モデル・女優として活躍されているローラさん。写真投稿アプリ「インスタグラム」でも大人気でそのフォロワー数は2018年5月1日現在で478万人に達します。テレビや雑誌で憧れの芸能人も、インスタグラムではなんとなく身近な存在に感じられるから不思議です。

ローラさんのインスタグラムでは、ファッションや料理など様々な画像が並んでいるのですが、どれもお洒落でセンスが良く、出版プロデュースに長年携わる私から見ても思わずうなってしまう作品ばかりです。なんといっても478万人のフォロワー数ですからね。ファッションやグルメなど影響を受けた人も多いのではないでしょうか。

実際、インターネットで「インスタ映え 経済効果」と検索すると様々な情報がヒットします。インスタグラムを始めとするSNSは私たちの消費行動に少なからず影響を与え、ひいては「幸せの概念」まで変えつつあると考えられます。今回は『インスタ映えの行動経済学』をテーマにお届けしましょう。

「そんなことして楽しいの?」ワインバーで遭遇したカップル

ふるさと納税,厳選ワイン
(画像=Valentyn Volkov/Shutterstock.com)

先日、当コラムの編集担当者と打ち合わせを兼ねて、渋谷区神泉町のワインバーを訪れました。そのお店は天井ほどの高さがある大きな棚に、世界中から厳選した500種類のワインをストックする人気店です。絵画のように美しく盛り付けられた料理に合わせて、ソムリエが提案するワインはどれも素晴らしく、編集担当者との話も弾みます。「1本のワインのボトルの中には、すべての書物にある以上の哲学が存在する」(ルイ・パストゥール)とも言いますものね。ヒット企画はワインバーから生まれるといっても過言ではありません。

「で、来月の企画ですが…」そんな話をはじめた矢先のことでした。

「いい加減にしなよ!」突然、隣のテーブルのカップルと見られる男女が言い争いを始めました。どうやら、スマホでワインや料理の撮影に夢中になっている彼女に、彼氏が我慢できず怒りをあらわにしている様子です。「ローラに憧れているのは分かるけど…そんなことして楽しいの?」と彼氏。「なに怒ってんの? バカじゃないの!」と彼女も負けてはいません。

あらあら……私は唖然として言葉を失いました。経済学的にいえば、隣のテーブルのカップルは「幸せの概念」が違うのでしょう。彼氏は「非地位財」に幸せを見いだすタイプ、一方の彼女は「地位財」に幸せを見いだすタイプと考えられます。

「地位財」と「非地位財」。それはどのようなものなのでしょうか。具体的に見ていきましょう。

「持続する幸福」と「持続しない幸福」

経済学者のロバート・H・フランク氏は『幸せとお金の経済学』(フォレスト出版)で、他者と比較して得られる幸福を「地位財」、他者とは関係なく得られる幸福を「非地位財」と説明しています。

たとえば、象徴的な「地位財」として、社会的な地位、役職、高給、高級車、豪邸、高級腕時計などがあります。一方、「非地位財」を象徴するものとしては、健康、自由、愛情、休暇、自主性、良質な環境などを挙げることできます。

物質的な財を「地位財」、非物質的な財を「非地位財」と考えることも可能ですが、両者の違いはそれだけではありません。

『目からウロコの幸福学』(オープンナレッジ)の著者で心理学者のダニエル・ネトル氏は「幸福の持続性が異なる」と論じていますが、彼の考えはフランク氏に通ずるものがあります。すなわち、地位財と非地位財の決定的な違いは「幸福の持続性」にあるのです。

では、「幸福の持続性」とはどのようなものなのでしょうか。

なぜ、「地位財」による幸福は長続きしないのか?

地位財による幸福感は長続きしないのですが、非地位財による幸福感は長続きすると考えられます。

たとえば、ある会社員が同期の仲間よりも「給料を良くしたい」との欲求があったとします。これは他者と比較して得られる幸福なので地位財となります。しかし、たとえその欲求を満たしたとしても、得られる幸福感は一時的なものです。なぜなら、また社内の新たなライバルよりも「給料を良くしたい」との欲求が湧いてくるからです。常に目の前のニンジンを追いかける競走馬のようなものですね。ひょっとしたら、それは誰かに「仕組まれた幸福(偽りの幸福)」なのかもしれません。

また、高級車を所有することで得られる幸福も地位財です。隣の家よりも高級なクルマを所有することで幸福感を得る人もいることでしょう。でも、そんな幸福も隣の家がさらに高級なクルマを買ったとたんに逆転してしまうのです。

地位財で得られる幸福感はあくまで一時的なものなのですが、そればかりに執着する人は、常に幸福感を求めて同じ行動を繰り返すことになるのです。

インスタグラムが「消費行動」を大きく変えた?

SNSに話を戻しましょう。いまの時代は、フェイスブックやツイッター、インスタグラム等のSNSを活用して、個人でも様々な情報を発信できるようになりました。「いいね」をたくさんもらうのは自分が評価されている感じがして、幸福感を得る人もいることでしょう。

インスタグラムでは、料理の画像をアップするのをよく見かけます。そこで、より多くの「いいね」をもらうために、わざわざ人気の高級レストランを訪れる人もいるようです。ただ、本人は「インスタ映え」の撮影に夢中なのですが、周りからするとちょっと異様な行動に見えてしまうことも事実です。

そもそも、美味しいものを食べるという行為は、個人的な楽しみであったり、恋人や友人、家族と楽しい時間を過ごす「非地位財」であったはずです。そうした楽しみ方が、インスタグラムなどSNSの普及により大きく変質しつつあるのではないでしょうか。「インスタ映え」を目的とした食事とは、他者との楽しみの共有または他者との比較優位により幸福感を得る「地位財」としての意味合いが強いと考えられます。

前述のように「非地位財」の幸福感は持続しますが、「地位財」の幸福感は一時的です。「地位財」の幸福感を求める人は「インスタ映え」のするお店を求めて、ひたすら同じ消費行動を繰り返すのです。

ここでは一例として「食事」を取り上げましたが、ファッションやフィットネスなど様々な分野で「インスタ映え」の影響が見られます。たとえば「#筋トレ女子」で検索すると、スポーツジムで徹底的に鍛え抜いた女性が自らの身体を撮影した「自撮り画像」をたくさん見ることができます。これら筋トレ女子の「自撮り画像」も他者との比較優位で幸福感を得る「地位財」としての側面があると考えられます。

あなたが求める「本当の幸せ」とはなんですか?

さてさて、件のワインバーのカップルはその後どうなったのでしょうか? 会話の内容から察するに、高級ワインや料理の画像の撮影に夢中になっていた彼女は、インスタグラムやフェイスブックにその画像を載せ、「素敵な彼氏との幸せな時間」をアピールしたかったのかもしれません。でも、他者との比較優位で幸福感を得る「地位財」に執着するあまり、彼氏との「非地位財」の幸福を失う「罠」に陥ることだってあるのです。

それは彼女に限ったことではありません。私たち人間の多くが「インスタ映えの罠」「地位財の罠」に陥るリスクを常にはらんでいます。だからこそ、私は読者のみなさんにいま一度自問自答して頂きたいのです。あなたが求める「本当の幸せはなにか?」と。

長尾 義弘 (ながお・よしひろ)
NEO企画代表。ファイナンシャル・プランナー、AFP。徳島県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。1997年にNEO企画を設立。出版プロデューサーとして数々のベストセラーを生み出す。新聞・雑誌・Webなどで「お金」をテーマに幅広く執筆。著書に『コワ~い保険の話』(宝島社)、『お金に困らなくなる黄金の法則』『保険はこの5つから選びなさい』(河出書房新社)、『保険ぎらいは本当は正しい』(SBクリエイティブ)。監修には別冊宝島の年度版シリーズ『よい保険・悪い保険』など多数。