NYダウは1月26日に過去最高値を更新したが、2月2日に発表された米1月の雇用統計で平均時給が予想以上に上昇したことをきっかけに急落し、その後「VIXショック」と呼ばれる世界的な株安が発生した。さらに、3月に入ると米中貿易摩擦懸念が高まり、NYダウは3月23日に年初来安値を付けた。

一方、8月21日のNYダウが2月1日以来の高値で終えた背景は、8月17日に米紙ウォール・ストリートジャーナル(電子版)が「中国と米国の通商担当者が、11月の多国間の首脳会議をメドとして貿易摩擦の解消に向けた交渉計画を立てている」と報じたことを受けて、米中貿易摩擦懸念が後退したことだ。しかし、米中両政府は8月23日に予定通り第2弾の追加関税(7月6日に発動した第1弾と合わせて500億ドル相当の輸入品に25%の関税を課す)を発動し、米政府は第3弾の追加関税(2000億ドル相当の輸入品に25%の関税を課す)についても9月上旬以降に最終リストを固める。また、11月に中間選挙を控えるトランプ大統領は中国との貿易戦争を「無期限だ」と言い切り、中国の習近平国家主席も「弱腰」と批判されかねない米国に対する大幅な譲歩には慎重とみられるなど、米中貿易摩擦が後退する糸口は現時点では見えない。

目先の日本株は上値の重い展開を想定

日本株,見通し
(画像=PIXTA)

IMF(国際通貨基金)が7月に公表した貿易戦争のリスク分析で示したように、米政府が第3弾の追加関税を発動すれば米経済への悪影響も避けられなくなる。NYダウが1月26日に付けた過去最高値に接近していることは事実だが、最高値更新には米中貿易摩擦懸念が後退するという確証が必要だろう。

一方、東京証券取引所及び大阪取引所が発表した8月第3週(8月13~17日)の投資主体別株式売買動向によると、海外投資家は日本株を現物・先物合計で3週連続で売り越し、売越額は6月第4週以来、約2カ月ぶりの大きさだった。海外投資家が日本株を買い戻す条件としても、米中貿易摩擦懸念が後退することが必要と考えられる。トランプ政権の「ロシア疑惑」が強まっていることもあり、目先の日本株は上値の重い展開を想定する。

米金利低下によるドル安の可能性に要注意

米商品先物取引委員会が公表した8月21日時点の建玉報告によると、シカゴ商品取引所の米10年国債先物市場で投機筋の売越幅が2週連続で拡大し、データが開示されている1993年以降で最大の売越幅を2週連続で更新した。投機筋は米金利上昇を予想していることになるが、実際の米10年国債利回りは8月1日に一時3.01%と6月中旬以来の高水準を付けてから低下基調にある。

一方、米国の経済指標がエコノミスト予想を上回ったか下回ったかを数値化したエコノミック・サプライズ・インデックスは8月23日まで6日連続で低下し、連日で今年の最低を更新した。今後発表される経済指標にエコノミスト予想を上回るものが増加すれば良いが、今後米政府が第3弾の追加関税を発動すれば経済指標の下振れリスクが高まり、米金利が上昇する可能性は後退するだろう。その場合、投機筋の米10年国債売りポジションが買い戻されて米金利が低下し、ドル安・円高が進む可能性に注意が必要となろう。

トルコリラ急落の影響は限定的

為替市場では8月以降、トルコリラ急落を震源とした動揺が続いている。トルコリラ急落の背景としては、(1)インフレ率が高まっているにも関わらず利上げに否定的で、中央銀行の金融政策に介入しようとするエルドアン大統領の姿勢、(2)2016年のクーデター未遂事件に係る容疑でトルコ当局が自宅軟禁している米国人牧師の解放交渉が決裂し、米国がトルコへの制裁発動を表明したこと、(3)8月10日に英フィナンシャル・タイムズ紙が、トルコ向け債権を有するスペインBBVA、伊ウニクレディト、仏BNPパリバなどの金融機関について、欧州中央銀行関係者が「資産状況を懸念している」と発言したと報じたことなどが挙げられる。

特に上記③については、トルコリラ安が世界的な金融システム不安の引き金になるのではとの懸念もある。しかし、3月時点で欧州各国の国際与信残高に占めるトルコ向け残高の比率は極めて少なく、最大のスペインでも4.5%、伊は2.1%、仏は1.1%、日本は0.3%に過ぎない。したがって、仮にトルコの国内銀行による債務不履行が続いても世界的な金融システム不安に繋がるとは考えにくい。トルコリラの行方は依然不透明だが、それが日米株式相場の下落要因になる可能性は低いとみて良いだろう。

日本企業の業績予想はどうなる?

日本経済新聞社が8月14日までに4〜6月期の決算発表を終えた主要上場企業1588社(金融を除く)を集計したところ、増収率は8%と4〜6月期としては5年ぶりの高水準となり、経常利益は16.5%増と2018年3月期の16.9%増とほぼ同率の大幅な増益となった。一方、2019年3月期の予想経常利益は2.1%増と2018年3月期の決算が出揃った時点の予想(1.0%増)から小幅な上方修正にとどまった。ただし、今期の想定レートが平均で1ドル=105円に設定されていることから、今後1ドル=105円以上の円高にならなければ、4〜9月期決算(中間決算)発表時には「上方修正基調」が明確になるとみている。

野間口毅(のまぐち・つよし)
1988年東京大学大学院工学系研究科修了後、大和証券に入社。アナリスト業務を5年間経験した後、株式ストラテジストに転向。大和総研などを経て現在は大和証券投資情報部に所属。日本証券アナリスト協会検定会員。米国CFA協会認定証券アナリスト。