IMF(国際通貨基金)は7月16日に改定した世界経済見通しで2018年と2019年の成長率を3.9%とし、4月時点の予測を据え置いた。ただし「米国の関税引き上げと相手国の報復措置が、世界の供給網を混乱させる」と言及し、米国発の貿易戦争が世界景気の下振れリスクになると指摘した。一方、21~22日にアルゼンチンで開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議の討議資料としてIMFが取りまとめた貿易戦争のリスク分析によると、米国の関税政策が鉄鋼及びアルミニウムの輸入制限と500億ドルの中国製品に高関税を課す現行政策にとどまれば、世界経済への影響は軽微だとした。しかし、米国が中国製品への関税措置を2000億ドル規模に拡大すれば米経済の成長率が0.2ポイント下振れすると試算した。また、米国が自動車関税の引き上げに踏み切れば米経済の成長率は0.6ポイント下振れ、対米輸出の依存度が高い日本は「激しい衝撃を受ける」と指摘した。

米国による中国への追加関税や自動車関税の引き上げには米国内の反対論も多い

日本株,見通し
(画像=Evan El-Amin / Shutterstock.com)

米政権が7月10日に10%の追加関税をかける2000億ドル相当の中国製品6031品目のリストを公表したことについて、中国に進出する米国企業で構成する米中ビジネス評議会、米アパレル・フットウェア協会、全米小売業協会など米国内からも反発の声が相次いだ。また、米政権が検討する自動車関税の引き上げについても、米自動車大手3社で構成する米自動車政策評議会のマット・ブラント会長は、米商務省が19日に開催した公聴会で「関税を課せば米国の雇用に大きな損害をもたらす」と強調した。

さらに、バンクオブアメリカ・メリルリンチが発表した7月の機関投資家調査(6~12日実施)によると、可能性は低いが実際に発生すると影響が大きい「テールリスク」を聞いたところ、「貿易戦争」との回答が60%と最多だった。一方、米国と中国が互いに340億ドル分の輸入品に対する関税を発動した7月6日以降の日米株式市場では株高が進み、13日のNYダウは2万5000ドル台を回復し、18日の日経平均は一時2万2949円の高値を付けた。また、19日の円相場は一時1ドル=113円17銭の安値を付けた。その背景には、米国内からの反対論を考慮してトランプ大統領が中国への追加関税や自動車関税の引き上げには踏み切らないとの期待があったと考えられる。

日経平均が2万3000円を超えるにはトランプ大統領の「改心」が必要か

トランプ大統領は7月19日の米CNBCテレビのインタビューでFRBの利上げ路線とドル高の再燃に公然と不満を表明し、さらに20日放映のCNBCテレビ番組では中国に対する追加関税の対象を5000億ドルに拡大する可能性を示唆した。

また、21~22日にアルゼンチンで開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議では「貿易の緊張の高まりで、世界経済の下方リスクが増大した」とする共同声明が採択され、米国発の貿易戦争への懸念が明確に示されたものの、トランプ政権に貿易戦争の回避を迫る説得は不発に終わった。すると、23日の円相場は一時1ドル=110円台後半まで上昇し、日経平均は一時2万2300円台まで下落した。円相場が再び1ドル=113円を下回る水準まで下落し、日経平均が2万3000円を超えるには、トランプ大統領の「改心」(中国への追加関税や自動車関税の引き上げを撤回すること)が必要かもしれない。

日本の賃金上昇は中長期的な株高を示唆している可能性も

米国市場では7月中旬から4〜6月期の決算発表がスタートした。トムソン・ロイターによると主要500社の増益率は20%を超える好決算になると予想されているが、実際に25日までに決算発表を終えた173社中150社のポジティブ・サプライズ比率(実際の利益がアナリスト予想を上回った社数の比率)は86.7%と1〜3月期の78.2%を大幅に上回っている。目先の米国市場ではアナリスト予想を上回る好決算の発表が利益確定売りの口実となる可能性もあろうが、アナリスト予想を下回る決算発表(ネガティブ・サプライズ)が株安を招く可能性は低いとみている。

一方、7月4日に日銀が発表した日本の1〜3月期の需給ギャップ(日本経済の潜在的な供給力と実際の需要の差)は1.7%と6四半期連続のプラスとなり、2008年1〜3月期以来、10年ぶりの高水準となった。日本の需給ギャップと株価は中長期的に連動しており、日経平均が1月下旬に2万4000円台を回復した背景は需給ギャップの改善だったともいえる。ただし、需給ギャップの改善が続くには需要の中心である個人消費の増加が必要で、個人消費の増加には賃金の上昇が必要と考えられる。その点で、厚生生労働省が発表する毎月勤労統計で名目賃金にあたる現金給与総額が5月に前年同月比2.1%増と10カ月連続増加し、伸び率が2003年6月以来14年11カ月ぶりの高水準となったことは、中長期的な株高を示唆している可能性もあろう。

野間口毅(のまぐち・つよし)
1988年東京大学大学院工学系研究科修了後、大和証券に入社。アナリスト業務を5年間経験した後、株式ストラテジストに転向。大和総研などを経て現在は大和証券投資情報部に所属。日本証券アナリスト協会検定会員。米国CFA協会認定証券アナリスト。