1,000桁以上の数字も覚えられる「記憶の極意」とは?

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(写真=The 21 online)

脳をフル活動させれば何歳からでも記憶力を高められるという。とはいえ日々衰えを感じるのも事実。本当に記憶力を伸ばすことができるのだろうか。そこで、40歳を過ぎてから記憶術のトレーニングを始め、45歳で日本一となった池田義博氏に、記憶力を高めるしくみと、トレーニング方法をうかがった。

記憶を定着させる3原則とは?

私は40代で記憶術に目覚め、トレーニングを開始しました。そして、45歳のときに記憶力日本選手権大会で優勝し、さらには世界記憶力選手権では、日本人初の「記憶力のグランドマスター」の称号を獲得しました。

とはいえ、もともと暗記が得意だったわけではありません。以前は通信機器メーカーのエンジニアで、現在は家業を継ぎ、塾経営をしています。そして、生徒たちのために記憶力を高めるカリキュラムを作ろうと独学で学ぶうちに、記憶力を鍛える楽しさに目覚めてしまったのです。世界記憶力選手権に挑戦した頃には、1,000桁以上の数字を覚えられるようになっていました。

私は記憶力というのは持って生まれた才能や年齢にはあまり関係がないと考えています。脳には「記憶のしくみ」があり、それを上手に利用すれば、ラクに物事を覚えることができます。人により記憶力に違いがあるとしたら、その方法を知っているか、知っていないかの差だけです。記憶力とは“技術”なのです。

その技術の基本となるのは「感情・回数・意志」の3原則。

まず、記憶に大きく影響するのが「感情」です。思い出が何年経っても忘れられないのは、その出来事に“感情”が動かされたことで、脳に深く刻まれたためです。ですから、覚えたい対象にストーリーや特徴を与えて感情を動かせば、あとは脳が勝手に覚えてくれるのです。

次に「回数」です。人間の脳は記憶したことのおよそ7割を翌日には忘れていると言われます。その理由は、脳には「覚える必要なし」と判断した情報を削除する機能があるため。ですから、覚えたいことは“繰り返す”ことが基本です。それによって、脳は「覚えておいたほうがいいらしい」と判断し、長く記憶に残そうとするのです。

そして、最も大切なのが「意志」。1週間前の夕食は何だったか、覚えている人はほとんどいないと思います。目の前の事象を「覚えよう」と思わないかぎり、なかなか記憶には残りません。「覚えよう」という明確な意志を持つことで、脳の記憶スイッチが入るのです。

このように「感情・回数・意志」の3原則を押さえれば記憶力は飛躍的に伸びます。では、この3原則を生かした記憶法を具体的に説明していきましょう。

名前を覚えるときは「妄想」しよう!

人の名前と顔がなかなか記憶できないという悩みを抱える人は少なくありません。これは名前を“記号”としてとらえているため。単なる数字や記号は「感情」が動かないので、記憶として残りにくいのです。

名前の記憶に関するこんな実験があります。ある人を紹介するとき、「名前はBaker(ベイカー)です」と言った場合と、「職業はBaker(パン屋)です」と言った場合とでは、後日確認した際、後者のほうが記憶に残っていた人が多かったのです。これは「パン屋」という職業を伝えたことで、受け手が脳裏にその人が働いている姿や店のイメージを膨らませ、感情を動かしたためと考えられます。

ですから、相手の名前を覚えようとしたら、その名前のイメージを膨らませればいいのです。たとえば山本という名前ならば「この人は本が大好きで、『山』のような『本』に埋もれて生活しているんだ」などとその姿をイメージするのです。もちろん、勝手な妄想でかまいません。そのイメージで感情が動かされることに大きな意味があります。先ほど、私は1,000桁以上の数字を覚えられると言いましたが、実は数字そのものは覚えていません。ざっくり言うと、1~99までの数字ごとに人物や行動などを決めていて、数字を覚えるときは該当の人物や行動を書かれた数字順に思い浮かべ、ストーリーを組み立てているのです。

この感情を利用した暗記術は、受験で覚える語呂合わせと基本原理は同じ。「遣唐使廃止は894年」と数字で覚えようとしてもなかなか覚えられませんが、「894(はくし)に戻そう遣唐使」とイメージを喚起させれば、一発で覚えられます。

ただ、それでも人間は忘れる生き物なので時間が経つと徐々に記憶は薄れていきます。定着させたい記憶は「回数」を重ねること。その極意は“薄く、多く”です。つまり、英単語100個を4時間で覚えるとしたら、1日で4時間かけて覚えるよりも、1日1時間ずつ4日間で覚えるほうが長期的な記憶として定着しやすいのです。

そして最後に、記憶力を高めるのに欠かせない「意志」の力です。私たちは毎日、膨大な情報に接していますが、覚える意志を持たないかぎり、ほとんどを忘れます。私も車のキーやテレビのリモコンの置き場所を忘れることはよくあります。こんなときはたいてい、考え事をしていたり、何かに気をとられたりしています。

記憶力の大会でも、周囲の雑音に気を取られているときは課題がまったく頭に入ってこなくなります。覚えようとする意志は、集中力とも言い換えることができるのです。

暗記の集中力を高めたいとき、私が行なうのは「腹式呼吸」。お腹を膨らませながら深く吸って、ゆっくりと息を吐き出すことを繰り返すうちに、心の緊張や滞りが解けて、目の前のことに意識が集中できるようになります。

それでも、集中できないとしたら、脳のワーキングメモリー(一時的に情報を脳内にとどめ、同時に別のタスクの処理も行なう機能)が雑念や不安などの感情で占拠されて、十分に活用できていない状態かもしれません。その場合、心にある雑念や感情を紙に書き出してみるのもお勧めです。書いて可視化することで気持ちが解放され、ワーキングメモリーに他のことを記憶する余裕ができるのです。

記憶力を強化すると発想力もアップする

40代半ばにして記憶力のトレーニングに目覚めたことで、私の人生は大きく変わりました。意外な収穫だったのは、新しいアイデアを生み出す発想力も伸びたことです。記憶術は、数字や記号をイメージに置き換えていく、想像力をフルに使うトレーニングですから、対象からイメージを膨らませて新しいアイデアにつなげていく脳の回路が強化されるのです。

さらには、自分自身への自信が高まったことも挙げられます。大会では、2、30代の選手を破り、40代半ばにして日本チャンピオンになりました。これは「脳は何歳からでも鍛えることができる」ことの何よりの証拠。年齢を理由に、自分の可能性に制限をする理由はどこにもありません。人間の記憶脳は使い方次第で、どこまでも伸びる無限の可能性があるのです。

池田義博(いけだ・よしひろ)記憶力のグランドマスター
1967年、茨城県生まれ。大学卒業後、大手通信機器メーカーを経て、学習塾を経営。塾の教材のアイデアを探しているときに「記憶術」に出合い、2013年、記憶力日本選手権大会優勝。その後、4回連続で記憶力日本一になる。同年、世界記憶力選手権ロンドン大会にて、日本人初の「記憶力のグランドマスター」の称号を獲得。近著に、『世界記憶力グランドマスターが教える 脳にまかせる勉強法』(ダイヤモンド社)。(『 The 21 online 』2017年7月号より)

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