昨今、金融筋を中心に話題となっているFTPL(Fiscal Theory of the Price Level:物価水準の財政理論)。やや乱暴な説明になりますが、一言でいうと「インフレによって実質的な負担を軽減させつつ、債務を返済する」というもので、米プリンストン大のシムズ教授が提唱しています。
しかし、これは「事実上のヘリコプターマネー(ヘリマネ)理論である」という声があり、最近の金融緩和施策に見られる手詰まり感もあってか、市場関係者からも「日銀はヘリマネに踏み切れるのか?」などと注目されています。
そうしたなか「2022年に訪れる1ドル=65円の危機により、日銀はヘリマネを導入。それを機に、日本市場は暴騰相場に転じる」と断言しているのが「相場の神様」として名高い若林栄四氏。
(若林氏の最新著書『黄金の相場予測2017 ヘリコプターマネー』の第2章「黄金分割で予測できる日本経済の未来」から一部を抜粋し、ご紹介します)
日本に残されたデフレ対応策とは?
日銀は2016年9月の金融政策決定会合において、量的・質的金融緩和導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証を行なった。その検証によって導き出された結論としては、それまでマイナス0.3%程度だった長期金利をゼロ金利に戻すとともに、ゼロ金利を維持するために「イールドカーブ・コントロール」を導入するというものだった。
この結論が意味するのは、日銀の敗戦である。要するに、言外に「量的・質的金融緩和はうまく機能しなかったので、これからは金利を重視する」と言ったのだ。
QQEを続けるなかで、日銀は債券市場に流通している国債を、猛烈な勢いで買い進めていった。その結果、債券市場では国債の流動性不足が懸念されることになり、また、ETFやREITの買い入れによって、日銀のバランスシートは株価変動次第で大きく毀損するリスクを負った。
それでもデフレ解消の明確な効果がみられなかったのだから、本来なら日銀は判断ミスを認めるのが筋だ。しかし、やはり日銀としては敗戦を認めたくないために、このような政策を打ち出してきたのである。
古い話で恐縮だが、2000年にも日銀は政策判断でミスを犯している。速水優氏(故人)が日銀総裁だったときの話だ。このときは、まだ日本経済がデフレから脱却していなかったにもかかわらず、金融を引き締めてしまい、その後の大不況を招いてしまった。
本来なら、そこで「ごめんなさい」をして、再び利下げを行なえば済んだものを、日銀というのはそれができる組織ではないため、結局、金利は下げずに、量的金融緩和を導入して凌ごうとした。
今回も、それと同じであろう。黒田日銀総裁は量的・質的金融緩和の導入を行ない、その後も随時、国債やETF、REITの買入額を増額したりしたものの、デフレは大きく改善しなかった。
量的・質的金融緩和は失敗に終わったが、日銀としてそれを認めることができないため、今度は「イールドカーブ・コントロール」という奇手を出してきたというわけだ。ガダルカナル島の戦いで旧日本軍が敗れた際に、大本営が「撤退」という言葉を使わずに「転進」と言ったのと同じである。
整理すると、日本は2000年以降、量的緩和、ゼロ金利政策、量的・質的金融緩和、マイナス金利というように、ありとあらゆる金融政策を講じてきたが、かれこれ16年が過ぎてもなお、デフレから本格的に脱却できずにいて、イールドカーブ・コントロールという奇手を出してきたものの、それが2%の物価上昇率を実現できるかどうかはまったくわからない、というのが現状だ。
こうなると、2%という物価上昇率の目標値を達成するために残された打ち手は、限られてくる。そのなかで、おそらくこれは間違いなく効果があると思われるのが、ビル・ボナーがいう中央銀行のデフレ対抗手段の最終段階、すなわち「ヘリコプターマネー」なのである。
ヘリコプターマネーは究極のデフレ対応策
れまで日銀が行なってきた国債の買い入れは、新たに発行された国債を、日銀が直接買い付けるのではなく、まず銀行が新規発行された国債を買い付けた後、債券市場で売却したものを日銀が買い付ける、という流れになっている。
そうであれば、「そんなまどろっこしいことをせずに、日銀が財務省から直接、新規発行された国債を買い付ければいいのではないか」と考える人もいるだろう。まさに、この「財務省から直接、新規発行された国債を買い入れる」ことを、ヘリコプターマネーという。
つまりは、中央銀行による国債の直接引受のことなのだが、それに「ヘリコプターマネー」という呼び名が付いているのは、米国の前FRB議長であるベン・バーナンキが、FRB理事に就任した直後の2002年に行なったスピーチからきている。
そのスピーチの内容は、「景気がもうどうにもならなくなったときは、ヘリコプターから金をばらまけば、景気は確実に浮揚する」というものであった。ちなみに、このときヘリコプターマネーを提唱したベン・バーナンキには、「ヘリコプター・ベン」というあだ名も付けられた。
ともあれ、いま日銀が行なっている国債の買い入れと、ヘリコプターマネーと呼ばれている国債の直接引受とでは、「あいだに銀行が介在するかどうか」という点が大きく違う。
最終的には日銀が、銀行が保有している国債を買い付けるわけだが、いまのしくみだとその前段階で、財務省が発行した国債を銀行が買うことになるため、形のうえでは、銀行が預金を通じて国民から調達した資金の範囲内で、国債を買い付けていることになる。つまり国民の貯蓄で国債をファイナンスしていると強弁できる。
しかし、国民の貯蓄で国債をファイナンスし続けるには、限界がある。2016年9月時点の個人金融資産は総額で1752兆円あり、このうち52.3%に相当する916兆円が現預金だ。
いまでこそ日本の個人金融資産は非常に潤沢だが、人口の高齢化が進むにつれて、この蓄えは徐々に目減りしていく。歳をとれば、誰もが若いころのようには働けなくなるので、それまで蓄えた預貯金を取り崩して生活費に充てるしかない。大勢の高齢者が似たような行動をとるようになれば、それだけ個人金融資産の減り方も加速していくことになる。
ちなみに個人金融資産全体のうち約60%が、60代以上に偏在している。今後10年を考えてみても、年齢別の人口構成がもう一段上がれば、個人金融資産はさらに減少傾向をたどっていくだろう。
そうなると、困るのが日本の財務省だ。預貯金が取り崩され続けると、銀行には財務省が発行した国債を引き受けるだけの資金的余裕がなくなる。国債発行による資金調達が困難になれば、国家財政は一大危機に見舞われる。
当然、日銀の国債買入についても、銀行が預金を通じて引き受けたものを日銀が買い入れるという、いまのしくみが目詰まりを起こしてしまう。それを解決するためには、日銀が直接、財務省発行の国債を買えばいいということになる。(提供: 日本実業出版社 )
若林栄四(わかばやし・えいし)
1966年京都大学法学部卒業。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。同行シンガポール支店為替課長、本店為替資金部課長、ニューヨーク支店次長を経て、1987年、勧角証券(アメリカ)執行副社長。1996年末退職。現在、米国(ニューヨーク)に在住。日本では外国為替コンサルタント会社である(株)ワカバヤシFXアソシエイツの代表取締役を務める。