一生使える脳の秘密とは?

脳のアンチエイジング,茂木健一郎
(画像=The 21 online)

「新しいことを覚えるのが億劫だ」「昔に比べて融通が利かなくなった」。変化を嫌い、経験則でのみ物事を語るのは、思考が老化した証拠だと指摘するのは、日本を代表する脳科学者の茂木健一郎氏。AIが台頭するこれからの時代、思考の柔軟性がなければ生き抜くことは難しい。しかし、歳を取ってからでも脳を鍛えることは可能だという。では、どうすればいいのか。脳の無限の可能性と、脳を若返らせる方法についてうかがった。

AI時代に必要なのは「ブルーオーシャン力」

かつて、人間にとって頭の良さとは「記憶力」や「知識量」を指していた。だが、インターネットの出現により、世の中の大半のことは検索すればわかるように。結果、知識に代わって「判断力」が問われるようになったが、それすらもAIに取って代わられようとしている。

このような時代にあって、我々はどのように思考力を磨いていくべきなのか。脳科学者の茂木健一郎氏はこう語る。

「AIが得意とするのは、ビッグデータをもとに学習し、適切な解を見つけ出すことです。ですから既存の分野、とくにプレーヤーが多く、過去の事例や情報が膨大に蓄積されている分野においては、AIと競っても敵うわけがありません。

一方、これから成長が見込める新たな分野を開拓したり、今まで誰もやってこなかったアイデアを実現したりといったことは、AIが苦手とする分野であり、ここでこそ人間の思考力が発揮されます。こうした能力を私は『ブルーオーシャン力』と呼んでいます」

ここで求められる思考力とは、いわゆる「優等生」の能力とはまったく違う。

「従来の教育は、与えられたルールの中で正確な答えを出す人が優秀とされてきました。でもこれはまさにAIが得意としていること。今後はルールの中で高い成績を上げられる人ではなく、自らルールを作れる人が生き残っていけます。既存の枠組みの外に出て物事を考えられる『アウト・オブ・ボックス思考』が求められているともいえます」

思考力を強化するカギは「達成の喜び」にあり

「年齢を重ねると“考える力”が衰える」……多くの人がそう考えているかもしれない。だが、茂木氏はそれを明確に否定する。

「年齢を重ねると脳は衰える、というのは大きな誤解。脳は何歳からでも育てることが可能です。キーワードは『達成』。脳は何かを達成するたびに、どんどん成長していくのです。

学生時代、一所懸命に考えて問題がやっと解けたときの感覚を思い出してみてください。『できた!』『わかった!』という喜びでいっぱいだったはず。このとき、脳の中ではドーパミンという物質が分泌されています。ドーパミンとは、快感を生み出す脳内物質の一つ。この分泌量が多いほど、大きな喜びを得ることができるのです。

脳は、このときの喜びが忘れられず、ことあるごとにその快感を再現しようとします。そして、もっと効率的にドーパミンを分泌するため、脳内では神経細胞がつながりあって、新しい神経回路が生まれる。つまり、脳が成長するのです。

そして、快感を生み出す行動がクセになり、再び新しい問題に挑戦する。そのサイクルを、強化学習と言います。これを繰り返すことにより、思考の老化を防ぎ、いつまでも若々しい脳を保つことができるのです」

「アクティブラーニング」で脳を鍛える

だが、ここでいう「学習」とは、単に知識を詰め込むこととは異なる。知識量だけで勝負したところで、コンピュータやAIには絶対に勝てないからだ。茂木氏が勧めるのは「アクティブラーニング」だ。

「アクティブラーニングとは、『能動的な学習』を意味します。従来のような一方的に知識を得るだけの学習ではなく、自ら設定した課題に対して、仮説を立てたり情報を集めたりして、主体的にその解決策を探っていくというもの。今、教育分野で注目を集めている学習方法です。

課題は社会問題でも自分の趣味に関してでも、何でも構いません。楽しみながら取り組んだほうがドーパミンは分泌されやすいので、自分が好きで熱中できるものがいいでしょう。

たとえば、私は今コーヒーにハマっていて、よりおいしいコーヒーを求めていろいろな知識を吸収しています。コーヒー豆の種類や淹れ方などを調べていると、次々と『そうだったのか!』という発見が得られる。たとえば世の中には、ジャコウネコの糞から取り出した未消化のコーヒー豆などというものがあり、香りが良くて非常においしい。こうして楽しみながら学んでいくたびに、どんどん脳が強化されていくのです」

「人に見せる」ことで脳が活性化する

ここで大事になるのが、得た知識をそのままにせず、新たな視点でアプローチすることだ。

「たとえば前述のジャコウネコのコーヒーをさらに調べてみると、象の糞から取り出したコーヒー豆もあることがわかる。すると、『あの動物にコーヒー豆を食べさせたらどうなるか』といったアイデアが出てきます。

このように、自らの趣味について突き詰めて調べていくうちに、『この問題をこういう切り口からアプローチしたら面白いのでは』という今までなかったテーマにたどりつくことがあります。これがまさにブルーオーシャン力です」

アクティブラーニングの効果を最大化するために茂木氏がお勧めするのが、「資料にして人に見せる」ことだ。

「私は新しい知識を調べているとき、得た内容をパワーポイントにまとめ、人に見せることがあります。知人や友人はもちろん、仕事上の関係者にも見せ、意見を求めるのです。

見せた人が喜んでくれれば脳内にはドーパミンが分泌され、思考回路がますます強化されます。逆に反応がイマイチだったとしたら、それはまだ自分の思考力が足りないということ。『調べ、発見し、まとめる』の繰り返しによって、考える力を鍛えていきましょう」

好きなことへの没入は最高のアンチエージング

私たち現代人は、日々さまざまな物事に追われており、なかなかじっくり考える時間が取れない。学習の時間はどのように捻出すればいいのだろうか。

「大切なのは“中間を省くこと”です。より具体的には、本質的でない物事には取り組まないようにするということです。

八十歳を過ぎてiPhoneのアプリを作った若宮正子さんという女性がいます。アメリカでも話題になり、あるときCNNから『ニュースサイトに載せたいから、すぐにコメントがほしい』というメールが英文で送られてきました。若宮さんは英語が得意ではありません。そこで英文のメールをGoogle 翻訳で日本語にして読み、日本語で返事を書いて、またGoogle 翻訳で英文に翻訳して先方に送ったというのです。数時間後には、CNNのニュースサイトに掲載されていたそうです。

この話を聞いて、『これぞまさに中間を省く』だと思いました。多くの日本人はこんなとき、『英語ができる誰かに代筆してもらわなければ』などと考え、無駄に時間と労力をかけがち。でも、CNNが求めているのは正確な英文ではなく、若宮さんが持っている情報です。だったら多少不正確でも自動翻訳を用いればいいし、どこか間違っていたら向こうのエディターが直してくれると割り切ってしまえばいい。こうした割り切りがいくつもの手間を省くことにつながり、仕事の効率も上がっていくのです。

中間を省くためには仕事上での創意工夫はもちろん、Google翻訳のようなツールを活用することも欠かせません」

無駄を省き、自分が興味のあることだけに取り組むことは、脳のアンチエージングにもつながるという。

「好きなことに熱中していると、ときには時間が経つのも忘れてその物事に没入する『フロー状態』に入ることもあるでしょう。これまた、脳の成長にとっては非常に重要な状態です。

先日、解剖学者の養老孟司氏とお話しする機会がありました。そのとき養老氏は、『茂木君、僕なんか大好きな昆虫採集をしているときには、いつもフローだよ』とおっしゃっていました。だから、八十歳になった今でも、あれだけ頭脳明晰なのです。

みなさんも自分が本当に夢中になれるテーマを突き詰めて追究し、ブルーオーシャンを見つけることに取り組んでみてください。脳の老化を食い止めつつ、五十歳になっても六十歳になっても最前線で活躍し続けることができるはずです」

茂木健一郎(もぎけんいちろう)脳科学者
脳科学者。ソニーコンピューターサイエンス研究所シニアリサーチャー、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別研究教授。1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。主な著者に『脳とクオリア』(日経サイエンス社)、『脳内現象』(NHKブックス)、『脳と仮想』(新潮社)、『「脳」整理法』(ちくま新書)、『脳を活かす勉強法』(PHP研究所)、『脳と創造性』『脳が変わる生き方』(以上、PHPエディターズ・グループ)などがある。(取材構成:長谷川 敦 写真撮影:長谷川博一)(『The 21 online』2018年03月26日 公開)

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