5月の米雇用統計が間もなく発表される。
今月のFOMC(米連邦公開市場委員会)での利上げ観測が高まる中、今回発表される米雇用統計では景気の堅調さをあらためて確認することがメインとなる。加えて、ここ最近ではFRB(米連邦準備理事会)の関心が物価動向に集まっていることから、インフレ関連の指標の注目度もより強まりそうだ。

6月FOMCでの「利上げの準備」は万端

5月30日現在のフェドウォッチによると、6月13〜14日に予定されている「FOMCでの利上げ確率」は約90%となっており、マーケットは既に追加利上げを織り込んでいる様子だ。

この利上げ見通しを後押ししているのが堅調な雇用情勢である。実際、雇用者数は4月までの3カ月平均で17万4000人増で、人口の増加を吸収するのに必要とされる「10万人程度の増加」を大きく上回っている。一方で4月の失業率は4.4%とFRBが目標とする4.7%を余裕で下回っている。

FRBも労働市場が「完全雇用の状態に近づいている」と認識しており、利上げの準備は万端といったところだ。そうした中で5月の米雇用統計が発表されるわけであるが、今回は何よりもまず「雇用情勢が悪化していない」ことを最終確認する意味合いが強い。

それでもFRBの「悩みの種」は消えない

同時に物価動向からも目を離すことができない。現状では労働市場に不安が見当たらないこともあり、FRBの関心は物価動向に集まっているためだ。

たとえば、セントルイス連銀のブラード総裁は5月19日、長期金利とインフレ率がともに低下していることから、FRBが利上げを継続するべきかどうかに疑問を投げかけている。また、ブレイナードFRB理事も30日、「コアインフレ率の2%に向けての上昇に進展が見られない」と懸念を表明している。

具体的にFRBがインフレ指標として重視しているのが個人消費支出(PCE)物価指数である。同指数は4月、前年同月比1.7%上昇と3月の1.9%から鈍化している。食品とエネルギーを除くコア指数も4月は1.5%と3月の1.6%から低下しており、どちらも2カ月連続の低下だ。

物価の伸びが鈍化した背景には原油価格の影響もあると見られる。最近の原油価格の推移からすると、当面インフレ率が強含むとは考えづらい状況だ。

このほか、1月下旬から4月上旬にかけて2.2%前後で推移していた期待インフレ率も、5月下旬には1.8%台へと水準を切り下げている。これに歩調を合わせて、米10年債利回りも3月中旬の2.6%台から5月30日現在は2.2%付近まで低下している。

堅調な雇用統計は6月のFOMCでの追加利上げを後押しするが、一方でインフレ率や長期金利の低下がFRBの「悩みの種」となっている様子だ。それは先のセントルイス連銀のブラード総裁やブレイナードFRB理事の発言からもうかがうことができる。

賃金の伸びは本当に鈍化しているのか?

雇用者数や失業率もさることながら、今回の雇用統計では「賃金」により強い関心が向けられることになりそうだ。

時間当たり賃金の伸びは、昨年12月の2.9%から鈍化傾向が続いている。今年4月は前年同月比2.5%上昇と3月の2.6%からさらに低下している。伸びが鈍化していることも問題であるが、それ以上に気になるのは「他の指標と整合的でない」ことが判断を難しくしている点だ。

たとえば、米商務省が公表している個人所得によると、4月の賃金の伸びは前年同月比3.7%と3月の4.2%からは鈍化しているが、昨年12月の2.0%からは大きく上昇している。つまり、「趨勢的には伸びが加速」しており、雇用統計の「時間当たり賃金の伸び」とは方向が逆向きになっている。また、単位労働コストをみても1〜3月期は前期比年率で3.0%上昇と昨年10〜12月期の1.3%から跳ね上がっている。

このように雇用統計では賃金の伸びが鈍化しているものの、他の指標をみると必ずしもそうとは言い切れない。したがって、5月の雇用統計で賃金の伸びが他の指標と整合的な数字となれば安心できるわけだが、逆に、冴えない数字となった場合にはかなりのフラストレーションを溜め込むことになりそうだ。

気になる「働き盛り」の低い雇用率

賃金の伸びが低いこととの関連では、中核となる年齢層での雇用率が意外と伸びていない点も気がかりだ。

4月の25歳から54歳までの雇用率は78.6%と一見すると高いのだが、金融危機以前には80%を超えており、実はまだ景気後退前の水準を回復していない。一方、4月の55歳以上の雇用率は39.0%と金融危機以前の水準(38.0%以下)を回復するなど上昇傾向にある。失業率をみても、55歳以上は3.2%で、25歳から54歳までの3.8%よりも低い。

日本に比べ、米国では比較的低い年齢で給与の伸びが止まる傾向にある。高齢者の雇用が増え、働き盛りの雇用が相対的に苦戦していることが、賃金の低い伸びとなって表面化しているのかも知れない。

雇用情勢は「良くて当然」のムード広がる

今年1~3月期の米GDP成長率は、前期比年率1.2%増と速報値の0.7%増から上方修正されており、4~6月期の見通しもニューヨーク連銀のナウキャストが2.2%増(26日現在)、アトランタ連銀のGDPナウが3.8%増(30日現在)といずれも悪くない。3月、4月と個人消費も回復しており、堅調な雇用統計と全般的な景気の動きが整合的になりつつある。

したがって、今回の雇用統計でよほど悪い数字とならない限り、6月の追加利上げに水を差すことはなさそうだ。事前予想は雇用数の増加が18万人、失業率は4.4%で、近い数字であれはリスクオンの流れが期待できるだろう。

ただし、雇用情勢は「良くて当然」のムードが広がっているので、弱い数字となった場合に大きな失望を誘う恐れがある。米株式市場は過去最高値を更新中ということもあり、強い数字に対しての上昇が限定的となる一方で、「予想外に弱い数字」となった場合には思わぬ急落を招く可能性もありそうだ。

ドル円についても同様で、「良くて当然」のムードが広がる中で「無難な数字」となってもリスクオンの円安の流れは限定的だろう。逆に、賃金の伸びが冴えないようであれば、円高が加速することも考えられるだけに注意が必要だ。(NY在住ジャーナリスト、スーザン・グリーン)

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