人は他人にどう見られているかを意識し周囲と自分を比較する。まわりと比べて自分に何かが不足していると、自分も手に入れたいと思うのが人情だ。だが、そのような行動原理が人生の幸福度を下げる場合もある。
本書はタイトルの通り、幸せとお金の関係について考察しているが、特に中間所得層が陥りがちな、「意図せざる出費」が幸福度を下げている事実に主眼を置く。本書は幸せになるための簡単な答えを示すわけではないが、そのためのヒントや示唆に富んでいる。
『幸せとお金の経済学』
著者:ロバート・H・フランク(監修:金森重樹)
出版社:フォレスト出版
発売日:2017年11月13日
中間層の生活のコストが上がっている
著者のロバート・H・フランクは、ニューヨーク・タイムズ紙で10年以上にわたり経済コラムを執筆しており、『ウィナー・テイク・オール』や『成功する人は偶然を味方にする』などが日本でも翻訳されている方だ。本書は原題の『Falling Behind:How Rising Inequality Harms the Middle Class』から分かるように、中間層に悪影響を及ぼす格差の問題に注目している。
本書のキーポイントは、格差が広がり所得分布の上位層の所得は大幅に増え、中間層の所得はあまり増えていない一方で、富裕層による支出の増加が、中間所得層が必要最小限の目標を実現するための生活コストを押し上げて、中間層の幸福度を下げているという点だ。
住宅の例でいえば、最富裕層がより大きな家を建てるようになると、すぐ下の所得階層も基準を変更してより大きな家を建てるという連鎖が続いた結果、平均的な住宅の大きさが1970年には44坪だったのに対し、2007年には65坪以上になったことが象徴的である。この現象は、その間の平均賃金や平均世帯所得のわずかな伸びでは説明できない。原因は物事や人が置かれている状況や、関係を指すコンテクストが大きく変化したからだという。
コンテクストと地位財獲得競争により高額な出費をしてしまう
本書では、コンテクストが影響し相対的な評価が重要だと感じる財を地位財、相対的な評価が重要ではない財を非地位財と定義している。地位財は、所得や社会的地位、教育、住宅などで、非地位財は、健康や自由、レジャーなどだ。
住宅が広くなったことは人々が地位財を追い求めた結果ともいえるであろう。では、なぜ地位財獲得競争に走ってしまうのかについては、人類の進化に関係がある。人が子孫を残せるかどうかは、健康や人格のような絶対的な価値よりも、地位のような相対的な価値に左右されてきたため、人間は本能的に地位財を欲するようにできているのだ。
ただし地位財獲得競争が激化すると、競争により得られる利得は小さくなる。広い家に住むことで得られる相対的な満足度は小さい一方で、所得を得るための労働時間が増え、健康や余暇といった非地位財への消費をおろそかにし、幸福度を下げてしまうことが起こり得るのだ。幸福度に関しては、非地位財を重視する社会の方が主観的な満足度が高い研究結果も紹介されている。
地位財は幸せに生きる上である程度必要なことは間違いなく、地位財獲得競争はとても悩ましい。地位財と非地位財がどのぐらいあれば良いかの基準は示されてはおらず、各々で考えるしかない。だが人間の性質を知り、消費行動を客観視して、幸せについて考える材料を提供する本書は有益だろう。