要旨

○社会保障給付費の政府将来推計が6年ぶりに公表された。2040年度の社会保障給付費(GDP比)は自然体で24.1%。2015年度の21.5%から上昇することが見込まれている。増加の中心となるのは医療や介護に関する給付である。

○新推計の値は前回2012年度時点の推計から下振れており、これまでの社会保障給付抑制策が効果を挙げていると評価できる。また、今後、2040年度にかけての給付費増加ペースも、高齢者人口の増加ペースが和らぐことから、過去と比べても緩やかな増加ペースが見込まれている。

○しかし、問題は2030年代に生産年齢人口の減少加速が予想されることである。給付費の増加自体は緩やかになろうとも、それを支える生産年齢人口が減っていくため、現役世代一人当たりの社会保障給付(社会保障給付費/生産年齢人口)の増勢加速が見込まれる。2025年度から40年度にかけて54万円/年増加する(2015年度価格)。

○年金給付のGDP比は上昇しない見通しとなっている。これは高齢人口の増加が緩やかなものに留まることに加え、年金給付抑制措置(マクロ経済スライド)の発動が前提とされていることに由来する。公表値を基にした筆者試算では、65歳人口あたりの年金給付は2018年度から2040年度に掛けて20万円/年強程度減少する(2015年度価格)。

○政府は医療介護分野における就業者数の見通しも示している。高齢者の増加とともに就業者も拡大していく見通しとなっているが、問題はその通りに就業者が増えていくかどうか。足もとでは人手不足に伴う他産業の待遇改善の中、働き手の医療・介護離れの動きが垣間見える。直近トレンドの増加ペースで就業者数が確保できるとしても、2040年度には85万人の労働力不足が生じると試算され、サービスの悪化などに繋がることが懸念される。

○課題山積の中で、「人生100年」「生涯現役」の構想はこれらを解決する可能性を秘めているといえる。企業の雇用体系、労働者のキャリア構築、スキルアップのための職業教育機関の充実、硬直的な労働市場など、直すべき点は様々だ。一朝一夕になせる改革ではないことは明らかであり、それを実現するための中長期的なグランドデザインが必要だ。「人生100年時代構想会議」には、そうした目線での改革計画の策定が求められているといえよう。

6年ぶりに更新された社会保障費の政府推計

 5月21日の経済財政諮問会議において、社会保障給付費の将来推計が内閣官房、内閣府、財務省、厚生労働省の連名で公表された。政府から社会保障給付費の見通しが公表されるのは、「税・社会保障一体改革」が示された2012年以来、6年ぶりのことだ。前回推計では2030年度までの社会保障給付費の将来図が示されていたが、今回推計の終点は2040年度と10年延伸されている。

 この推計によれば、2040年度時点の社会保障給付費は188.5~190.3兆円(現状投影ケース、前提のおき方で多少変化、GDP比では23.8~24.1%)とされた。直近公表値の2015年度実績は、114.9兆円(同21.5%)であり、将来的にも高齢化の進展とともに社会保障給付費の増加が続くことが改めて示されている。社会保障給付費のGDP比は2015年度から2040年度までの25年で1割強上昇することが見込まれている。2015年度対比では医療・介護費が増加する影響が大きい。なお、報道などでは実額ベースの値が強調されているが、こうした長期推計の場合実額よりもGDP比でみるのが適当だ。物価や賃金上昇によって、現在時点と将来時点とでは実額が同じでもその意味合いは異なるためである。

2040年度の社会保障推計が描く世界
(画像=第一生命経済研究所)

旧推計よりも改善(給付費は下振れ)

 筆者はかねてより、団塊世代が後期高齢者になる2025年度よりも、団塊ジュニア世代の高齢者入りする2030年代の社会保障財政悪化が深刻である旨を指摘してきた(Economic Trends「「2020年代の社会保障費急増」は本当か?」~人口要因はむしろ和らぐ~(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2018/hoshi180419.pdf )等)。今回、2040年までの社会保障見通しが示されたことで、この点はよりクリアになったといえよう。2025年度の医療の給付費(GDP比)は2015年度(7.1%)から10年で+0.4%ptの増加と2010~2015年度(5年で+0.5%pt)に比べてその伸びは緩やかになっているほか、2025年度の年金給付のGDP比は2015年度の10.3%から9.3%へ低下、社会保障給付費総額は2015年度から25年度に掛けて+0.2%ptの上昇に留まっている。

 また今回推計値を前回2012年の将来推計と比較すると、そのパスは下振れしていることがわかる(資料2)。比較可能な2025年度の値を比べると、新推計の給付費は実額で4.4兆円、GDP比で1.3%ポイント抑制されている。これは2015年度までの社会保障給付費の実績値が、旧推計時の想定を下回った結果と考えられる。政府の行ってきた社会保障抑制策の効果が顕れていることに加え、名目GDPの改善が旧推計想定よりも大きくなったことが、将来推計値の下振れに繋がっている。

2040年度の社会保障推計が描く世界
(画像=第一生命経済研究所)

深刻なのは「生産年齢人口」の減少加速

 社会保障給付費のGDP 比は2040 年度に24.1%へ上昇する推計となっているが、資料2をみてもわかるように、そのペースは1990 年代や2000 年代と比較すれば緩やかになっていることも事実である。高齢者人口の伸びが過去と比べて緩やかになることが主な背景だ。

 しかし、問題はむしろ高齢者を支える「現役世代の人口減少」がこの間加速することにある。国立社会保障人口問題研究所の「将来推計人口(出生中位・死亡中位前提)」に基づけば、2020 年度以降の65 歳以上人口の増加ペースは緩やかになっていく一方、15-64 歳の生産年齢人口の減少ペースは2030 年以降加速、2035-40 年には年100 万人のペースでの減少が見込まれている(資料3)。社会保障給付費の原資は社会保険料と公費であり、その多くは勤労収入をベースとした徴収体系となっている。給付費の伸びが緩やかになっても、働き手の数が減少すれば現役世代一人当たりの負担額は増加することになる。

2040年度の社会保障推計が描く世界
(画像=第一生命経済研究所)

 その点を可視化するため、政府推計値をもとに生産年齢人口あたりの社会保障給付費を計算、2015 年度実質価格で働き手一人当たりの給付額(≒負担額)がどのように推移するのかを試算してみた(資料4)。その結果、2015 年度:149 万円→18 年度:153 万円→25 年度:162 万円→40 年度:215 万円(一人当たりGDP比に2015 年度GDP の値を乗じる形で実質化を施した)となる。25 年度から40 年度にかけて+54 万円増加することになり、その増加ペースが著しく加速することがみえてくる。一人当たり給付費の増加ペースは、生産年齢人口の減少ペースが加速する30 年代により早まると推察される。

2040年度の社会保障推計が描く世界
(画像=第一生命経済研究所)

年金は給付抑制が前提:試算通りなら老後の生活水準は低下する

 年金給付額のGDP 比は、2015 年度:10.3%→2018年度:10.1%→2025 年度:9.3%→2040 年度:9.3%と経済規模対比の水準は低下していくパスが描かれている。これは、先に述べたように高齢者人口の伸びが緩やかになることに加えて、年金の給付抑制措置(マクロ経済スライド)の発動が想定されていることが影響している。

2040年度の社会保障推計が描く世界
(画像=第一生命経済研究所)

 マクロ経済スライドが発動するということは、個々に支給される年金額は減少することが織り込まれているということだ。公表されている数値を基に、65 歳以上人口一人当たりの実質的な年金給付額を試算してみると、2018 年度の151 万円/年から、2040年度には127 万円/年(2015 年度価格)へと低下していくことがわかる。給付抑制によって、個々の年金給付が減ることを前提とした推計である。

社会保障の担い手確保が問題になりそうだ

 今回の推計では、社会保障の将来見通しに基づくマンパワーのシミュレーションとして、医療・福祉分野における就業者数の見通しが併せて示されている。医療・福祉の就業者数は、2017年度実績の816万人から2018年度:823万人、2025年度:933万人、2040年度:1,068万人とされた(現状投影ケース)。就業者数全体では、2018年度:6,580万人→2025年度:6,353万人→2030年度:5,654万人と減少する中で、医療福祉の就業者数は増加する見通しとなっている。

 但し、この見通しは、医療・介護の患者数利用者数の需要予測に基づくものだ。「需要が増えれば働き手が増える」という前提に基づいている点では、見通しと言うよりもむしろ「今後医療・介護分野で必要になるマンパワー」の性格が強い数値である。

 そして、この見通し通りに医療・福祉の就業者数が増えるのかどうかは不透明感が強いと言わざるを得ない。資料6は就業者数の増加幅を総数と医療福祉業のそれぞれでみたものだ。ここ数年は就業者数の増勢が加速しているにもかかわらず、医療・福祉の増加幅は2015年度:+32万人、2016年度:+14万人、2017年度:+7万人と鈍化している。足元で起こっているのは労働者の「医療・介護離れ」である

 背景にあるのは、日本全体における人手不足を背景とした他産業の待遇改善と考えられる。公定価格が基準となる医療・介護業では、労働需給の逼迫に伴う待遇改善メカニズムが働きにくい。雇用環境の改善の中で、医療・福祉業が就職先として選択されにくくなっているものと推察される。逆に、景気の悪化した2009年度や2012年度には医療・福祉の就業者数は増加していることも、このメカニズムが働いていることを示唆する。今後も、生産年齢人口の減少と高齢者の増加のもとで、労働需給は引き締まり易い構造が続く可能性が高い。この点は医療・福祉の就業者数確保という視点では向かい風となるだろう。

 資料7では、医療・福祉の就業者数について、①政府推計による見通しと②2016-17年のトレンドで延伸した値、③2017年度水準で一定とした場合の数値を示した。これまでのトレンドで増加するとしても、②の値は必要マンパワーに当たる①には届かず、85万人の労働力不足が生じると試算される。仮に医療・介護離れが深まり、就業者数がこれ以上増えない場合、不足数は252万人に達することになる。労働力不足がサービスの質低下などに繋がることが懸念される。

2040年度の社会保障推計が描く世界
(画像=第一生命経済研究所)

課題は山積、生涯現役構想を軸とした中長期のグランドデザインが必要

 このように、2040年度までを見通すと現行の社会保障制度が数多くの課題を抱えていることが明らかになる。本稿では、生産年齢人口減少に伴う現役世代の負担増、年金給付水準の低下に伴う老後の生活不安、医療・介護のマンパワー確保が、本稿から示唆される問題点として挙げられる。

 そして、現在、政府で議論の真っ只中にある「人生100年」「生涯現役」の構想は、これらを解決する可能性を秘めているといえる(この点に関しては、Economic Trends「「生涯現役」を日本経済再生の切り札に~~“3つの将来不安”の払拭に向けた新たな「一体改革」を~」(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2017/hoshi171025.pdf )で詳述している)。高齢者が働き続ける社会が実現できれば、勤労期間中の年金給付は必ずしも必要でなくなる。それらを退職後の年金給付拡充に充てれば年金減額を抑制することができるし、介護人材の処遇改善の余地も生まれることになる。資料8では、資料4で行った生産年齢人口あたりの給付費の試算を、生産年齢人口の定義を15-64歳から15-74歳にしたものを追加した上で再掲している。極端な前提であることは認めるが、仮に74歳まで全ての人が働く社会を実現することが出来れば、現役世代一人当たりの給付費は25~40年度にかけて殆ど増えないことになる。

 もちろん、ことはそう簡単ではない。60歳~65歳を退職年齢としている様々な制度体系を組みなおさなければいけない。企業の雇用体系、労働者のキャリア構築、スキルアップのための職業教育機関の充実、硬直的な労働市場など、直すべき点は様々だ。一朝一夕になせる改革ではないことは明らかであり、それを実現するための中長期的なグランドデザインが必要だ。「人生100年時代構想会議」には、そうした目線での改革計画の策定が求められているといえよう。

2040年度の社会保障推計が描く世界
(画像=第一生命経済研究所)

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 副主任エコノミスト 星野 卓也