインの概念がはじめて紹介された(2)。
ビットコインとは、「公開鍵暗号によるデジタル署名のチェーン(連鎖)」であり、取引は、P2P(ピアトゥピア)、すなわち一対一の電子署名により行われ、この取引記録は第三者により承認される。
ビットコインには発行主体・管理主体がないが、第三者による取引記録の承認(一定の単位で取引がまとめられ、「ブロック」として保管される)により、データ改ざんによる偽造や二重使用が回避されている[なお、第三者による取引記録の承認に対しては一定のビットコインが付与され(ビットコインの新規発行)、一般に「採掘」と呼ばれている]。
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(2)Satoshi Nakamoto “Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System"、 bitcoin.orgホームページ。なお、2016年5月には、オーストラリアの起業家がビットコイン考案者と名乗り出たが(「『自分がビットコイン考案』豪起業家が名乗り 英BBCなど報道」『日本経済新聞』、2016年5月2日)、真偽は不明。
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◆ビットコインの発行(2009年)と取引の拡大
こうしたビットコインの概念に賛同した研究者やプログラマーなどの有志がプロジェクトを結成、プログラミングを行い、2009年、ビットコインが初めて発行された。
第三者による取引記録の承認に対するビットコイン新規発行額は、当初の21万ブロックまでは、1ブロックごとに50ビットコイン、つぎの42万ブロックまでは、半分の25ビットコインが付与される。
このように、第三者による取引記録の承認(採掘)に対するビットコインの新規発行額は、21万ブロックごとに半減するように設定されており、現在の発行残高は1300万コインを超えている。
一方、ビットコインの最小単位は、0.00000001 ビットコインと設定されていることから、692万9999番目のブロックでビットコインの新規発行ができなくなり、その時点の発行残高は約2100万コインとなることから、ビットコインの発行総量は約2100万コインと予想される。
また、第三者による取引記録の承認は、1ブロック当たり約10分を要することから、全体の692万9999ブロックを乗じた約132年後に最後のビットコインが発行されることとなる(3)。
ビットコインは当初、商取引に使用されることはなく、研究者やプログラマーなど一部の者が保有するに過ぎなかった(なお、Satoshi Nakamotoは、自分の身元を明かすことなく2010年にプロジェクトを去ったとされている)(4)。
2010年5月18日、米国フロリダ州のLaszlo Hanyeczと称するプログラマーがピザ2枚を1万ビットコインで買いたいとのリクエストをビットコインフォーラム(ビットコイントークホームページ)に投稿したところ、同人より5月22日に取引が成立したとの報告があった(5)。
このピザ2枚(約25ドル相当)の1万ビットコインでの購入が、ビットコインを使用した最初の商取引とされ、5月22日はBitcoin Pizza Dayと称されている(その後のビットコイン相場の高騰により、2013年12月には、「コンピュータープログラマーが600万ドルで2枚のピザを購入」などと報道されている)(6)。
2009年に、トレーディングカード(鑑賞やゲームのためのカード。交換や収集が行われる)の交換所として設立されたMt.Gox(Magic: The Gathering, Online eXchangeの頭文字、マウント・ゴックス)社は、2010年7月17日、ビットコインの取引を開始した(本社は東京の渋谷)。
2011年2月9日には1ビットコインが1ドルとなり、ビットコインの発行額は5300万コインに達した。同年6月には30ドルまで上昇したが、Mt.Gox社のハッキング被害を受け、下落した。
2013年3月のキプロス金融危機(7)に際し、通貨ユーロへの信頼は低下し、欧州投資家がビットコインを購入したことから、ビットコイン相場は急上昇し、2013年年初に1ビットコイン13ドルだったものが、2013年4月11日には100ドルとなった(8)。
2013年10月、中国のネット検索大手の百度(バイドゥ)がビットコインを決済通貨として採用したことから、人民元に対して不満を感じる中国人が、投機目的もあり、ビットコインを買い、市場価格は急上昇し、同年11月末には1ビットコインが一時1242ドルとなった(9)。
しかしながら、同年12月5日、中国人民銀行など関連5部門は、財産権と公共の利益の保護と金融の安定性の維持に向け、人民元の法定通貨としての地位を維持するとともに、マネーロンダリングのリスクを防止するために、金融機関に対しビットコインを用いた金融商品や決済サービスの提供、ビットコインの通貨との両替禁止、ビットコイン関連事業への保険提供の禁止などを通知した。
また、ビットコイン関連サービスを提供するウェブサイトについて、当局への登録を義務付け、マネーロンダリング防止に向けた監視対象とするとともに、利用者は個人情報を開示のうえ、実名で登録することが求められた(10)。
このような規制導入の背景には、格安な手数料での人民元のビットコインを経由した他国口座への送金によるマネーロンダリングなどがあったとされ、通達によりこうした事態は根絶された(11)。
この通達後、人民元建てビットコイン相場は、わずか1日で60%以上も値下がりした。
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(3)「大石哲之のビットコインの仕組み入門(1) ビットコインの発掘とは実際には何をしているのか?」、「大石哲之のビットコインの仕組み入門(2)ビットコインの発行上限と、採掘量が減っていく仕組み」、日本デジタルマネー協会ホームページ。
(4)「よくある質問」、bitcoin.orgホームページ。
(5)Laszlo "Pizza for bitcoins?"(2010年5月18日)、bitcointalk.orgホームページ。
(6)" How a programmer paid $6M in Bitcoin for two pizzas and other tales from the digital currency mine"(2013年12月22日)、venturebeat.comホームページ。
(7)2013年3月16日、EUがキプロスに対して100億ユーロの金融支援を行う条件として、キプロス自身にも資金調達をするように促した。具体的には、キプロスの全預金に対し、10万ユーロ超の部分については9.9%、本来、預金保険の対象となる 10万ユーロ以下の部分についても6.75%を課税し、58億ユーロ捻出を目指したが、キプロス議会は3月19日、同課税法案を否決し、3月28日以降、キプロスでは1日当たりの預金引き出し額を300ユーロに制限したり、定期預金の解約が禁止されるなど、金融業界は大混乱に陥った(小林敏雄「ユーロの憂鬱」『国際通貨研究所ニュースレター』、2013年5月)。
(8)小野将司「ビットコインの概要と海外の動向について」『警察学論集』第67巻第6号、2014年6月。
(9)「ビットコイン、ギークが育てた無国籍通貨」『日本経済新聞』(2013年12月29日)、「広まるビットコイン、貨幣になる日は来るか 日本でも利用者が増加。仮想通貨の実体と今後は?」『週刊東洋経済』(2014年2月19日)。
(10)「人民银行等五部委发布关于防范比特币风险的通知」(中国人民銀行など関連5部門、ビットコインのリスクの防止に向けた通知を発出)、工業情報省(工业和信息化部)ホームページ、「中国人民銀行、ビットコインに警鐘―フランス中銀も」『ウォール・ストリート・ジャーナル』(2013年12月6日)。
(11)大石哲之「なぜ中国人はビットコインを買い漁ったのか?ビットコインをつかった送金の具体的な手口」『BLOGOS』(2013年12月6日)。
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◆Mt.Gox社の破綻
2014年2月7日、Mt.Gox社は、ビットコインからドルや円などへの換金などの取引を停止した。
同社は「換金の注文増加に対して技術的な対応が遅れている」と説明し、逐次最新状況を公表するとしたが、同日、ビットコイン相場は658ドルと前日比で約16%安い水準まで下げた(12)。
さらに同年2月11日、ビットコイン取引所である「ビットスタンプ」(スロベニア)と「BTC―E」(ブルガリア)もサイバー攻撃により一時的に取引ができなくなり、ビットコイン取引のシステム上の脆弱性が浮き彫りとなった(13)。
2014年2月25日、Mt.Gox社のサイトがアクセス不能となり(14)、翌日アクセスは復活したものの取引停止が当面続くことを告知するにとどまり、利用者に不安が広がった(15)。
2014年2月28日、Mt.Gox社は、東京地裁に民事再生法の適用を申請し、同日受理された。
顧客保有分の75万ビットコインおよび自社保有分10万ビットコイン(Mt.Gox社によれば、114億円程度。当時の取引価格である1ビットコイン=550ドル前後で計算すると、470億円前後)が消失し、ビットコイン購入用の顧客からの預り金も最大28億円程度消失していたことが判明した。
ビットコインおよび顧客からの預り金の消失で負債が急増、資産総額38億4187万円に対し、負債総額65億112万円と約26億円の債務超過状態に陥った結果、民事再生法の申請に至ったものである。
Mt.Gox社の顧客は12万7000人、その大半は外国人で、日本人は0.8%、約1000人であった。
Mt.Gox社は、ビットコイン消失の原因として、2月初旬にシステムの不具合(バグ)を悪用した不正アクセスが発生し、ビットコインが盗まれた可能性が高いと説明した(16)。
2015年1月には、警視庁の解析の結果、消失した約65万ビットコインのうち、Mt.Gox社が説明してきた外部からのサイバー攻撃による消失は全体の約1%の約7000ビットコインで、残りの約64万3000ビットコインはシステムの不正操作によって消失した疑いが強いと報道された(17)。
当局の捜査により、2015年8月1日、Mt.Gox社のマルク・カルプレス社長が社内システムを不正操作し、自身名義の口座残高を100万ドル分水増ししたとして逮捕された(18)。
同年10月28日には、顧客が預けた2000万円を着服したとして再逮捕された(19)。
2016年7月14日には、マルク・カルプレス社長が保釈された。東京地裁で公判前整理手続が続いていると報道されている(20)。
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(12)「ビットコイン価格急落 大手取引所、換金・引き出し一時停止」『日本経済新聞』(2014年2月8日)。
(13)「仮想通貨の取引所にサイバー攻撃―現金交換を一時停止」『共同通信』(2014年2月12日)。
(14)「ビットコイン取引所アクセス不能―世界最大級、利用者不安」『共同通信』(2014年2月25日)。
(15)「DJ-ビットコインのMt.Gox、取引停止続く―サイトは再開」『ダウ・ジョーンズ米国企業ニュース』(2014年2月26日)。
(16)「民事再生手続開始の申立てに関するお知らせ」(2014年2月28日)、Mt.Gox社ホームページ、「マウントゴックス破綻 ビットコイン114億円消失」『日本経済新聞』(2014年2月28日)。
(17)「ビットコイン不正操作 消失の99% 無断取引か 警視庁解析」『読売新聞』、2015年1月1日。
(18)「ビットコイン消失で逮捕 取引所社長、口座改ざん容疑」『日本経済新聞』、2015年8月1日夕刊。
(19)「『ビットコイン』社長再逮捕 顧客の2000万円着服の疑い」『日本経済新聞』、2015年10月28日夕刊。
(20)「取引所運営の社長保釈 ビットコイン消失事件」『日本経済新聞』、2016年7月15日。
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