「相手本位」で周波数を合わせれば、人は本音を話す

本音,大澤孝征
(画像=The 21 online)

相手の表情や態度からその考えを見抜き、本音を引き出すプロと言えば、犯罪の被疑者を取り調べる警察官や検事だ。取り調べと言うと威圧的に相手を詰問する光景を思い浮かべるかもしれないが、元検事で数々の被疑者の「口を割らせた」実績を持つ大澤孝征氏によれば、「それでは頑なな相手ほどしゃべらない」という。では、その「本音を引き出す」ための技術とは。(取材・構成=塚田有香、写真撮影=長谷川博一)

会って10分で口を割らせる極意とは

テレビのコメンテーターとしてもおなじみの弁護士・大澤孝征氏。検事として法曹界でのキャリアをスタートし、数多くの被疑者の口を割らせてきた「本音を引き出すプロ」でもある。なかなか真実を話さない手強い相手の心を動かし、口を開かせるために、一体どんな心理テクニックを使っているのだろうか。

「先日も、ある企業に呼ばれたんです。『社内で不正をした社員がいるが、いくら問い詰めても本人が認めないので、大澤先生から聞いてほしい』と。

そこで私がその社員に会いに行ったところ、対面して十分もしないうちに『自分がやった』と白状しました。

それまでさまざまな状況証拠やデータを突きつけても口を閉ざしていた人間が、私に会ってすぐ話し始めたので、その光景を見ていた会社の役員たちは唖然としていました。

しかも私が元検事なので、相手を高圧的に威嚇するか、あるいは諄々と説教するような取り調べを想像していたのでしょう。ところが、私がその社員に話しかけたのは、『君、もういい加減に本当のことを言ったらどうだ』のひと言。すると相手が『少し考えさせてください』と言うので、『もちろん十分考えたらいい。でも君は人生の岐路に立っているのだから、本当のことを話したほうが後々のためにもいいんじゃないかな』と言ったまでです。おそらく端から見れば、私がごく普通の会話をしたようにしか思えなかったはずです」

「君を理解できる」という相手本位の姿勢で聞く

だが、そこには間違いなく「本音を引き出すプロの技術」が隠されている。その極意は何かといえば、「相手本位」の姿勢で臨むことだと大澤氏は話す。

「『相手の口を割らせたい』と思うと、大抵の人は相手の話から矛盾点を発見し、それを追求することに夢中になります。『お前の話は証拠とは違う』『ここはロジックが破綻している』などと逐一指摘して、『自分はこれだけお前のことを調べたんだぞ、恐れ入ったか!』と誇示したい欲求が生まれてしまうのです。 しかし、これは自分本位の会話でしかありません。

人間とは不思議なもので、『俺はお前のことを何でも知っているんだぞ』という態度を見せると、相手はかえって『こいつには絶対に話すものか』と反発心を強めます。こちらの指摘がいくら理論的や道義的に正しくても、それだけで相手の本音を引き出すのは難しいのです。

そこで大事なのが、相手本位で話を聞く姿勢です。つまり相手の立場になり、『君の言うことは理解できる』という態度をとる。先ほどの社員も、『十分に考えたらいい』という私の言葉を『言いたくない気持ちもわかるよ』という共感の言葉として受け取ったから、『この人なら話してもいい』と思ったのでしょう。 私は、これをよくラジオにたとえます。ラジオは自分がダイヤルを調節し、周波数を合わせないと聞こえませんよね。対面のコミュニケーションも同様です。『自分は相手と同じ人間なのだから、周波数を合わせられるはずだ』という前提に立たなければ、相手から本音を引き出すことなどできません」

本音,大澤孝征
(画像=The 21 online)

価値観が合わない相手でもいったん受け止める

とはいえ、検事が対峙するのは犯罪者だ。なかには殺人や強盗などの凶悪犯もいる。普通なら、「たとえ同じ人間でも到底理解できない」と思うだろう。

「一般の認識としてはそれが普通です。でも検事の使命は、犯行の事実と背景を明らかにすること。そのために重要なのは、相手の話を聞くときに自分の価値判断を差し挟まないことです。こちらが感情的になって『こいつは絶対に許せない』などとその場で相手を裁いたら、相手にそれが伝わって、本当のことは言わなくなります。でも、こちらが『自分の中にも相手と似た部分があるはずだ』という前提に立てば、相手は『この人は自分を受け入れてくれた』と感じて、真実を話そうとします。

どんなに凶悪な犯罪者でも、その人物なりの理屈があります。最近なら、神奈川県の障害者施設『やまゆり園』を襲って十九人を殺害した被疑者の言葉は、世間の誰もがとんでもないと思ったでしょう。彼は『障害者は周囲を不幸にする。だから自分がしたことは日本のためなのだ』と供述しています。

もちろん私も憤りを感じます。しかし、これが彼の理屈であり、論理なのです。だから私がもし検事としてこの被疑者を聴取するなら、『なるほど、これが彼の理屈なのだ』と受け止めます。そして、犯行当時はどんな心理状態だったか、どんな手口で行ったかなどを淡々と聞き出すでしょう。その善悪は、すべて聞き終わった後に総合して判断すればいいのです」

泥棒や詐欺師に「教えを請う」姿勢!?

これらは検事という職業ならではのケースに思えるかもしれない。だが私たちの日常でも、最初から「この人とは絶対に分かり合えない」と決めつけてしまうことがあるのではないだろうか。それが相手との間に心理的なハードルを作り、お互いを理解し合うのが難しくなっていることは多いはずだ。

「私は同じ人間として、常に『相手を知りたい』という興味を持っています。だから時には、被疑者に教えを請うこともある。相手が泥棒や詐欺師でも、犯罪の手法やその世界のしきたりについて、『何それ? どういうことか教えて』と聞くわけです。

相手にしてみれば、まさか犯罪のやり方について目を輝かせながら聞いてくれる検事がいるとは思っていませんから、嬉しくなってペラペラしゃべっちゃう(笑)。でも、私は別に演技しているわけでありません。検事として犯罪の情報や知識を得ることは必要ですから、本当に興味津々で聞いているだけ。被疑者も自分を守ろうと必死ですから、こちらが興味あるフリをしても見抜かれて、相手は口を閉ざしてしまいます。常に『相手のことを知りたい』という本気の好奇心を持つことが、相手の本音を引き出すための何よりのテクニックなのです」

「髪型を変えたね」で泣きながら自白した女性

相手を知りたいと思えば、相手をじっくり観察するようにもなる。それがさらに相手の本音を引き出す材料になるという。

「私が検事時代に取り調べた被疑者で、なかなか口を割らない女性がいました。聴取が二週間に及ぶ中、私はひたすら彼女の表情や動作を観察しました。そしてある日、取調室に入ってきた彼女を見て、『君、今日は前髪をちょっと変えたね』と言ったのです。相手が『なぜわかるんですか』と驚くので、私が『わかるよ、だって僕は毎日ずっと君のことばかり見てるんだから』と言ったら、彼女はワッと泣き出して、『全部お話します』と自白を始めたのです。

どんな犯罪者といえども、隠しごとをするのはつらい。ギリギリの精神状態が続いたとき、小さな変化でも見逃さないほど自分に関心を持ってくれている人がいれば、その熱意は伝わります。『この人は自分を一番よく理解してくれている』と思わせること。それが相手との信頼関係を生み出し、本音を引き出す何よりの技術なのです。

ビジネスマンの皆さんも、職場の上司や部下、家族に対して、『相手の気持ちがわからない』と悩むことがあると思います。でもそれは、自分の価値観で周波数を固定したまま、ラジオのダイヤルを回そうとしていないからではないでしょうか。失敗しながらでいいから、微調整を繰り返して、『この人の声はここが一番よく聞こえる』という周波数を手探りで見つけていくことが大事です。 相手を知りたいと思う相手本位の姿勢を心がければ、他人の本音を知る技術が少しずつ身に付いていくはずです」

【コラム】宮崎勤の本音が表われた「ある行動」とは?

検事にとって、「被疑者を同じ人間として理解すること」には非常に重い意味がある。検事が理解できるということは、相手も善悪の区別がつく正常な人間であり、罪を問うことができる証拠となるからだ。

「1989年に連続幼女誘拐事件で宮﨑勤が逮捕されたとき、ニュース映像を見て私は『この男は正常だ』と思った。なぜなら、マスコミの前で彼は手でサッと顔を隠して下を向いたからです。これは『自分は恥ずべきことをした』と自覚している証拠です」(大澤氏)

その後、宮崎被告は不可解な供述を繰り返し、一時は解離性同一性障害などが疑われたが、数回に渡る精神鑑定の結果、責任能力ありと判断された。

「相手が正常であると理解することは、相手をきちんと罪に問えるということ。もし心神喪失や心神耗弱と判断されれば、罪に問うことはできません。だから検事は、凶悪な犯罪であればあるほど相手の立場になり、『同じ人間として相手の理屈はわかる』と思えるかどうかを徹底して検証するのです」(大澤氏)

大澤孝征(おおさわ・たかゆき)弁護士
1945年、神奈川県生まれ。69年、早稲田大学法学部卒業。同年、司法試験合格。72年、検事任官。東京、宮崎、横浜地検検事を歴任。79年、検事を退任し、弁護士登録。大澤孝征法律事務所を設立。少年犯罪や家事事件などに精力的に取り組み、犯罪被害者保護をライフワークとする。コメンテーターとしてテレビのワイドショーなどに多数出演。著書に『元検事が明かす「口の割らせ方」』(小学館新書)などがある。(『The 21 online』2018年4月号より)

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