2016年4月から第一生命経済研究所首席エコノミストを務め、現在は内閣府の経済財政諮問会議政策コメンテーターとしても活躍する永濱利廣氏。同氏に世界経済と金融政策の展望を聞く。(聞き手:ZUU online編集部 菅野陽平)※インタビューは3月9日に行われました。
——今後の経済展望をどのようにお考えでしょうか。
去年の秋くらいから世界の景気循環が上向いてきています。景気循環はいったん上向くと、すぐには腰折れしないと思いますので、来年くらいまでは景気拡張期が続くのではないかと考えています。
去年の秋頃に上向くまで、2年くらい製造業の景気循環は低迷していました。トリガーは中国です。製造業PMIを確認しますと、2014年の秋くらいから、中国が50を下回りはじめて、少し遅れて米国が50を下回って、その後、日本も50を下回りました。
そして今回、明確に中国の生産が戻ってきています。これが景気循環のエンジンになって、先進国に良い波及効果をもたらすでしょう。中国は今年10月に、5年に一度の共産党大会があるので、過去の経験則で言うと、それまではあらゆる手を使って景気を支えるだろうという安心感もあります。
今年の経済成長は製造業循環が上向いた要因がメインで、来年の経済成長はトランプ氏の拡張的な財政政策の効果がメインと見ています。ただ、トランプ氏が主張する金額の半分くらいでも実現すれば、おそらく米国経済に過熱感がでてくると思うので、FRBが利上げペースを速める可能性が高いと見ています。
過去の経験則では「経済が過熱するなかでFRBが利上げを加速する」局面はリセッション入りのサインでした。従って今後の見通しの結論としては、ざっくりとですが、2017年と2018年は経済堅調、2019年頃から景気後退入りというイメージです。
——そのような経済環境のなか、個人投資家は何に気をつけて運用すればよいでしょうか。
景気が良い業種や、業績が良い企業に投資しても、必ずしも良好なパフォーマンスをあげるとは限らないことに注意が必要です。
個人投資家の方が「耳寄りな情報」を掴んだとしても、だいたいの場合はアナリストが先にその情報を掴んでいて、すでにポジションを作っている人がいます。その「耳寄りな情報」が正しかったとしても、高値圏の銘柄を掴んでは仕方がありません。もちろん、景況感の方向性を見るのは重要なんですけど、それ以上にバリエーション的に割高か割安か?の視点を持つ方がいいと思います。
指標や業績発表は、発表されれば価格に織り込まれてしまうので、最大のポイントは「マーケットに影響を及ぼすようなイベントを事前に確認して、直前直後にどう投資判断するのか」だと思います。
たとえば2016年を振り返ったら、Brexitと米国大統領選挙という絶好の買い場がありました。今のマーケットはアルゴリズム取引の存在感が増しているので、イベントで想定外のことが起きると、オーバーシュートする可能性が高いです。
——そういった意味では、今年もイベントが目白押しですね。
2月末にはNYダウが13連騰しました。どう考えても割安ではないですよね。1年間このままいくとは思わない。欧州主要国での選挙も多いですし、いかにそういうイベントを早めに認知して、割安な局面で仕込めるかが年間パフォーマンスの優劣を決めると思います。
日本のマーケットが特にそうなのですが、非常にボラティリティが高いので、こういったマーケット環境では、利益をあげるチャンスは多くなるのではと感じています。
——もし、今、ご自身がファンドマネージャーであればどうしますか。
割安と判断できない局面では、資金の大部分をキャッシュポジションにすると思いますね。逆にいうと、大きなイベントで振れるときのことを考えて、あまりポジションは作らない気はしますね。
ただ、そのファンドの運用方針にもよりますが、アルファを取りにいかないといけないのであれば、むしろ売りポジションの検討をします。もうちょっと上がったらショートを仕込むイメージですね。全部はいかないと思いますけど。
——FRBの金融政策についてはどのようにお考えでしょうか。
FRBの動向やFOMCのどこを一番見ているかというと、ずばりドットチャート、FFレートの見通しです。ただ全体の見通し以上に注目しているのは25パーセンタイル。
FOMCでFFレートの見通しが出るじゃないですか。多くの場合、メディアで報道されるのは「全体の中央値」です。実は、全体の中央値以外にも「下位25%の人たちの平均」も出るんですね。それが25パーセンタイルです。
なぜ注目しているかというと、その下位25%のなかに、おそらくハト派のイエレン議長が含まれているからです。例えば2016年12月の利上げでドル円レートは118円くらいまで円安に振れました。しかし、私はあまり時間を置かずに円高に戻ってくるのではないかと予想していました。
その理由は、2017年の利上げ回数について「全体の平均」は2回から3回に引き上げられていたものの、25パーセンタイルでは2回のままだったからです。FOMCは合議制とはいえ、イエレン議長が2017年の利上げは年2回と考えているのであれば、急激なドル高はオーバーシュートであり、早晩アンワインドすると予想していたからです。
——日本銀行についてはいかがでしょうか。
世界的に景気が上向いている状況では、イールドカーブコントロール政策は非常に効果を発揮します。原油価格が戻って期待インフレ率が上昇すれば、世界各国の長期金利に上昇圧力がかかり、ゼロ近辺にアンカリングしている日本の長期金利との金利差が拡大し、円安になりやすいためです。
従って、しばらくはこのままでいいと思います。ただ、来年くらいに金融政策の変更を行う可能性があります。具体的には、長期金利ターゲットの引き上げです。なぜ引き上げるかというと、物価上昇で実質金利が下がったからとか、いろいろ理由付けはできますが、引き金を引くのは円安の進行だと思っています。
トランプ氏のインフラ投資とか減税、特にレパトリ(レパトリエーション)減税が相当効くと思うんですけど、来年にかけて、ドル高円安が相当進むと思うんですね。過去を振り返れば、1ドル125円とか超えてくると、輸入物価の上昇で庶民から悲鳴が上がり、官邸もそれを気にして、黒田ラインが形成されたわけじゃないですか。黒田さんにその気があったかなかったかは別にして。
FRBの利上げは今年2〜3回、来年は3~4回と想定しています。そうすると、基本的にはドル高円安になるわけですが、1ドル120円台半ばくらいまで円安が進む局面になると、日銀は長期金利ターゲットの引き上げも検討してくると考えています。
——来年の2018年4月で黒田総裁は任期満了です。
総裁が替わるか、続投かは分かりませんけど、数年以内に日銀は試練のときを迎えるかもしれません。リーマン・ショック後、米国経済は7年以上、経済成長を続けています。米国株式市場も多少の調整はあるとはいえ、同期間、ブル相場が続いています。しかし残念ながら、永遠に上昇し続ける相場はありません。
イールドカーブコントロール政策は、世界経済が好調なときは威力を発揮するのですが、反対にリセッションに陥ったときはどうするのか。米国が金融引き締めを行っているときは、すごくプラスに働くのですけど、リセッションを迎えた米国が金融緩和に転じたら、今のスキームでは円高を抑え込めない可能性があります。そのときに何をやればいいのか。
海外からの批判を度外視すれば、外債購入なんか効果があると思いますが、現実的には難しい。外債を買えないのであれば、緩和のために吸い上げる国債が足りないから、ヘリコプターマネーに近い政策を採る可能性も全くないわけじゃない気はします。
そういった意味では、米国経済が好調なうちに、いかに日本経済も正常に近づけることができるかが最大のポイントだと思います。あと2〜3年のうちに米国経済がリセッションに入ったら、消費税をさらに上げることは難しいでしょう。
2014年4月に5%から8%に引き上げられましたが、その後の内需低迷はご存知の通りです。消費税増税は拙速だったと思いますし、当時、内閣府の経済財政諮問会議に呼ばれた際も慎重な発言をしました。どちらにせよ増税後の消費低迷は想定以上でしたけどね。
——基本的にはアベノミクスに肯定的だと伺いました。
実は、アベノミクスが始動するより前に、私は『男性不況』という本を執筆しています。それを読んで頂いたら分かると思うのですが、不況克服のためのマクロ政策の主張内容がアベノミクスとたまたまそっくりだったんですね。アベノミクスのネタ本かと聞かれることもあるくらい(笑)
アベノミクスにはもちろん肯定的ですし、言葉を選ばずに言えば、日本の政策当局が、初めてグローバルスタンダードに近い政策をやっただけだと思うんですね。別にものすごいことをやっているわけでもなくて、海外では一般的な経済政策を体現しているのがアベノミクスです。
リーマン・ショック後にFRBは大胆な金融緩和を実施した。しかし、日銀は平成バブル崩壊以降も大胆な金融緩和を行ってこなかった。デフレという異常な経済状況を長期間放置してしまったことが、最大の罪だと思うんですよね。
アベノミクス自体の方向性は正しいと思っていますが、20年間デフレを放置してしまったがゆえに、企業・家計ともに、普通の国ではありえない心理的萎縮が続いてしまっています。20年間デフレを放置した弊害がいまだに残っており、アベノミクスの効果を減退させていると考えています。
永濱利廣(ながはま・としひろ)
1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒業後、第一生命保険(相)に入社。(社)日本経済研究センター出向を経て、2000年4月(株)第一生命経済研究所副主任研究員に就任。2005年3月東京大学大学院経済研究科修士課程修了後、2008年4月より(株)第一生命経済研究所首席エコノミスト就任を経て、2016年4月より現職。
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