2019 年5 月に元号が変わる。それに伴って様々な経済的浮揚効果が期待される。カレンダーの書き換え効果は意外にインパクトは小さいだろう。むしろ、2000 年に起こったミレニアム婚・ミレニアムベイビーの効果の方が大きいと考えられる。特に、元年に結婚したいと考える若者が増えるとするならば、婚活費用をかけて2019 年または2020 年を目指して活動し、それが需要増になると見込まれる。これが少子化に歯止めをかけることになると期待したい。
疑わしい新元号効果
平成が終わり、来年5月から新元号がスタートする。それが景気浮揚に何かつながってくれるのだろうか。様々な論点を検討してみたい。
よく話題に上るのは、カレンダーなどの需要増である。本当にそれが期待できるのか。まず、新元号の名称が5 月1 日の1か月前に発表されることになった。来年のカレンダーは、和暦を使うことが出来ずに「2019 年」の西暦表示とするものが増えるだろう。逆に和暦離れになることが心配である。
そもそも、5月から新元号がスタートすることによって、年間の途中で年末年始に買ったカレンダーを、新元号になったものに買い替える人は多くないだろう。カレンダーの需要規模は数百億円であり、新元号の経済効果をそれで語るのは小さすぎると感じる。
現在は、1989 年(平成元年)よりも遥かにデジタル化が進んでいる。だから、和暦表示の書き換えはシステムの中で行われる。多くの民間企業が費用をかけてシステム内で修正するケースは、新元号名が公表される2019 年4 月から一気に起こるとは考えにくい。むしろ、和暦の最大のユーザーは政府・自治体である。あるとすれば、政府のシステム投資費用が増えることが変化と言える。
注意したいのは、暦の変更に伴う費用増が国民生活を向上させる需要拡大ではないことだ。社会的費用の増加は、家計・企業の購買力を奪うことになる。
2000 年はミレニアム婚・ミレニアムベイビーで沸いた
新元号がスタートすることで生まれる需要とは、個人や企業が自らお金を使いたくなることである。そうした要因の中で、注目されるのは、元年を記念にして結婚・出産をしたいと考える人が増えそうなことである。
そのモデルケースとなりそうなのは、「平成元年」よりも「2000 年」のときのミレニアム効果である。当時、やはり2000 年を記念の年として結婚する人が急増した。2000年の婚姻数は、前年比4.7%増と過去20 数年間で最も大きく伸びた。そして、次の2001 年は1977 年以来の最高水準となる(図表1)。2000 年に結婚したいと思って婚活を始めた人は、2001 年にも多く結婚したということだろう。婚姻数が2000・2001 年にピークを迎えた背景には、第二次ベビーブーマー(1970~1974 年生)の年齢が当時26~31 歳を迎えていたことがある。2000 年の平均初婚年齢は男性28.8 歳、女性27.0 歳である。記念効果とボリューム効果が相乗効果を生んで、この両年の婚姻数を増やしたと考えられる。
一方、ミレニアムベイビーの方は統計上はあまり強く表われているようにはみえない(図表2)。出生数は、2000 年の前年比が1.1%の伸びに止まっている。ただし、その前後をみると、1999~2005 年まで平均△2.2%のペースで出生数が減少している。長期でみたトレンド要因を除いて計算すると、2000 年の押し上げは2.5%であり、2001 年も1.5%、2002 年も1.0%ほどの押し上げがみられている。これらの押し上げをミレニアム効果であったとも読むことができる。
婚活需要は大きい
2017 年の婚姻件数は、60.7 万組である。この件数が元年の記念日効果によってどのくらい増えるかである。2013 年以降、婚姻件数はずっと減少していて、平均年△2.2%ペースの漸減となっている。 因みに2012 年は前年比1.1%で増加している。当時言われていたのは2011 年に東日本大震災が起こり、“きずな”という言葉が広まって、結婚したいと考える若者が増えたことである。この中には、2011 年の結婚予定を2012 年に遅らせた人もかなりいるので、押し上げは割引いて考える必要もある。たとえそうだとしても、社会心理の変化が婚姻数を増やす可能性は大いにある。
2000 年に婚姻数が前年比4.7%伸びたことを、2019 年にそのまま当てはめるのは過大評価だろう。仮に婚姻数が3%増えるとすれば、結婚の増加によってそこに需要増が生じる。ただ、先述のように、最近は年△2.2%ペースで婚姻数は減っているので、それを加味すると、3%の押し上げは趨勢的減少によって0.8%程度の伸びに止まることになる。
むしろ、需要増は実際に結婚する人の増加よりも、潜在的に結婚したいと考えて積極的な婚活を始める人の増加による需要増の方が大きいのではないか。潜在的に結婚したいと考えている人(有配偶者以外)はどのくらい居るかを調べてみた。2016 年のデータを使うと、有配偶者以外の人口は4,713 万人居る。そのうち、25~39 歳は、1,090 万人となる。2016 年に結婚した人のうち、25~39 歳は71%である。2016 年に25~39 歳で結婚した人は70.6 万人であり、これは結婚していない人(1,090 万人)の中から6.5%の割合の人が1年間に結婚した計算になる。
また、国立青少年教育機構の「若年の結婚観・子育て観等に関する調査」では、早く結婚したい人が16.9%、いい人が見つかれば結婚したい人が33.3%、いつか結婚したい人が23.2%、結婚したくない人が16.0%となっている(対象20-30 年代、2018 年)。
他の調査でも同じように結婚したい意思を持っている人は7~8割いて、その中で多少の温度差があるように思える。「いい人が見つかれば結婚したい」と考えている3人に1人の割合(33.3%)の人が、元年になって積極的に活動するのかが焦点となろう。
その人数が363 万人(いい人が見つかれば結婚したい人33.3%)だとして、その5%(18 万人)が月平均2.5万円(※)で婚活を始めたとすると、そこでの需要増は540 億円となる。仮に結婚する人が前年比0.8%増えて、1夫婦がそこで平均500 万円を使うと240 億円程度の増加になる。合算すると780 億円となる。だから、元年を記念にした効果の大部分は、どのくらい婚活に熱心な人が増えるかにかかっていると言えるだろう。
※婚活費用 婚活はスマホのアプリを活用したり、婚活パーティーに参加するなど多様である。月2~3 万円という見方である(中間をとって2.5万円)。人によっては結婚相談所などを利用して20~60 万円を使う人もいる。おそらく、1 人平均費用はそうした高額支出者によって、月2.5 万円よりも高くなると予想される。ここでは保守的な前提を置いてみた。
それでも少子化は止まらなかった
2000 年はミレニアムの記念日効果として、結婚・出産が増えた。しかし、よく考えてみる必要があるのは、そこで趨勢的な人口減少・少子化が止まらなかったという事実である。
前述のように、婚姻数は2000・2001 年をピークにして減少に転じた。さらに、出生数は、2000 年・2001 年に婚姻数が一時的に増えたのに、2000 年代前半の減少傾向を変えることはなかった。つまり、イベント頼みでは少子化の基調的流れを変化させることはできなかったのである。
出生数の減少には、2000 年代前半の若者失業やフリーターの急増といった経済制約がより大きく作用したと考えられる。少子化の流れは現在でも続いているから、新元号になって婚姻数が伸びる作用をいくらか減殺するだろう。
チャンスを考えると、若者たちが記念日の時期に結婚したいと考えるのは、2019 年だけでなく2020 年の東京五輪のタイミングもある点だ。結婚していない25~39 歳のうち「いい人が見つかれば結婚したい」という潜在層は363 万人程度いるのだから、彼らをより熱心にさせることが、少子化を継続的にストップする契機になる。若い人達にヒアリングしたところ、元号は心に響かないという人も相当数いて評価は分かれるところだ。計算上は、2017 年の婚姻数が60.7 万件だから、363 万人のうち1%が「いい人」を見つけさえすれば、2019 年の婚姻数を3%押し上げることは可能である。
2019~2025 年にかけて「いい人」探しを毎年1%ずつ成功させることが、少子化の流れを変える基礎になろ う。政府には、少子化対策にもっとピンポイントで有効なてこ入れをして、日本の将来を変えることが望まれる。
2019 年の新元号効果を再検討
エコノミストの立場からみて、世の中全般に新元号に対する期待感は小さいと感じられる。西暦が主流なので和暦の変更には反応しないだろうという若者も多かった。反面、「昭和」を知っている年齢の人は総じて新元号効果として何かありそうだという見方をしていた。直感的に、「昭和」に強いこだわりをもっているシニアが、和暦の変更について騒いでいて、平成時代に人生の大半を過ごした若者層は冷めている。不思議な世代間ギャップを感じる。
敢えて、新元号に起こりそうな経済現象を述べておくと以下の通りとなる。
(1) 平成31 年は1~4 月の4 か月しかないので、4 か月に発行されたコインが「レアもの」として珍重されるだろう。 (2) 2019 年のGWは10 連休となり、そこで旅行需要などが増える。 (3) 2019 年の9~11 月はラグビーワールドカップが全国各地で開催される。訪日外国人はさらに増加するだろう。 (4) 新天皇即位に伴う祝慶行事で東京に観光客が集まる。 (5) 日本の歴史への関心が高まり、京都・奈良への旅行が増える。 (6) 新天皇のお人柄が紹介され、楽器演奏、登山、ジョギング、スキーを新しく始める人が増える。 (7) 消費分野で、新元号のスタートに合わせて習い事や新しい習慣(ダイエット、預金積み立て、ペットを飼う)を始める人が増える。それを当て込んだ消費産業のキャンペーンが活発化する。 (8) 平成が終了するので、出版物の中に、自分史や体験談を平成単位でまとめたものが数多く出版される。
などの変化が予想される。また、経済イベントとして欠かせないのは、2019 年10 月に消費税率を10%にする予定である。駆け込み需要と反動減がいくらか起こるだろう。
新元号になるという単なるイベントの経済効果はごく僅かなものだと考えられるが、そのタイミングで政府や企業・自治体が積極的な働きかけを行うことになれば、経済効果は予想されていたよりも、もっと大きなものになるだろう。
新元号がスタートして予想される変化については、今後も別の角度から分析・研究を深めていきたい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 担当 熊野英生