「短時間睡眠でも平気」はあり得ない!
獨協医科大学越谷病院の井原裕氏は、「日本人の『うつ』の最大の要因は睡眠不足である」と指摘する。睡眠不足は、身体だけでなく、メンタルにも深刻な不調をもたらすのだ。睡眠がメンタルに与える影響と望ましい睡眠の取り方についてお聞きした。
「徹夜明けのハイ」はメンタル不調のサイン!?
「24時間戦えますか」という栄養ドリンクのテレビCMが流れていた頃から長い月日が経ちましたが、いまだに日本には、寝ないで働くことを良しとする、不思議な「ビジネスマン美学」があるようです。
この価値観は、医師の立場から見れば大間違い。睡眠不足は、心と身体に不調をきたし、仕事のパフォーマンスも下げる最大の元凶です。
睡眠不足と「うつ状態」の関連性については数多くの研究報告があります。日本大学医学部の内山真教授の研究では、7時間睡眠を取っている人が最も「うつ兆候」が少なく、それより短くても、長くても、うつ兆候を示す人が多くなることが判明しています。
私たちは、日常生活の中で、心身にさまざまなストレスを受けています。そのストレスに対応する「ストレス応答力」に関わる人体のシステムには、自律神経系、視床下部-下垂体-副腎皮質系、免疫系の3つがあり、これらはいずれも睡眠と深く関係しています。だから、睡眠不足になるとストレスに対応できなくなり、メンタルに不調をきたすのです。
メンタルへの影響でとくに重要なのは自律神経系です。自律神経には、活動時に優位となる交感神経と、リラックス時に優位となる副交感神経があります。この両者が、1日の半分ずつ、交代で優位になるのが理想。24時間のうちの12時間は副交感神経優位の状態にすることが、メンタルを健康に保つためには不可欠です。
そして、副交感神経優位の12時間のうちの後半7時間を睡眠に当てることが重要です。睡眠時間を削ると、交感神経優位の時間が増え、メンタルに明らかな不調が出てきます。
徹夜をすると、明け方には喜怒哀楽の反応が過剰になり、些細なことで怒りがわいたり、笑いがこみあげたり、泣けてきたりと、感情のブレーキが利きにくくなる。そういう経験をしたことがある人が多いと思いますが、これは、交感神経優位の時間が長く続きすぎて、メンタルに不調が現われてきた状態なのです。
視床下部-下垂体-副腎皮質系というのは聞き慣れないかもしれませんが、ホルモンを司っているシステムです。ホルモンのうち、成長ホルモンや性腺刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、副腎皮質刺激ホルモンなどの同化ホルモン(生体物質を作る)は、睡眠中に分泌が高まります。身体のメンテナンスは夜間作業なのです。
中には、「自分は7時間も寝ていないが元気だ」という人もいるでしょう。しかし、短時間睡眠にもかかわらず眠気を感じないのは、疲労を感じるセンサーが働かなくなっているからなのかもしれません。放置しておくとうつ状態を招く危険性があります。
リズムを一定にすれば時間帯はいつでもOK
では、理想的な7時間睡眠とはどのようなものか。
最も重要なのは、毎日、同じ時刻に寝て、同じ時刻に起きることです。1日24時間の周期に合わせて、一定のリズムで生活するのです。
時刻が決まっていれば、何時に寝てもかまいません。「睡眠のゴールデンタイムである午後10時~午前2時は眠っておくべき」という説もありますが、それが難しい職業の人もいるでしょう。「午前0時就寝・午前7時起床」でも、「午前1時就寝・午前8時起床」でも、ストレス応答力は回復します。
休日は遅くまで寝てしまうという人は多いでしょうが、平日と同じ時刻に起きるようにするべき。平日は午前6時に起きている人が土日に午前10時まで寝てしまうと、そのリズムを身体が覚えてしまい、月曜日の朝がつらくなります。遅く起きるにしても、平日の起床時間から2時間以上はずらさないようにしてください。
就寝と起床のリズムが身につけば、「寝つけない」という悩みも自然に解消します。人の身体は、起きてから17時間後に眠たくなるようにできているからです。
ただし、活動中の17時間の折り返し地点、つまり起床からおよそ8.5時間後にも、いったん眠気が来るようにできています。昼下がりに眠たくなるのはそのせいです。
そのときは30分以下の昼寝をするのがお勧め。スッキリと眠気を取ることができます。30分を超えると、夜の眠気が来るのが遅くなるので要注意。夕方以降の仮眠も禁物です。
「寝るためにお酒を飲む」のは最悪の習慣
寝つきをよくするためにお酒を飲む人がいますが、アルコールは睡眠の質を悪くします。「寝酒をするとよく眠れる」と感じるのは勘違い。アルコールの影響による一時的な意識低下は、睡眠とは別物です。脳波を測定すると、深い睡眠(ノンレム睡眠)が十分に取れないことがわかります。
アルコールの影響が抜けたところで目が覚めてしまうのも寝酒のデメリットです。
とくに、大事な仕事の前日は飲酒しないこと。また、お酒を飲んだ夜はふだんよりも1時間長く眠ることをお勧めします。
寝つきを良くするために最も効果的なのは、肉体を疲労させることです。頭脳労働が多いビジネスマンは肉体疲労よりも精神疲労が強く、「疲れているのに眠れない」という状態になりがちなので、意識的に日中の運動量を増やしたいところです。
とはいっても、歩く量を多くするだけで十分な運動になります。目安は、1日およそ7,000歩。時間にすると70分間ほどです。「通勤の際、1つ前の駅で降りて歩く」「駅や社内でエレベーターやエスカレーターを使わない」といった工夫をすれば、達成するのはそれほど難しくないでしょう。歩数計やスマホアプリで歩数をチェックするのも良い方法です。
「決まった時刻に起床・就寝する」「7時間睡眠を取る」「日中に十分な活動をする」。これらをまずは実践してください。そうすれば、質の良い睡眠が得られるようになり、メンタルを安定させることにつながります。
井原 裕(いはら・ひろし)獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授
1962年、神奈川県生まれ。東北大学医学部医学科卒業。自治医科大学大学院(医学博士)、ケンブリッジ大学大学院(Ph.D)修了。国立療養所南花巻病院勤務後、順天堂大学医学部精神科准教授を経て現職。『うつの常識、実は非常識』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。(取材・構成:林加愛)(『
The 21 online
』2017年3月号より)
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