史上最高値更新が続く米国株の活況をよそに、日本株の相場は冴えない。商いも盛り上がらず、日経平均は2万円の大台を割り込んだ。テレビ東京の「ニュースモーニングサテライト」で実施しているアンケート調査「モーサテ・サーベイ」によると、「この夏の東京市場の株式相場は?」という質問に対して、53%の市場関係者が「夏枯れ」と回答している(ちなみに、「サマーラリー」との回答が31%、「波乱の夏(株安)」との答えが17%だった)。海の日の3連休を終えて、今週には関東でも梅雨明けとなるだろう。本格的な夏の訪れを前に、日本株相場は早くも夏休みに入った感がある。

停滞感のひとつの背景は、来週から本格化する4-6月期の決算発表待ちだが、まだ第1四半期の決算なので通期見通しを修正する企業は少なく、結局のところ個別銘柄ベースでは大きく反応が出ても相場全体を動かすイベントにはなりにくい。

日米欧の金融政策を議論する重要な会議もあるが、注目度は高くない。日銀の金融政策決定会合の結果が判る20日の夜にはECB理事会が開催される。だが、どちらも政策変更はなし、現状維持がコンセンサスである。物価展望レポートも材料にはならないだろう。いちばん相場を動かす可能性のあるのはドラギ総裁の発言だが、これについては予想不能である。来週のFOMCも6月利上げの直後だけに今回は市場から「スルー」されているが、もしかしたら9月からのバランスシート縮小開始を示唆するかもしれない。だが、先週金曜日に発表されたCPIの伸びの鈍さとマーケットの反応を見た直後だけに、なにもこのタイミングで性急にアナウンスすることはないのではないか。

そうなると、市場は材料難で本当に「夏枯れ」となる。問題は「いつまで」か、だが、ずばりあと1カ月は「夏休みモード」だろう。すなわち、8月下旬のジャクソンホールで開催される金融シンポジウムまでである。今年は3年ぶりにECBのドラギ総裁が出席し講演すると報じられている。3年前の2014年のジャクソンホールでドラギ総裁は翌2015年から始めることとなる量的緩和を示唆しているだけに、否が応でも「今年もまた示唆がある」という市場の期待が高まるのは避けられないところだ。3年前のBloombergの記事を引用しよう。

<ドラギ総裁は米ワイオミング州ジャクソンホールでカンザスシティー連銀が主催したシンポジウムの場を利用し、ユーロ圏のインフレ期待が「大幅な低下を示した」と警鐘を鳴らした。インフレ期待についての発言は講演原稿にはなかった同総裁のアドリブ。「政策姿勢を一段と調整する用意がある」とした講演原稿の中でも、今までの定番の「必要になった場合は」の文言が省かれていた。バークレイズの欧州担当チーフエコノミスト、フィリップ・グダン氏は22日の総裁講演について、「大事件であり、ECBの言い回しの転換点となるものだ。最近の景気動向が、次の一手として本格的な量的緩和の可能性を高めたとみられる」と述べた。>

当社チーフ・アナリストの大槻は「資産購入プログラムの縮小は、恐らく9月7日の理事会で決定される可能性が高いだろう」と述べている。ジャクソンホールのシンポジウムはその2週間前である。「頭出し」にはちょうどよいタイミングだろう。いや、本当のところは誰にもわからない。但し、かなりの確信度で言えることがある。「黙っていても市場が勝手にそう思うだろう」ということである。9月7日にECB理事会があり、その2週間前のジャクソンホールでドラギ総裁が講演を行う。3年前はその場で「大事件」とも言える金融政策への示唆があった。こうなればジャクソンホールのドラギ講演がこの夏のフィナーレを飾るメインイベントとなるのは当然で、それに向けてポジションをとるひとと、その一大イベントを見極めてから動こうとするひとに分かれる。ざっくり言って、市場参加者の半分は本当に「夏休み」をとるのではないか。

実は今回のモーサテ・サーベイ、失念してしまって僕は回答していない。改めて回答するなら、「波乱の夏(株安)」に一票を投じる。天邪鬼だから、もっとも回答の少ないシナリオを選ぶというのもあるが、夏の波乱というのは結構あるものだ。古くはリーマン・ショックの先駆けとなった2007年の「パリバ・ショック」も8月に起きた。そんな古い話をしないで、「アベノミクス相場」開始以来を振り返っても、アベノミクス相場の実質初年度2013年の8月には日経平均が576円(4%)安と急落したことがあった(8月7日)。円高が先物売りと結びついたようだが、詳しい背景は判らず仕舞い。その日、僕自身が書いたマーケットメールをここに再掲しよう。

<本日の日本株市場では確かに円高が嫌気されましたが、その円高の理由がよくわかりません。リスク回避の円高とされるものの、ではそもそも何のリスクを回避しているのでしょうか。昨日の米国株式市場で重石となった悪材料は地区連銀総裁の量的緩和縮小に関する発言でした。しかしそれは、一時後退した緩和縮小の早期開始を再び示唆する発言であり、本来ならばドル高要因となり得るものです。量的緩和縮小懸念で「リスク回避」というのはいかにも解せない説明です。

マーケットメール朝刊で、「薄商いのなか先物主導で大きく動く可能性があり、特にオプションのSQを控えた週の最終売買日の前日に当たる水曜日は比較的荒い値動きになるケースが多く注意したいところ」と述べた通りの展開となりました。SQ絡みの要因以外にも値動きが大きくなった背景があります。最近は午後に入ると一方向に大きく動く傾向が強まっていますが、いわゆる「ブル・ベアファンド」等レバレッジ型の投信に絡む取引の影響が指摘されています。レバレッジ型ファンドは、先物の大引けでその日の相場の騰落に合わせた順張りの注文を入れるため、短期筋がその先回り取引を午後に出すために相場の振幅が大きくなるわけです。市場参加者が多く相場にじゅうぶんな厚みがあれば、そのようなテクニカルな取引に市場全体が振り回されることは少ないのですが、現在のような閑散相場では短期筋の先物売買の影響は無視できません。 >

量的緩和縮小に関する高官発言が市場の波乱の遠因だったようである。薄商いのなか、先物主導で荒い値動きとなることもある。これは今年の夏にもじゅうぶんに当てはまる。

翌年の2014年の8月にはISに対する空爆で急落する場面があったし、2015年8月はもはや忘れることのできない「チャイナ・ショック」という暴落劇の始まりであった。

そして今年もまた中国がキナ臭い。

日本が休みだった昨日(17日)午前の取引開始直後に上海総合指数が、特にきっかけがないにもかかわらず90ポイント(2.8%)も急落した。メディアは「わずか12分間のフラッシュ・クラッシュ」と報じた。結局、昨日の上海総合は今年最大の下げとなった。QUICKニュースによると「ストップ安まで売られた銘柄は上海、深センの両市場合計で実に500近く。多くを占めたのが深セン上場の中小型株だった」という。中国版ナスダックとも呼ばれる新興企業向け市場の「創業板」指数は5%の大幅安となった。

背景は全国金融工作会議で習近平国家主席が金融規制の一段の強化と中国経済のデレバレッジ(債務削減)継続を宣言したことであるとされる。

欧米の中央銀行が金融緩和の出口を模索するなか、状況は異なるものの中国でも金融を引き締める動きが株価の急落を招くという事態になっている。ひとつひとつの「金融緩和の終わり」には耐えられても、それが世界中で重なったらどうなるだろうか。

市場心理は複雑で、様々な遠因が相互に影響を及ぼすとまったく予期しない結果をもたらす。われわれは、それを何度も嫌というほど体験してきたはずである。

この夏こそ、複雑系の代表的な理論「バタフライ・エフェクト」を思い出そう。この言葉の語源は、「北京で蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐が起こる」というものから来ているのだが、大元のオリジナルは気象学者のエドワード・ローレンツが1972年にアメリカ科学振興協会で行った講演のタイトル"Predictability: Does the Flap of a Butterfly's Wings in Brazil Set Off a Tornado in Texas?"(予測可能性:ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?)である。

ブラジルが北京に、テキサスがニューヨークに変わっているが、そのほうが金融市場のアナロジーとしては好都合である。無論、北京を上海に変えても、ニューヨークを東京に変えることも可能である。その方が、より実現性が高いかどうかは、まったく測りかねるのだが。

広木隆(ひろき・たかし)
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト

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