(本記事は、山崎将志氏の著書『「儲かる仕組み」の思考法』日本実業出版社、2018年6月10日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

【『「儲かる仕組み」の思考法』シリーズ】
(1)トイレが故障「スピード対応」で事業者が儲かるカラクリ
(2)ひげそりのジレット、野球ボールーー従来のビジネスモデルの死角に商機あり
(3)20年間価格を変えずに「行列ができるレストラン」の秘密
(4)飲食店の「ドタキャン・ブラックリスト」個人の信用度をスコア化するビジネスモデル

「儲かる仕組み」の思考法
(画像=Webサイトより ※クリックするとAmazonに飛びます)

トイレの故障は修理すべきか?買い換えるべきか?

2008年に中古で購入した戸建ての我が家にはトイレが2ヵ所あります。

そのトイレは、建築当時の最新式高機能トイレです。

人が近づくと自動的に便座のふたが開き、用が終わると自動的に水を流し、便座のふたを閉めてくれます(最近、会社や学校で水を流さずにトイレを出てしまう人が増えているという報道がありますが、実をいうと私もついやってしまうことがあります)。

そのほか、便座ヒーター、シャワートイレ、脱臭などの機能が満載です。便器の中を明るく照らすLEDランプなど、何に役立つのか未だによくわからない機能まであります。

これらの機能のすべては、トイレットペーパーのフォルダと一体になった、電池で動くリモコンで、操作します。

さて先日、2カ所あるトイレのひとつが動かなくなってしまいました。便座開閉のセンサーもシャワーも作動せず、水も流れません。

メーカーのコールセンターに電話をかけると、すぐにメンテナンスの担当者を派遣してくれました。

翌日、来てくれたサービス担当者に調べてもらうと、いろいろと壊れているとのこと。自宅物件が建築されてからすでに10年以上経っているので、当然無償で修理してもらえる保証期間は過ぎています。

修理の見積りをもらうと、何と5万円近い金額です。サービス担当者は一応「いかがいたしましょうか」と聞きます。

後学のためにと、トイレを丸ごと新品に交換した場合の金額を聞いたところ、工事費も含めたトータルで20万円以上かかると言われました。

しばらく考えましたが、どうやら私には「修理をお願いします」以外の選択肢はなさそうです。部品を手配してもらって、数日後に元どおりに動くようになりました。

その過程で私はうーん、と考え込んでしまいました。

修理が必要だった個所は、自動便座開閉のモーター、そして全体の機能を制御する電子部品の基盤でした。すべてトイレの基本機能に付随する便利機能です。たしかにあると快適ですが、なくても困らない。

そのような部品の修理に5万円払うのは何だか損した気分です。

昔ながらの単純な水洗トイレなら、すべてアナログなのでほとんど壊れず、修理を依頼したとしても出張費と作業工賃に少額の部品代で済むでしょう。ちょっとした不具合であれば、自分でも修理できます。

そうすれば、部品代だけの出費で済みます。

「スピード対応」に隠された理由

「儲かる仕組み」の思考法
(画像=docent/Shutterstock.com)

実は、高機能トイレシステムの修理・メンテナンス費用は、住宅設備メーカーと、そのサービス提供事業者にとっての重要な収益源になっています。

新設住宅着工戸数は、ここ20年右肩下がりのトレンドです。2009年に底を打って以降少し持ち直していますが、それでも16年と1997年を比べるとおよそ30%の減少です。

ということは、新しいトイレの需要も右肩下がりです。

こうした右肩下がりの環境下で利益を増やそうと考えれば打ち手はふたつ。

「トイレ自体の単価アップ」と「メンテナンス需要の開拓」です。

実際に、トイレの価格をネットで調べてみると、電源の不要な単機能洋式トイレが約7万円(機器、設置工事費、旧トイレ処分費用込み)、私の自宅にあるような高機能トイレで約11万円(同条件)です。

7万円と11万円は一見大きな差に見えます。しかし、そもそも家を建てる場合には予算が何千万円もあり、しかも長く住むことを前提としているため、数万円の差であれば快適なトイレがいいと判断する人のほうが多いでしょう。

私が住んでいる家は、自分で建てたものではありませんが、自分で建てるのであればおそらく高機能トイレを設置するでしょう。

まず、この新築時の段階でメーカーは「トイレ自体の単価アップ」に成功です。

そして、同時に「メンテナンス需要」が確定することになります。ちなみに、この時点で購入者は修理費用のことまで頭が回っていない可能性が高く、保証期間がたったの1年であっても、たいした問題にはならないだろうと軽く流してしまいます。

ところで、前の段落を読んで、もやもやしている人もいるかもしれません。

「高機能トイレは11万円って書いてるけど、さっきサービス担当者から伝えられた価格は20万円以上って言ってたよね?」

実はここは重要なポイントです。

トイレの故障は、一刻も早く解決したい緊急事態です。

トイレの故障に気づくのは現場ですから、まずはトイレの回りをチェックします。すると、すぐに見つかる場所にカスタマーサービスの電話番号が記載されています。

持ち家であればハウスメーカーや工務店の営業担当者、賃貸であれば貸主に電話するケースもあるかもしれませんが、多くの人は直感的にメーカーのコールセンターに電話するのが、一番早く解決できそうだと考えるでしょう。

コールセンターに相談し、電話口でのアドバイスで解決しなければ、サービス担当者を派遣してもらうことになります。サービス担当者は当然、メーカー紐づきの地元の事業者から派遣されます。

その手配スピードは、驚くほど速く、状況によってはその日に来てくれることもあります。

もちろん、お客が困っていて早く対応したほうが喜ばれるからそうしているのは当然だと思いますが、私はもうひとつ隠された理由があると考えています。

それは、考える暇を与えないためです。

先述のとおり、高額な修理費に対して、私には「はい」と返事する以外の選択肢はないように思えました。しかし、こうしてデスクでPCのキーボードを打ちながらネット検索すれば、ほかの選択肢があることがわかります。

もしその場で私がネット検索をして、11万円で新しいトイレに入れ替えてくれる事業者があるとわかれば、修理は保留して、取り換え工事を依頼した可能性もあると思います。

たまたま私の家にはトイレがふたつあり、ひとつ使えなくてもすぐに困ることはありませんし、新築後10年以上経った家なので、ほかの不具合発生のリスクや、中長期的な費用対効果を考えると、取り換え工事も視野に入ってくるからです。

サービス担当者が取り換え工事に20万円以上かかると言ったことに対して、ズルいとか不誠実だと感じる人もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。

おそらくそれがメーカーの希望価格であり、サービス担当者が最初の問い合わせに定価を伝えるのは当然だからです。11万円という価格は、あくまでネットで広告を出しているその事業者が提示している金額です。

一顧客としては、普段の買い物のように、入念な下調べをしたうえで判断するべきだったというのは後の祭りですが、ビジネスという観点からすると、私にそのような検討をする余地を与えない全体のサービスの流れに、ヒントにできる部分を読み取ることができるのです。

山崎将志(やまざきまさし)
ビジネスコンサルタント。1971年愛知県岡崎市生まれ。1994年東京大学経済学部経営学科卒業。同年アクセンチュア入社。2003年にアクセンチュアを退社し独立。プロフェッショナル開発の知識工房、事業再生コンサルティングのアジルパートナーズをはじめ、数社の新規ビジネスを開発。なかでも2011年にイオングループの傘下に入った「カジタク」は業界トップクラスの規模にまで成長した。2010年4月に出版された『残念な人の思考法』(日本経済新聞出版社)が34万部のベストセラーとなり、著書累計発行部数は100万部を超える。2016年よりNHKラジオ第2「ラジオ仕事学のすすめ」講師を務める。