経営トップが実践するモチベーションUPの方法とは?

泉谷直木,モチベーション,仕事
(写真=The 21 online)

激戦のビール系飲料でシェアナンバーワンを維持し、積極的なM&Aで事業規模を拡大し続けるアサヒグループホールディングスで、社長時代にはグローバル展開を進めるなど攻めの経営に成功してきた会長兼CEOの泉谷直木氏。自身と組織のモチベーション管理術についてうかがった。《取材・構成=塚田有香、写真撮影=まるやゆういち》

モチベーション管理の「五つの秘策」とは

2016年に過去最大規模のM&Aとなる欧州ビール事業の買収を発表するなど、積極的な攻めの経営を続けるアサヒグループホールディングス。このチャレンジ精神あふれる組織を率いるのが、代表取締役会長の泉谷直木氏だ。常に前向きで意欲的なビジネスを展開するために、経営トップとして、そして一人のビジネスマンとして、どのようにモチベーションを管理してきたのだろうか。

「実を言うと、私はモチベーションについてそれほど悩んだことはありません。なぜなら長年仕事をする中で、私なりにいくつかのセルフコントロール術を身につけてきたからです。

その一つ目は、仕事も人生も楽しむ姿勢を持つことです。

私にとって仕事の何が楽しいかと言えば、知らないことが増えること。どこへ行っても、誰と会っても、『世の中にはそんなことがあるのか』『こんなに素晴らしい人がいるのか』という発見や気づきがある。これほど楽しいことはありません。

管理職世代になると『知らないことは恥ずかしい』と考える人が増えますが、私はそうは思わない。いくつになっても、『知らないことを知る』という体験は自分を成長させてくれます。

二つ目は、『自分はできる』と信じることです。40代くらいになると、『自分の力はこんなものだろう』と決めつけがちです。しかし40代は、長い人生から見ればまだまだ成長の途中。『自分はできる』と信じてチャレンジすれば、できることは確実に増えるし、より大きな目標に挑もうとするモチベーションも生まれます」

常にポジティブな「もう一人の自分」と対話

続いて挙げたのが、モチベーションが上がらないときに気持ちをうまく切り替えるコツだ。

「モチベーション管理術の三つ目は、常に複数の課題を抱えること。そう言うと、『ただでさえ忙しいのに、やるべき課題をいくつも抱えたらもっと大変になる』と思うかもしれません。

しかし複数の課題があれば、どこかの時点で別の課題に乗り換えられます。たとえ一つの課題がうまくいかなくても、もう一つの課題に手を着けてみれば、そちらはうまくいくかもしれない。すると元の課題に戻った時も、前向きに取り組めます。

四つ目は「常に積極的なもう一人の自分」が隣にいると思うこと。悩んだときも、自分の横にものすごく元気なもう一人の泉谷直木がいて、『何を悩んでんねん!』と言ってくれる。そういう存在と対話すれば、こちらの自分が落ち込んでいても、もう一人の自分がモチベーションを引き上げてくれるわけです」

(写真=The 21 online)
(写真=The 21 online)

「モグラ叩き」がモチベーションを下げる!?

そして五つめに挙げたのが、「うまくいかないときこそ、ロジカルに普遍解を求めること」。一見すると思考術の話に思えるが、実はモチベーションと深く関連している。

「目の前の問題を一つずつ叩いて対処する『モグラ叩き』は、その場限りの解でしかない。根本的な解決にはならないので、どんなに頑張って叩いても会社や個人の業績は上がらず、モチベーションも向上しません。

そもそも、なぜ人間が悩むかと言えば、『わからない』から。目の前の問題が起こっている原因がわからないから、悩むわけです。だったら、悩みを解消するには『わかる』ようにするしかない。つまり、今起こっている現象を分析し、原因と結果の因果関係を突き止め、普遍解を見つけることが重要なのです。

物事がうまくいかないとき、原因はたいてい三つに絞られます。一つは、計画そのものが間違っている。二つ目は、計画は正しいが、やり方が間違っている。三つ目は、計画を開始した後で状況が変わったのに、ずっと同じやり方を続けている。ほとんどの問題は、この三つのいずれかが原因です。

原因さえわかれば、自分の上司にそれを説明し、計画ややり方を変えてもらうことも可能です。やり続けてもうまくいかないなら、どこかで潔く方針を切り替えなければ、悩み続けるだけでモチベーションをさらに下げることになります」

トイレ修繕やどぶ掃除も真剣にやった新人時代

泉谷氏は会長になった現在も、五つのモチベーション管理術を続けていると話す。とはいえ、「仕事を楽しもう」と考えていても、意に沿わない仕事を与えられると、なかなかやる気が出ないという人は多いだろう。だが泉谷氏は「人から言われたことを真剣にやるからこそ、自分のやりたい仕事や面白い仕事が与えられる」と話す。

「私が新人時代に配属されたのは、工場の倉庫課でした。新入りですから、言われたことは何でもやりましたよ。トイレの修繕もしたし、大雨が降って倉庫に水が流れ込みそうになったときは、下着一枚になってどぶ掃除をしたこともあります。

『言われたことをただやるだけなんて、バカみたいだ』と思う人もいるかもしれません。でも私は、『入社して最初の十年は修行の時期だから、言われたことは全部やる』と決めていました。すると面白いことに、一つの仕事をやり遂げるたびに周囲から認められ、人から言われることのレベルがどんどん上がっていったのです。そして工場にいるあいだに、人事や財務、庶務や調達まで、ひと通りの仕事を経験させてもらいました。

もし私が『なんでどぶ掃除なんか』とやる気を失い、適当にこなしていたら、周囲も私に与える仕事のレベルを上げようとは思わなかったでしょう」

頭一つ抜け出すことでやりがいはグッと高まる

会社員になって最初の10年を「修行」と捉えることで、目の前の仕事へのモチベーションにつなげることができる。では、その次の30代から40代は、どうやって仕事への意欲を高めればよいのだろうか。

「30代から40代は、自分の強みを確立する時期。余人を持って代え難い何かを持つことが、仕事を面白くしてくれます。

私は30代半ばで広報部に配属され、コーポレートアイデンティティ(CI)活動の担当を任されました。当時は弊社の業績が低迷しており、企業のイメージやカルチャーを変えることでお客様との関係性を改善していこうという全社的な改革運動が始まっていて、その専従担当になれと言われたわけです。

ところが私は、しばらく労働組合の役員を務めていて、会社に戻ったばかり。それがいきなり、何のことやらよくわからないCIというものを任されてしまった。人によっては、不安や自信のなさからモチベーションが下がる場面かもしれません。

でも、私はこう考えました。『CIに詳しい人はまだ社内にいないから、自分が少し勉強すれば、頭一つ抜け出せるぞ』と。

そして実際に、自分で勉強を始めてみたところ『CIなら泉谷が社内で一番詳しい』と周囲から評価されるようになり、役員からも質問を受けるようになりました。すると、聞かれたことに答えるために、また必死に勉強する。こうして、CIが私の強みとなっていきました。

CIの仕事をしたことでコーポレートコミュニケーション戦略に関心を持ち、会社に掛け合って新しい課を立ち上げたこともあります。こうしてやりたいことができたのも、自分の強みを確立したからです」

「運」ではなく「機会」という言葉を使おう

泉谷氏の考えに一貫しているのは、「モチベーションは誰かが与えてくれるのではなく、自ら主体的に生み出していくものだ」ということだ。

「自分のやる気に火をつけられるのは、自分しかいない。他人にいくら頼んでも、自分の気持ちを変えることはできません。

私がCIに携わっていた時期、仕事は非常にハードでした。実は最初の頃はCIの専従スタッフは私一人。しかも1986年1月に新しいコーポレートマークを世間にお披露目すると決まっていたので、時間も限られている。結局それまでの約半年間は、ほぼ休みなしで仕事をこなしました。

『こんなに忙しいのに、部下もつけてくれないなんて』と不満を言ったり、腹を立てたりすることもできたでしょう。でも私は、先ほどのモチベーション管理術を実践していたので、『このプロジェクトが成功したら、アサヒビールは一気に変わるんだ』と、ワクワクしながら仕事を楽しむことができました。

日本人はよく『運が悪くて、なかなかチャンスが来ない』という言い方をしますが、外国の人は 運やチャンスという前に『opportunity』という言葉を使います。運が悪いように思える場面でも、実は『機会』はいくらでもあり、それをチャンスに変えられるかは自分次第。そう考えれば、大変なときもモチベーションを失わず、チャレンジを続けられるのではないでしょうか」

泉谷直木(いずみや・なおき)アサヒグループホールディングス〔株〕代表取締役会長兼CEO
1948年、京都府生まれ。京都産業大学法学部卒業後、朝日麦酒㈱[89年にアサヒビール㈱に社名変更、2011年に純粋持株会社アサヒグループホールディングス㈱]に入社。1986年、広報企画課長。95年、広報部長。98年、経営戦略部長。2003年、取締役。06年、常務兼酒類本部長。09年、専務。10年、アサヒビール㈱社長。11年、持株会社制への移行により、アサヒグループホールディングス㈱社長に就任。16年3月より現職。(『 The 21 online 』2017年10月号より)

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