所有者不明の土地が日本で問題となっている。持ち主が誰だか分からない土地の面積が増えてきたということだけではない。日本の国土全体に占める割合は小さいものの、それが日本全体の経済発展の足を引っ張ることになりかねないということだ。具体的な問題の中身、そしてその背景について解説する。
所有者不明の土地とは?
所有者不明の土地とは、利用価値や資産価値がないことにより、相続未登記になること、あるいは相続放棄などが行われることにより持ち主が分からなくなった土地のことをいう。「登記制度が日本にはあるのだからそんなことはあるまい」「土地は財産なのだから放棄などあり得ない」と感じる人もいるだろう。それは経済成長が右肩上がりの時代の話だ。
経済成長期やバブル期に至るまで、日本では「土地は保有していれば価値があがる」という土地神話が常識だった。しかし、経済が低迷し、少子高齢化と地方の過疎化が進むにつれて地価が下落、土地そのものは「資産」から「負債」に転落した。首都圏で暮らす子どもが過疎地の親の農地を相続しても、固定資産税や管理の手間といったコストがかかり、かえって負担なのだ。そのため、相続を放棄する、あるいは相続しても登記しないという現象が発生するようになった。
今年6月、増田元総務省らによる「所有者不明土地問題研究会」が、日本全国で所有者が不明となっている土地が約410万ヘクタールに及んでいるという推測結果を発表した。これは九州全体の土地面積を上回る。土地神話が信じられていたかつての日本にはあり得なかった現象が起きているのである。
問題点①:災害の拡大及び復旧の妨げ
ではこういった現象が、どのように日本経済にとっての問題となっているのだろうか。第1に、災害発生に関する問題が挙げられる。
所有者不明の土地には、所有者不明の家屋が建っていることが多い。放棄されて時間が経てば経つほど、建物は劣化していく。結果、大雪や台風、地震などの災害が発生した場合、倒壊して地元住民にとって危険を及ぼすこととなる。
この場合、自治体が地元住民の声に対応し撤去などを行うことができるのだが、それは「空家等対策の推進に関する特別措置法」(以下、空家法)という法律に基づく。行政機関は根拠となる法律なしに動くことはできない。
実際に動く場合には、法律に基づいた条件をクリアしなくてはならないのだ。この空家法では、問題となる家屋の所有者の確認のため、事前に相続関係を把握する作業が必要となる。この確認に数か月を要することは珍しくない。そして撤去に税金が投入される。
また、更地については、津波対策の高台利用や災害時に発生したがれきの置き場としての活用が行政で発案されることがある。しかしこの場合、所有者が不明であればすぐには活用することができない。つまり、所有者が分からないがゆえに、災害対策が阻まれることになる。
面積で見れば、所有者不明の土地は日本全土の一部に過ぎない。しかし、その一部のために人命が危険にさらされ、かつ血税が投入される。国民の生活が脅かされれば、経済全体にとってもマイナスになりかねない。
問題点②:地面師の暗躍
第2に、土地を捨てた所有者自信が被害を受けるという問題だ。背景には「地面師による取引」がある。地面師とは、他人の土地の所有者になりすまし、勝手に売買を行う詐欺師をいう。
地面師は一人ではない。オレオレ詐欺と同じく、複数人で犯罪グループを構成する。ニセ地主役、書類を偽造する役、ニセ地主を探す役、ニセ地主と行動を共にする後見役などだ。そしてもう一人、肝心の土地を探す役も存在する。
対象物件候補となりやすいのが「売却してもバレにくい」土地だ。言い換えると、まさに所有者不明の土地、つまり、所有者が自分の名義となっている土地に住んでいなかったり関心がなかったりする土地が候補に挙がる。所有者自身が土地に関心がないと登記状況がほぼ確認されない。そのため、勝手に売却されても持ち主は気づかない。そして後に売却を検討した時や相続が発生した時に、別名義になっていることで慌てふためく。所有者自身の無関心が、犯罪を招き、ひいては自身が被害を被ることになる。
所有者不明の背景に登記制度の問題あり
なぜ所有者不明の土地が発生するのか。この背景には不動産の登記制度そのものの問題がある。
土地や建物の登記はあくまで権利であって義務ではない。この登記制度は、元来その所有者の権利の保全と取引の安全を確保するための仕組みに過ぎず、行政管理システムのためのものではないのだ。そのため未登記があっても行政が登記を強制することはできない。
このため、相続が発生した場合、相続人のそれぞれの事情に即して登記が行われる。その結果、売却を視野に入れた相続人が相続開始から数年後、地価上昇の局面になってやっと登記をしたり、都心に住む相続人が引き継いだ地方の農地や山林を登記しないまま放置したりする状況が許されてしまう。
一方、不動産の登記制度は国が土地情報を把握する際の実質的な基盤となっている。つまり、行政の事実上の土地管理システムは、市場の動向や個人の意向によって精度が大きく左右されてしまうのだ。こういったことから、所有者不明の土地により問題が広がっても、行政の介入しようがない状況になっているのである。
今後も少子高齢化と地方の過疎化が進むことが予測される。つまり、所有者不明の土地は今後も増えていく可能性が高い。所有者不明の土地から発生する問題を可能な限り防ぐには、国も国民もこの問題と向き合い、対策を考えていく必要がある。
ゆくゆくは、国や自治体による土地の公有化支援策の構築や、マイナンバー制度と不動産登記制度を掛け合わせた管理システムの開発など、民事にあえて行政が介入していく仕組みを作ることも不可避となっていくだろう。
鈴木 まゆ子
税理士、心理セラピスト。2000年、中央大学法学部法律学科卒業。12年税理士登録。現在、外国人の日本国内での起業支援に従事。会計や税金、数字に関する話題についての記事執筆を行う。税金や金銭、経済的DVにまつわる心理についても独自に研究している。共著に「海外資産の税金のキホン」(税務経理協会、信成国際税理士法人・著)がある。ブログ「税理士がつぶやくおカネのカラクリ」