あなたは、他人の意見をまっすぐ受け止める方ですか?この世界において、他人の意見を判断するにはコツがあります。テレビなどメディアで言われている裏には、どういった思惑があるのかということを理解することで、「真の情報」を見抜けるようになります。

(本記事は、加谷珪一氏の著書『ホンモノを見分けられる人に、お金は転がり込んでくる!』ぱる出版(2017年7月8日)の中から一部を抜粋・編集しています)

他人の意見は利害に曲げられ、ニセモノだらけ

何かを決める際に他人の意見を参考にすることがあると思いますが、ここには落とし穴がたくさん存在しているので注意が必要でしょう。ある意味で他人の意見は、ニセモノだらけといっても過言ではありません。

特にメディアなどで見解を述べている有識者の主張はその背景をよく理解した上で受け止めることが重要です。有識者の中には、正確な情報をもとに、できるだけ客観性が保てるよう吟味して発言する人もいます。しかし、こうした人はどちらかというと少数派でしょう。有識者の発言の裏には、本人の利害や願望が隠れていることがほとんどであり、ある意味ですべてがニセモノといってよいかもしれません。

というよりも、そもそも世の中に100%客観的な情報など存在しませんし、純粋な意味での真実というものもありません。人は自身の立場などから有形無形の影響を受けており、それが意見に反映されるのはもちろんのこと、一見、冷静に見える分析であっても、こうした影響を完全に排除することはできないのです。

このような現実を前に「真実などどこにもない」と嘆くのではなく、人は利害関係で発言するものだと割り切って話を聞くことで、むしろ、容易に真実に近づくことができるはずです。有識者の意見を参考にする場合、もっとも重視する必要があるのは、その人がどのような立場なのかということです。

メディアなどで意見を述べる有識者にはいろいろな属性があります。主なところでは大学教授などの学者、評論家など論評を生業にしている人、ジャーナリスト、証券アナリストやエコノミストなど金融機関に所属している専門家、テレビタレント、コンサルタント、各業界の専門家などです。

多くの人が分かっているようで、実はよく分かっていないのは、それぞれの識者は自身の利益のために発言していることが多いという現実です。そんなことは分かっていると言いながら、自分の損得に関わることや、琴線に触れるテーマになると、冷静ではいられなくなり、こうした現実を見落としてしまいます。

特に識者の発言に激しく憤っている人は要注意です。その人は、その段階ですでにかなり冷静さを失っており、的確な判断ができなくなっている可能性があります。こうした識者の話を聞く際には、その意見に賛同するのかはひとまず横に置いておき、その人物が何を主張しており、その背景にはどんな利益があるのかについて探るのが基本となります。判断はその後でよいのです。

商業ジャーナリズムの事情を理解すれば、表と裏が見えてくる表と裏が見えてくる

評論家やジャーナリストの場合には、学者とは少し異なる分析が必要となります。彼等の発言を受け止める上でもっとも重要なのは、彼等が文筆を生業にしているという点です。

報道や評論といった言論活動の多くはこうした商業ジャーナリズムになりますから、当然、彼等の発言を聞く場合には、商業ジャーナリズムの仕組みを大前提にする必要があるわけです。先ほど学者のケースを紹介しましたが、学者の場合、フルタイムの教員であれば、大学からの給料で生活そのものは維持することができます。

したがって、何を主張するのかについては、学説や出身母体などの利害で変わるというメカニズムでした。一方、商業ジャーナリズムの場合には、言論活動自体がビジネスですから、商売として成立していなければ何も始まりません。

この業界に属している人にとってもっとも重要なのは、いかに読者を確保するかになります。Web媒体であればどれだけPVが稼げるか、紙媒体であれば何部売れるのかが最大の関心事です。

よく新聞などが偏向報道をしていると批判されることがあります。新聞が時に偏向報道をするのは事実ですが、問題はその理由です。多くの人は、特定の主義主張に沿ってこうした報道を行っていると考えがちなのですが、必ずしもそれは当てはまりません。

商業ジャーナリズムは、基本的にビジネスですから、その媒体を見る読者や視聴者があって初めて存在することができます。政権批判や逆に政権の擁護、特定企業の批判や賞賛といった報道を見ると、ジャーナリズムは特定のイデオロギーに沿って活動していると思ってしまうかもしれません。

しかし、商業ジャーナリズムがこうした報道を行うのは、最終的にはPVや視聴率、あるいは販売部数の増加を通じて利益につながるからです。中には特定のイデオロギーに沿った報道を是としているジャーナリストや評論家もいますが、むしろそれは少数派です。

基本的に彼等が考えているのは、どれだけ読まれるか、どれだけ見られるかであることを忘れてはいけません。ただ政権の擁護や特定企業に対する賞賛は、黙っていても常に一定数、目にするものですから、わざわざお金を出して欲しい情報となると、どちらかというと批判的な内容のものとなります。

ジャーナリズムの記事に批判的な内容が多いのも、多分にこうした市場メカニズム的な側面があるのです。そう考えると、真の意味で中立的な情報というものは、そう簡単には存在できないことがお分かりいただけると思います。この話は当然、筆者についても当てはまります。

筆者は経済評論家という肩書きで言論活動をしていますが、どの組織にも所属していません。このため、原稿を書くにあたって、特定の組織や団体の意向などを気にする必要はまったくありません。 また筆者は、幸運にも過去に事業や投資で成功しており、贅沢をしなければ働かなくても一生過ごせるだけの資産を保有しています。このため、生活のために書きたくない原稿を書くこととは無縁です。

しかし、評論家として言論活動を行っている以上、書く場が与えられなければ意味がありません。その点では、多くの読者の興味関心を引くテーマで原稿を書くという束縛から完全に自由になることは不可能です。筆者の意見についても、その部分については注意して受け止めてください。

つまり、商業ジャーナリズムにおいて主張される内容は、日本の社会において一定のコンセンサスが得られているものに限定されてしまうのです。この宿命から逃れることはできませんから、情報の受け手はこうした特性を賢く利用するしか方法はありません。

つまり、どのような主張の報道が増減しているのかによって、社会の傾向をつかむことができるので、そうした前提で記事を読み込んでいくのです。このように一歩、距離を置いた形でマスメディアと付き合うことができれば、情報リテラシーのレベルは一気に向上するでしょう。

最近は大学の先生も生活が苦しい

先ほど学者のケースを紹介しましたが、学者の中には一部ですが、商業ジャーナリズムと同じ動機で仕事をする人がいます。つまり、学者としてではなく、評論家やコメンテーターとしてのキャリアを望んでいる人です。

このようなタイプの人は、学術的な立場よりも、読者にウケる内容を提供できるかどうかを極めて重視します。学者による発言といっても、ここでは商業ジャーナリズムと同じメカニズムが働いていると思って差し支えありませんし、当然、その主張については、それを前提に受け止める必要があるわけです。

以前は大学の教員になることができれば、給料は安くてもとりあえず一生涯の生活が保障されました。このため、多くの学者が、純粋に学術的な見地に基づいて発言することが可能だったのですが、最近ではずいぶん状況が変わりました。

少子化の影響で大学の経営は年々苦しくなっており、学者の待遇は悪化しています。これは私立大学だけの問題ではなく、独立行政法人に移行した国立大学も同じです。フルタイムの勤務と終身雇用が保障されている教員は少なく、何か副業をしないと生活が成り立たない学者は大勢います。彼等の一部は、ジャーナリズムの分野で言論活動を行って名前を売り、本の出版などにつなげたいと考えています。

本書では繰り返し説明していますが、こうした行為の是非について読み手が断罪してもあまり意味はありません。情報を適切に受け止め、自身のビジネスや投資に生かすためには、発言者の置かれている立場を知ることが最良の方法です。

その意味で筆者は、兼業の学者にはこうした傾向があることを理解しておくべきだと主張しているに過ぎません。

加谷珪一 経済評論家。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っており、ニューズウィーク日本版(電子)、現代ビジネスなど多くの媒体で連載を持つ。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。

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