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こんにちは、経済学修士号を取得後、株価推定の事業・研究を行っている「たけやん」です。宜しくお願いします。

1973年にブレトンウッズ体制が終了し、主要国が変動相場制に移行してから40年が経ちます。今では古典的な理論になりましたが、時代を大きく変えたフロー・アプローチについて知っておくことは、為替市場を見る上で重要なものになると思います。

そこで今回は、変動相場制に移行したそもそもの理由を説明した上で、移行を後押しした当時の主要理論であるフロー・アプローチについて解説します。この理論は古典的なもので、有効性は有りつつも多くの限界を持っています。限界の一つとしてJカーブ効果についても取り上げます。


変動相場制移行の理由

戦後体制としてのブレトンウッズ体制は、金1オンスを35ドルと決めてドルを基軸通貨とする固定相場制でした。この固定相場制が成立したのは、ドルと金の交換が保証されるという信用を担保するものであったからです。

しかし、ベトナム戦争の中で米国の経常収支が悪化してドルが大量流出しました。ドルが大量に米国から流出すると、米国は35ドルを金1オンスに交換するという要求に応じられません。米国の経常収支の悪化によるドルに対する相対的な金不足は「金とドルの交換比率の切り下げ」を人々に予想させた事にあり、実際に交換要求に応じられなくなった米国は、金とドルの交換を停止しました。これがいわゆるニクソン・ショックです。 ニクソン・ショック後に、実際にドルの切り下げが行われるわけですが、それでも状況は大きくは改善せず変動相場制に移行していくわけですが、その背景には「変動相場制への楽観視」も有りました。

楽観視の理由について深尾(1983: 11)は、

国際収支は、為替相場のスムーズかつ小幅の変動により、自動的に調整される。

自国経済は、海外のインフレや景気変動から、かなりの程度まで遮断される。

この結果、各国の金融・財政政策は、国内均衡達成に集中出来る。

と整理しています。この背景には、伝統的だったフロー・アプローチという考え方があるのですが、では、これはどのような理論でしょうか。


フロー・アプローチ

日米の2国を例にして考えると、「日本の経常収支 + 日本の資本収支 = 日本の外貨準備の変化額」が成立するというのがフロー・アプローチの基本的な考え方です。

このモデルを定式化すると、

BC(e, y, y*) + BK(r - r*) = ⊿R

となります。BCは日本の資本収支で、e(円建てドルレート)とy(日本の実質生産額)、y*(米国の実質生産額)の関数になっています。BKは日本の資本収支で、r(日本の金利)とr*(米国の金利)の関数になっています。この合計が、⊿R(日本の外貨準備の変化額)と一致するという意味です。但し、⊿Rは米国が為替介入しない事が仮定されています。


モデルの意味

このモデルには、為替レートは「経常取引」・「資本取引」・「為替介入」の3つで決定するという考え方が背景にあります。この3つを基本に、数式の意味を順番に見ていきましょう。

【経常取引】

日本の経常収支(BC)は、まず、為替レート(e)の変動によって好転すると考えられています。円安になると日本の輸出量が増えて経常収支は改善するからです。また、米国の生産額が増えても日本の経常収支は改善しますし、一方で日本の生産額が増えると日本の経常収支が悪化します。

【資本取引】

日米の金利差が資本取引に影響を与えるという考え方自体は、今の為替レート決定論でも重要な考え方の一つですが、当時の理論では為替レートの予想変化率は考慮されておらず、「金利が高い方に資本が流入する」ものの「金利変化に対する資本移動の反応は遅い」という考え方がありました。

要するに、資本収支の変化は小さく、基本的には為替レート変動による経常収支の変化によって国際収支が調整されるという考え方で、短期的な経常収支の不均衡を是正する働きとみなされていました。

【為替介入】

為替介入は為替レートの変動要因の一つですが、上記のように「長期の国際収支の不均衡は為替レートの変化で是正」され、「短期の国際収支の不均衡は金利差の変化で是正」されると考えられたが故、為替介入は不要であると考えられていました。これがモデル式において米国による為替レートが無い事が仮定されている理由です。


モデルの有効性と限界

最初に述べた深尾による「変動相場制への楽観視の理由」ですが、高い効果が確かめられたのは「海外のインフレの遮断」だけであり、国際収支を大きく改善する事は無く、今もグローバル・インバランスは問題になっていますし、結果として為替介入の必要性が生じ、金融・財政政策を国内均衡に集中させる事は出来ていません。


フロー・アプローチで説明のつかないJカーブ効果

為替レートの変動によって経常収支が改善されるには、マーシャル・ラーナー条件が成立している必要があります。マーシャル・ラーナー条件は、「輸出の価格弾力性」と「輸入の価格弾力性」の合計が1を上回っているという事です。日本基準で考えると、仮に円ドルレートが1%円高になると、米国への輸出価格は1%高くなるわけですが、この時「米国への輸出量が何%減少するか」というのが、「輸出の価格弾力性」です。また、同時に米国からの輸入価格は1%安くなるわけですが、この時「米国からの輸入量が何%減少するか」というのが「輸入の価格弾力性」です。この合計値が1を超えている時、為替レートの変化が貿易収支を改善する事になるので、経常収支の改善に繋がります。

しかし、現実にはそこまで為替レート変化による貿易収支の調整能力は高くなく、もっと緩やかにしか働かないという事が観測されています。実際、変動相場制に移行した後、米国の貿易収支が直ぐに改善するわけではなく、暫くは貿易収支が悪化した後に、緩やかに貿易収支が改善していくという動きが見られました。この動きが「J」の字を描くという事から「Jカーブ効果」と呼ばれています。

これは、フロー・アプローチの有効性が限定的である事の理由の一つに過ぎず、他にも様々な問題があります。しかし、「経常取引」・「資本取引」・「為替介入」の3つで為替レートが変動するという基礎的な考え方を理解する上では重要でしょう。

参考文献:深尾光洋「変動相場制度下における為替相場決定理論の発展」『金融研究』Vol. 2(1), pp. 11-46, 1983-3

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