相手を観察し、タイプに応じた話し方をする

井上高志,起業家社長,伝え方
(写真=The 21 online/井上高志(Lifull社長))

リクルートを経て起業し、国内最大級の不動産情報サイト「HOME’S」などで知られるLifull(※今年4月に「ネクスト」から社名変更)を率いる井上高志氏。自らの力で新しい市場を切り開き、ビジネスを成功させた井上氏の言葉には説得力がある。しかし、最初から上手に話すことができたわけではなく、当初は素晴らしいビジネスの構想もうまく伝えることができなかったという。どのように伝える技術を磨いたのか。

引っ込み思案だからこそ見えてきたコツとは?

株式会社Lifullの創業社長・井上高志氏。説得力あふれる語り口で多くの顧客を引きつけ、社員を牽引してきた井上氏だが、元来「決して、話し上手ではなかった」と語る。

「少年時代は引っ込み思案で、人目を気にするタイプでした。当然、無口で押しも弱かった。しかし人目を気にする性格は、実は『相手の考えていることがわかる』という強みにつながることに、ある時点で気づいたのです。これは言い換えると、自分を客観視することができるということでもあります。他者の思いがわかれば、その視点を借りて、自分がどう語りかけるべきかがわかるのです。

ですから、まずは相手を観察。表情や反応からその人の好むコミュニケーションスタイルをつかめば、それにフィットした話し方ができるのです」

その際に意識しているのは、「ソーシャルスタイル理論」に合わせたアプローチだ。

「ソーシャルスタイル理論」による4つの類型

ドライビング
事実を重視し、感情的に表現する

エクスプレッシブ
感覚を重視し、感情的に表現する

アナリティカル
事実を重視し、感情を隠す

エミアブル
感覚を重視し、感情を隠す

「論理的なアナリティカルタイプに、感情に訴える言い方をしても通じません。数字やデータを使って分析的に語るのが正解です。逆に、感情豊かなエクスプレッシブタイプなら、その人が望むような未来をダイナミックに語れば心に響くでしょう。

ちなみに、私自身は本来、『エクスプレッシブタイプ』だと思っています。しかし、経営者としての表現スタイルは、会社の成長に合わせて変化してきました。

創業当時は『素』に近い、エモーショナルな話し方をしていました。しかし従業員が三十人を超えてからは、より正確な共通理解のために、データやフレームワークを使った論理的表現を心がけるようになりました。さらに規模が大きくなった今は、分析的データよりもさらに大きなビジョンを語る必要を感じ、再びエモーショナルな表現を取り入れつつあります」

事実よりも「比喩」で伝える

まず、相手のタイプを見極め、それに合わせたアプローチを心がける。そのうえで、言葉選びなど、テクニックとしての工夫も凝らしている。

「まず大前提として、誰にでもわかりやすく話すことが大事です。私の場合は、『妻や息子にも理解できるように』を目安にしています。子供が聞いても理解できるくらい、平易な言い回しを基本とするのが良いでしょう。

また、イメージが明確に描けるよう、比喩を用いることもあります。

たとえば、『世界がもし100人の村だったら』という絵本は、比喩を効果的に使った典型例です。『水と食べ物と仕事を持つ人は百人のうちの一人』と伝えると、その一人に該当する日本人は自然と、残り九十九人に思いを馳せるでしょう。『世界中には、水と食べ物と仕事がない人もたくさんいる』と事実だけを言われるよりも、ずっと心に響くと思いませんか。

言葉選びに関しては、『明・元・率』を心がけています。つまり、明るく元気で、率直な言葉を使うということです。

この逆は『暗・病・反』、つまり『無理だ』『疲れた』『これじゃうまくいかないよ』などの暗くて不健康で反抗的な言葉。逆境ではこうした言葉が出がちですが、『こんな修行モードを経験できるなんて貴重な機会だ!』と言えば、前向きになれますね」

こうした感覚に訴えるアプローチと同時に、データによる裏づけも重要視する。

「数字や実例などの客観的データは納得感につながります。写真や図を添えて可視化することも効果的でしょう」

(写真=The 21 online/)
(写真=The 21 online/)

話す技術だけがあっても相手の心に残らない

場や相手に合わせて、柔軟に話し方を変えていく。しかし、どのような手法を取る場合も、根本にある姿勢は一貫している。

「心底『伝えたい』と思う内容を自分の中で明確化することが何より重要です。思いが込められた話は、たとえ訥々としていても相手の心に響くものです。

ただ一方で、そうした思いは『簡単には届きづらい』面も持っています。

コミュニケーションというものは、逆三角形型の階層でできています。表面的コミュニケーションに比べ、本音のコミュニケーションが通じる相手は限られる。さらに心の底から出る魂レベルの言葉となると、ごく少数です」

繰り返し伝えたうえで「ダメ押し」も

では、そうした強い思いを相手にわかってもらいたい場合は、どうしたら良いのだろうか。

「大事なことほど繰り返して伝えるしかありません。とくに、大勢に同時に伝えるのは難しく、一度言っただけではまず理解されません。ですから、社員に社是や経営理念を語る際には、切り口を変えて何度も話しています。

さらに、それが伝わったかどうかも、折に触れて確認するようにしています。たとえば、話の後、相手に内容を繰り返してもらう、といったことです。ここまでして初めて、思いは伝わると思っています」

同時に、発した言葉が押しつけにならない心配りも忘れない。

「好む好まざるにかかわらず、上司からの言葉、経営者からの言葉は強く伝わるものです。こちらが軽く言ったことが絶対的な命令と受け止められることも。そこで、伝えた後は『これは指示』『これは単なる提案』と言い添えるのが習慣です」

「第五水準のリーダー」が目指すべき話し方とは

こうした話し方の根底にあるのは、「コミュニケーションは双方向であるべき」という信念だ。

「何度も繰り返し、その都度理解を確認する手法は正直、時間がかかります。しかし、組織の成長にはそれが欠かせません」

リーダーのコミュニケーションのあり方を示すものとして井上氏が挙げるのは、名著『ビジョナリーカンパニー』だ。

「この本ではリーダーの水準を五段階で解説しています。『第四水準』はいわゆるカリスマリーダー。圧倒的求心力で組織を率いるタイプですが、本人が退いた後に組織が弱体化するリスクが高い。対して『第五水準』のリーダーは、自らが退いた後も組織が滞りなく運営できる状態を作る。私が目指すのは後者であり、話し方はそれを反映したものです。

そのためにも、語ることと聞くことが同体となったコミュニケーションが必須。私にとって、社員との双方向でのコミュニケーションは手間ではなく、『投資』なのです」

井上高志(いのうえ・たかし)〔株〕Lifull代表取締役社長
1968年、東京都生まれ。91年、青山学院大学卒業後、リクルートコスモス入社。その後㈱リクルートに出向。95年に退社。個人事業主を経て97年に〔株〕ネクストを設立。不動産情報サイト「HOME’S」を立ち上げ、国内NO.1の掲載物件数を誇るサイトへと育て上げた。2006年、東証マザーズ上場。10年、東証一部に市場変更。17年4月、Lifullに社名変更。(取材・構成:林加愛 写真撮影:まるやゆういち)(『 The 21 online 』2017年4月号より)

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