ダブルチェックではなく「突っ込み」でミスゼロ職場を実現しよう

ミスをしない職場,作り方
(写真=The 21 online)

ミスが起こらないように個人で気をつけることは大切だが、会社という組織の中に問題の根源があることもある。職場で起こるミスをなくすためには、どのような対策を講じればいいのか、ヒューマンエラーの専門家にお話をうかがった。

たった一つの「聞き間違い」が大事故に

人間が仕事をするうえで、ミスをなくすことは不可能です。しかし、事象が小さなうちにミスに気づいて方向修正をしたり、起こってしまったミスから、次に起こらないように対策を講じることは必要不可欠であり、それにより大きな間違いや事故を防ぐことは可能です。そして、大きな問題になる前に、ミスの芽を小さなうちに摘んでおく秘訣は、職場内のコミュニケーションにあります。

たとえばこんな例があります。1977年、スペイン領カナリア諸島のロス・ロデオス空港で起きたジャンボジェット機同士の地上衝突事故。583人もの犠牲者を出し、航空史上で最悪の事故となりました。当時、空港は濃霧がひどく、混雑していて、空港が閉鎖される前に離陸したい機長が確認不十分なまま飛行機を発進させ、別の飛行機に衝突したのです。

原因の一つは、管制官と交信していた副操縦士が管制官の指示を勘違いしたことでした。副操縦士はおかしいと思いつつも、離陸を急ぐ機長に意見を呈することができなかった。これが最悪の事故を引き起こしたのです。

副操縦士が「勘違いをした」という小さなミスが、大きな事故になってしまった根底にあったのは、コックピット内でのコミュニケーション不足でした。

このような大きな事故はそうそう起こらないと思うかもしれませんが、どんな職場でも、小さなミスを引き金にした大きな問題は起こり得るのです。

どの職場にも、ミスを全然しない人とうっかりミスばかりしている人がいるのではないでしょうか。しかし、ミスをしない人は、「ミスをしない」のではなく「ミスをしているように見えない」のです。もちろん、記憶力がいいなど個人の能力もありますが、ミスが少ない人は、仕事を抱え込まず、上司や周りの人たちに自分の仕事の状況を要所要所で知らせたり、確認を取って、もし何かあったとしても、問題にならない早い段階で軌道修正をしているのです。

一方、仕事を抱え込んでしまう人は、上司や周りの人とのコミュニケーションが不足したまま、自分の思い込みで仕事を進めがちです。また、先ほどの例のように、違和感を覚えても言い出せないこともあります。

誰もが言いたいことを言える雰囲気を作るには、全員が発言できる場を仕組みとして導入することが効果的です。たとえばある工場では、毎朝のミーティングで、「ミスや安全に関して思っていること」を全員が順番で発言する機会を設けています。指名された人は必ず発言するルールなので、「言うべきときには言う」という意識が全員に生まれるそうです。

無意味なダブルチェックをしていませんか?

職場において、コミュニケーションしやすい環境作りと並行して、固定観念や先入観にとらわれず自由に発想することもミスを防ぐ重要な手段です。

たとえば、ミス防止策としてよく挙げられる「ダブルチェック」。「人を変えて、2度確認をすること」と認識されていますが、これはあまり意味がありません。2人でチェックすると、1人目は「あとでもう1人がチェックするから安心だ」と他人任せにし、2人目は「すでに一度チェックしているから、間違いはないだろう」と気を抜いてしまうのです。

また、1人がミスに気づかなくても、もう1人はミスを見抜ける可能性が高いかというと、そういうわけでもありません。人間は誰でも同じような勘違いをすることがわかっており、チェックする人数だけ増やしても、人間がチェックする限りミスはなかなか見抜けないのです。

有効なダブルチェックは、1人が責任を持ってチェックし、その人の行動をチェックするためにもう1人が“突っ込み役”になることです。

「なぜこの数字なんですか?」「これで正しいのですか?」といった突っ込みに対して、もう一方はその理由を説明しなければなりません。その過程で曖昧さや思い込みが排除され、ミスが発見されやすくなるというわけです。

たとえば、航空業界では現在、機長と副機長による相互チェックを奨励しています。操縦している人を操縦していない人が観察し、「その行動はなんのため?それでいいのか?」と問い正し、操縦に間違いがないか確認をとるのです。

ファックスの送信ミスをなくすには?

では、起こってしまったミスを再発させないようにするにはどうしたらいいのでしょうか。ミスの防止策はさまざまありますが、少ないコストですぐに十分な効果を発揮する解決策を講じることが肝要です。

ミスが起きたときに、「これからは気をつけましょう」と注意を促すだけの職場がありますが、これではミスを防ぐことはできません。「ミスを防ぐ手立てはなかったのか」「そもそもミスが起きるような作業をする必要があったのか」など、あらゆる角度から見直す必要があります。

そこで、「ファックスを間違えて送ってしまった」というミスを例に、最適なミスの防止策を導くための考え方を解説します。

①前提条件の問題だ ミスが起きるような仕事はそもそもしない、という考え方。「ファックスを使わずにその仕事をできないか」を考えてみます。

②やり方の問題だ 仕事のやり方や手順が適切ではない、という考え方。「ファックスの送り先の番号を手で押すやり方」が問題なら、「相手先番号を登録する」など作業手順を改良してミスを防ぐ方法を考えます。

③道具と装置の問題だ 仕事で使っている道具が適切ではない、という考え方。「ファックスを使うことが問題」と捉え、「電子メールを使う」など他の道具を使うことを考えます。

④やり直せればよい ミスしたあとに間違いを修正してやり直せれば問題ない、という考え方。「ファックスを送信した直後に相手先に電話をかけ、正しく送られていなければ、正しい番号に送り直す」という発想です。

⑤致命的でなければよい ミスが引き起こす損害が許容範囲内に収まるように対策を打つ、という考え方。「機密書類は送り間違えてはいけないが、重要でない書類は送り間違えても気にしない」という発想です。

⑥認識の問題だ 考えようによっては、ミスが有益であることもある、という考え方。「送り先を間違えたことで、まったく見ず知らずの人に自社を宣伝できた」という逆転の発想です。

このように問題を多角的に検討することが、ミスを防止するための最善策を探り当てるにはとても重要です。

最後に、組織として問題解決に当たるための手法をご紹介しましょう。会社組織は部署ごとの縦割り構造で、それぞれの部署の利害関係があったりして、問題を共有したり、ともに解決することがないケースが多く見られます。

そこで新たに採用されているのが、「タスクフォース(特命作業班)」による問題解決です。タスクフォースは、さまざまな課題に対して、社内から広くメンバーが集まり組織されます。異なる部門や立場にあるメンバーが集まるからこそ、多様な視点から問題を捉え、議論することができます。たとえば、現場では「ファックスよりもメールがいいけれど我慢していた」と思っていたことを労務担当が初めて知ったり、そもそも部署間の書類のやりとりが必要なく、ファックスを送らなくてもよくなったなど、部署の壁を超えた連携で妥当な解決策が導き出されることもあります。

人間が関わっている限り、ミスは起こり得ます。職場において、「ミスは防ぎにくい」ことを念頭に置き、あらゆる防止策を講じることが、大きな問題にしないために必要なのです。

中田 亨(なかた・とおる)
国立研究開発法人産業技術総合研究所 人工知能研究センター 知識情報研究チーム長
1972年、神奈川県生まれ。2001年、東京大学大学院工学系研究科博士課程を修了し、独立行政法人産業技術総合研究所に入所。人間のミスと安全に関する研究を建設会社や金融機関との共同開発において進めている。国際電気標準会議 (IEC) メンバー。著書に、『ヒューマンエラーを防ぐ知恵』(朝日文庫)など。(取材・構成:前田はるみ)(『 The 21 online 』2017年6月号より)

【関連記事 The 21 onlineより】
「危険」を体感する研修とは?大林組のミス防止術
ミスがなくなる! 「メモ」の基本&活用術
JALパイロットの「想定外に対処する」エラー防止術
「手作り」を貫くモスバーガーのミス防止術
仕事のミスは脳の仕組みが原因だった!