トランプ米大統領は3月1日に鉄鋼メーカー首脳らと会談し、鉄鋼とアルミニウムの輸入増が安全保障上の脅威になっているとして、追加関税を課す輸入制限を発動する方針を表明した。すると、同日のNYダウは420ドル安と急落した。その後、8日にトランプ大統領は鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を命じる文書に署名したが、「すべての国に一律に関税を適用する」としていた従来の態度を軟化させ、カナダとメキシコを当面猶予するとして日本などの同盟国も交渉次第で関税を免除する余地を残した。これを受けて、米国の保護主義政策に対する懸念はいったん後退し、12日のナスダック指数は1月26日に付けた過去最高値を更新した。
しかし、22日にトランプ大統領が、中国が知的財産権を侵害しているとして最大600億ドルの中国からの輸入製品に高関税を課す制裁措置を正式に表明すると米中貿易摩擦懸念が高まり、同日のNYダウは724ドル安と急落、翌23日にも424ドル安と続落し、昨年11月以来の安値を付けた。その後、23~24日に中国政府は対中制裁に報復する意向を示し、米国を強くけん制した。
一方、バンクオブアメリカ・メリルリンチが20日に発表した3月の機関投資家調査(調査期間は3月9~15日)では、可能性が低いが起きた際の影響が大きい「テールリスク」について「貿易戦争」との回答が30%と、トランプ大統領が就任した2017年1月以来1年2カ月ぶりの首位となった。米国市場ではフェイスブックからの情報流出問題を受けてインターネット企業に対する規制強化懸念が高まっていることもあり、目先の株式相場は不安定な展開が続く可能性があろう。
FRBの利上げペースを巡る思惑は4月以降に持ち越し
FRB(連邦準備制度理事会)は3月21日のFOMC(連邦公開市場委員会)で予想通り利上げを決めた。一方、市場が注目しているFOMCメンバーによるFF金利見通しによると、2018年の利上げシナリオは昨年12月に示された年3回が据え置かれたが、2019年は前回示された「2~3回」が3回に小幅ながら上方修正された。また、FOMCメンバーによる2018年10〜12月期の物価上昇率予測は1.9%と昨年12月時点の予測が据え置かれたが、経済成長率予測は2.7%と前回予測の2.5%から上方修正された。
2018年の利上げシナリオや物価上昇率予測が上方修正されれば、インフレ懸念の高まりを背景にFRBの利上げペースが加速するとの懸念が高まり、米長期金利が上昇して株安が進む可能性もあったが、そうした懸念は杞憂に終わった。実際に、FRBのパウエル議長はFOMC後の記者会見でインフレ加速を「非常に警戒している」と語る一方、足元の賃金上昇率や物価上昇率が落ち着いていることを背景に「(インフレ)加速を示すデータはない」との見方を示した。FRBの利上げペースを巡る米長期金利や株式相場の動きは、4月に発表される次回の雇用統計や消費者物価待ちとなろう。
年明け以降の国内景気は減速している可能性
内閣府が発表した昨年10〜12月期の実質GDP改定値は前期比年率1.6%増と速報値の0.5%増から大幅に上方修正された。半導体関連や自動化投資を中心とした設備投資が上方修正された。一方、財務省が発表した昨年10〜12月期の法人企業統計では経常利益が6四半期連続で増加したが、増益率は0.9%増と過去6四半期で最も低くなった。また、経済産業省が発表した1月の鉱工業生産指数は大幅に低下し、内閣府が発表した1月の景気動向指数では景気の現状を示す一致指数も大幅に低下した。さらに、内閣府が発表した2月の景気ウォッチャー調査では、街角景気の実感を示す現状判断指数が3カ月連続で悪化し、昨年4月以来10カ月ぶりの低水準となった。年初からの円高の影響で1〜3月期の経常利益は減益に転じる公算があり、年明け以降の国内景気は減速している可能性がある。
目先の日本株は上値の重い展開が続く可能性
3月26日早朝の為替市場では円相場が一時1ドル=104円台半ばまで上昇し、2016年11月以来、約1年4カ月ぶりの高値を付けた。FOMCの結果を受けてFRBの利上げペースの加速観測が後退したことに加え、米中貿易摩擦懸念が高まったことから、リスク回避の円買い・ドル売りが進んだ結果と考えられる。
一方、大和証券エクイティ調査部が発表した「大和200(金融を除く事業会社200社)」の企業業績見通しによると、2018年度は1ドル110円、1ユーロ135円を前提に8.6%の経常増益と予想しているが、為替前提が5円円高(1ドル105円、1ユーロ130円)でも6.2%の経常増益と予想している。現時点で円高による企業業績悪化に対する過度な懸念は不要といえるが、さらに円高が進めば企業業績悪化懸念が無視できなくなる可能性もある。いずれにしても、目先の日本株は米中貿易摩擦懸念、国内の景気減速及び企業業績悪化懸念を背景に上値の重い展開が続くと想定する。
野間口毅(のまぐち・つよし)
1988年東京大学大学院工学系研究科修了後、大和証券に入社。アナリスト業務を5年間経験した後、株式ストラテジストに転向。大和総研などを経て現在は大和証券投資情報部に所属。日本証券アナリスト協会検定会員。米国CFA協会認定証券アナリスト。