世界でも最も人気が高いとされる、マンハッタンの不動産・住宅市場に異変が起きている。住宅価格の下落に加え、「絶対に下がらない」とまで言われた家賃の低落まで始まっているのだ。いわゆる「マンハッタン神話」の崩壊の可能性が高まっており、超高級物件に投資していた富裕層も顔面蒼白といったところだ。マンハッタンの不動産・住宅市場で何が起きているのか。詳しくリポートしよう。
マンハッタン神話の「カラクリ」も効力失う
米大手不動産仲介業者のダグラス・エリマン・リアル・エステートがまとめた「エリマン・リポート」3月号によると、3月のニューヨーク、マンハッタン地区の家賃の中央値は3290ドルとなり、前年同月比で3.2%下落した。下げ幅は2014年以来の大きさだ。下落は4カ月連続であり、絶対に下がらないといわれた「マンハッタン神話」の崩壊が始まったのではないかと警戒する声も聞かれる。
これはマンハッタンに限った話ではないが、実は家賃が下がらないのには「カラクリ」がある。貸主は借り手が見つけづらくなると、賃料を下げるのではなく無料期間やギフトカードといった特典をつけて実質的な値下げをするからだ。たとえば、昨年3000ドルだった家賃を今年5%上げて3150ドルにしたうえで、借り手が見つからないようだと1カ月無料にする。すると実質的には値下げとなるのだが、「統計上の家賃」は5%上昇しているのだ。
「マンハッタンの家賃が右肩上がり」「マンハッタンの家賃は絶対に下がらない」「マンハッタン神話」とされていた背景には、上記のようなカラクリがある。
ちなみに、2008年の金融危機後には「3カ月無料」が当たり前となり、筆者の友人も大喜びをしていた。その友人のケースでは、3カ月無料で実質20%の値引きとなるが、額面での賃貸料はあくまでも変わることがないので「統計上の家賃」は下がっていることにはならない。
このように家主が値下げを回避するのは、一度下げた値段を再び上げるのは簡単ではないからだ。3000ドルを2900ドルに下げた翌年に3150ドルに引き上げると8.6%の急上昇となり、借主からの抵抗が予想されるためと考えられている。
そうした「カラクリ」にもかかわらず、ここにきて「統計上の家賃」が下がっているのは、それだけ借り手の交渉力が強くなっていることの現れなのだろう。逆の見方をすれば、無料期間を提供してもなお借り手不足が解消されず、貸主は値下げに応じなくてはならない状況に追い込まれているわけだ。
世界で最も人気が高いはずのマンハッタンの賃貸住宅市場は、無料期間という「カラクリ」の効力を失うほどの異常事態を迎えている。
住宅価格は8.1%下落、販売件数はここ6年で最低に
下がっているのは家賃だけではなく、住宅価格そのものも下落している。1~3月期のマンハッタンの住宅販売価格の平均値は193万ドルと前年同期比で8.1%下落した。また、中央値で見ても108万ドルと2.0%下落している。
さらに深刻なのは「販売件数」で1~3月期は2180件と前年同期比で24.6%も低下している。これは過去6年で最低の水準であり、下落率は9年ぶりの大きさとなっている。要するに、金融危機後に匹敵する落ち込みということだ。
売り出し中の物件数は6125件で前年比4.4%増加、在庫は8.4カ月分と前年同期の6.1カ月分から大きく膨らんでいる。また、希望価格と実際の価格の差である値引率は5.5%と前年の4.2%から1.3ポイント上昇している。
景気の拡大を追い風にマンハッタンやその周辺では凄まじい勢いで建設ラッシュを迎えているが、それが不動産・住宅市場でさらなる「供給過剰」を招く恐れがある。
不動産・住宅市場の「潮目が変わりつつある」
2009年7月から始まった米景気の拡大は今年5月で8年10カ月となり、戦後2番目の長さとなる見通しだ。戦後最長は10年だが、5月のFOMC(米連邦公開市場委員会)を前に実施されたフェドサーベイでは81%が景気の拡大は戦後最長を更新すると回答しており、見通しは楽観的である。
ただし、視界が良好であるにもかかわらず、株価の下落が続いており、背景にはスタグフレーションへの警戒があるとみられている。
今年1~3月期の個人消費は前期比年率で1.1%増にとどまり、前期の4.0%増から急減速した。1~3月期は前期の高い伸びの反動との声もあるが、4月以降に回復するかは疑問である。なぜなら、4月の米新車販売台数は前年同月比5.5%減と大幅に落ち込んでいるからだ。自動車販売は個人消費と景気の「バロメータ」といわれており、4~6月期もいきなり出足からつまずいた格好となっている。
一方、3月のCPI(消費者物価指数)は+2.4%にまで上昇しており、FRB(米連邦準備制度理事会)が目安とする3月のPCE(個人消費支出)価格指数も+2.0%と目標に到達した。
インフレ圧力が強まる中で消費が低迷していることから、景気停滞下での物価上昇、すなわち前述の「スタグフレーション」が警戒される局面を迎えている。
5月FOMCの声明文ではインフレについて、前回の「総合指数、コア指数とも前年同月比で2%を下回り続けている」から「目標の2%に近づいた」へと文言が変更された。その一方で、前回まであった「経済見通しはここ数カ月で高まった」との文言が削除されている。この声明文をマーケットは「相対的に景気に力強さが欠ける中で、インフレ圧力が強まっている」と解釈し、スタグフレーションへの警戒感から株価急落を招く要因となった。
周知の通り、4月下旬に10年債利回りが一時3.0%を越え、株価が急落したことは記憶に新しいが「インフレ圧力が本格化するのはむしろこれから」(ウォール街の市場関係者)と考えられる。
30年固定の米住宅ローン金利は4月26日現在で4.58%と2013年8月以来の高値圏にある。金利の上昇が購買意欲の低下を招いている可能性も指摘され、神話とまで呼ばれたマンハッタンの不動産・住宅市場の「潮目が変わりつつある」ことを匂わせている。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)