「量的な成功」よりも「質的な幸福」を追求しよう

アドラー心理学,岸見一郎
(画像=The 21 online)

仕事や家庭の問題など、私たちはさまざまなストレス要因にさらされている。とくに、職場で上司と部下に挟まれ、家庭でも夫婦間や子供との間に問題が起きがちな40代はなおさらだ。では、こうしたストレスに押しつぶされないためには、どうすれば良いのだろうか。アドラー心理学の第一人者であり、ベストセラー『嫌われる勇気』の著者である岸見一郎氏に、40代がこれから幸せに生きるためのヒントをうかがった。

人は「できない理由」を無意識に探している!?

現代のビジネスマンは、多くのストレス要因にさらされています。過大なストレスに押しつぶされ、メンタルダウンされる方も多いですね。ただ一方で、ストレスフルな環境であっても、生き生きとした方がいるのも事実。では、どうすれば強いメンタルを手に入れられるのでしょうか。

強いストレスが生じるのには2つのケースがあります。まず1つは、あまりに高い理想と現実のギャップです。高すぎる理想を掲げると、達成できない現実を受け止めきれず、苦悩することになります。まずは、達成できそうもない理想を掲げることを諦め、現実的な目標を設定し直すことが大切でしょう。

しかし、実際は理想を高くしてしまう。それには、目的があります。理想が高ければ、「目標が高すぎるから達成できなかった」と言い訳できるのです。もしも、理想が低くなってしまえば、目標を達成できなかったときに、自分の能力のなさがバレてしまいます。これを恐れるあまり、本人も気づかないうちに、達成できないほどの高い目標を望んでしまうのです。自分で目標を立てたのに、他者や環境のせいにして、自分をますます追い詰めていきます。

「人と比べること」があなたを苦しめる

こう言うと、会社から与えられた目標は自分ではコントロールできないではないかと反論が返ってくるでしょう。確かに、仕事では成果を出さないといけませんから、上司がある程度「数字」を求めてくるのは、仕方のないことです。しかし、それでも実力以上のことはできません。

実は、ここで問題なのは、目標を達成できないことそのものではありません。むしろ、「社内で認められたい」とか、「上司によく思われたい」と考えるあまり、与えられた目標を達成できた人とできなかった自分を比べて、劣等感を感じることのほうが問題なのです。これが、ストレスが生じる2つ目のケースです。

優れた人間になりたいと思うこと自体は、間違ったことではありません。アドラーはそれを「優越性の追求」という言葉で表現しています。ただ、優越性には、「健全な優越性」と「不健全な優越性」があり、「不健全な優越性」に惑わされると、他者との競争が気になるあまり、「不正をしてもバレなければ良い」「結果さえ出せば良い」といった考え方に囚われてしまいます。そうした競争心をアドラーは、精神的健康を最も損ねるものだと言っています。

他方、「健全な優越性」の追求には、他者との競争は無縁です。昨日の自分よりも優れた自分になる。あるいは前回の仕事よりも今回は良い仕事にしようといった具合に、他者との比較ではなく、自分自身と競うことで、実力を高めることができるのです。

すると、他者から与えられた課題も、自分の問題として捉えられるようになるため、ライバルや目標にする人がいたとしても、不要なストレスにさらされることはなくなるのです。

「できない自分」を受け入れるには?

こういう話をすると、アドラー心理学を実践するのは難しい、という感想を持つ方がいます。自分の実力のなさを思い知らされるからです。確かにそうかもしれません。他者や環境のせいにせず、「できない自分」を受け入れるのは、簡単なことではないでしょう。だからこそ、多くの人は「頑張ればできる」「自分はまだ本気を出していないだけ」と口にします。いつまでも、可能性の中に生きていたほうがラクだからです。

また、他人の評価軸の中で生きてきた人たちは、自分で自分を認めることに慣れていません。他者の承認がなければ、自分を価値ある存在だとは思えないのです。

ただ、相手が自分をどう評価するかは、あくまで「相手の課題」であって、「自分の課題」ではありません。自分でコントロールできないことをどうにかしようとしても、意味はないので、気にしても無駄です。

そう考えれば、他人の目から解放され、ありのままの自分を受け入れやすくなるはずです。

そして、「ありのままの自分」を受け入れたら、次は「今、自分ができること」に集中します。

人には、「すべきこと」「したいこと」「できること」という3つの課題があり、その中で今すぐに取り組めるのは、「できること」しかないからです。 

少しでも目標に近づくためには、自分の足元を見つめ、一歩でも二歩でも前に進まないといけないので、とりあえず今日できることから始めましょう。そうやって毎日を積み重ねていけば、理想を現実に変えていくことができるはずです。

多くの人が幸福を勘違いしている

ただ、頑張ってはみたけれど、「この仕事はどうしても合わない」「やらされ感が拭ぬぐえない」という方もいるでしょう。本当にそう思うなら、転職してみるのも1つの方法ですが、人生についての見方が同じなら、会社が変わっても同じことが起こるかもしれません。

ただし、仕事は人生の課題の1つにすぎません。

アドラーは、人生には「仕事の課題」「交友の課題」「愛の課題」の3つがあると言っています。この3つのバランスが良いことを「人生の調和がとれている」と表現しているのです。

仕事が忙しく、家族サービスもままならないという40代は多いでしょう。家族を養うために働いていると言われるかもしれませんが、それを、他の課題に取り組めない口実にしていないでしょうか。

先日、ある企業の研修の場に講師として招かれ、役員会で話をしました。もうすぐ定年という人がほとんどでしたが、「人は働くために生きているわけではない」という話をしたとき、皆さんがぐっと身を乗り出してこられた。恐らく、自分が何となく疑問に感じていたことが、言語化されたことに驚かれたのでしょう。

仕事において突出した課題があるとき、その課題に集中して取り組むことは悪いことではありません。ただ、仕事さえ頑張って成功すれば、幸せになれるというわけではないのです。多くの人が、成功こそが幸福であると勘違いしています。

成功は「代替可能」幸福は「オリジナル」

では、40代が、今後の人生を豊かに過ごすためには、どうすべきか。それは、量的な成功よりも、質的な幸福を追求することです。

たとえば、『嫌われる勇気』は168万部発行されました。

ベストセラーとして、多くの方々に読んでいただいています。こうした世間から与えられた評価を「量的な成功」と呼びます。もちろん、本が多くの人の手に届いたことは嬉しいですが、あくまで記録ですから、いつかは追随される可能性があります。

一方で、本当に嬉しかったのは、1冊1冊が必要な人に届いたことを、読者の感想を通じて実感できたことです。何部売れたかよりも、誰かの役に立てることのほうが嬉しいのです。これは、誰からも真似されることのない幸せです。

もう1つ例を挙げましょう。

最近のSNSは、より多くのフォロワー数を競い合う場になっています。「友達が少ないと寂しい人」みたいに思われる。量的な成功にばかり意識が向いている好例です。あまり親しくない友人がたくさんいるよりも、本当にわかり合えるかけがえのない親友が一人いればいいだけなのに。フォロワー数が多いのは成功であるかもしれないが、幸福ではないのです。

哲学者の三木清氏は、「成功は一般的、幸福はオリジナル」と言っています。成功は、自分ではない誰かに代替可能なものですが、幸福は誰からも真似されない、オリジナルなものなのです。

もしも、年収や友人の数で成功を追い求めているのならば、働き方や生き方を一度見直してみてはいかがでしょうか。

質的な幸福が、働き方を変える

多くの人が質的な幸福を求めて働けば、会社の雰囲気もまた変わるかもしれません。量的な成功ばかりを追求する会社では、疲弊して、誰も働きたくなくなるからです。結果的に、生産性も低くなるでしょう。

しかし、質的な幸福を求めればどうでしょうか。誰かの役に立っているという「貢献感」が、やりがいを見出すきっかけとなり、仕事がより楽しいものに変わる。結果として、生産性も上がるはずです。

また、生活のために仕方がなく働くのではなく、嬉々として働いている姿を家族が見れば、家庭にも良い影響が出てきます。そうすれば、ワークライフバランスが、単なる時短を目的とした取り組みではなく、もっと本質的な意味で議論されてくるのではないでしょうか。

量的な成功ばかり求めていたら、いつかダメになるということに気づいたなら、今から質的なものを求める生き方に変えればいい。

人に手遅れはありません。変わりたいと思えれば、いつでも変わることができるのです。

岸見一郎(きしみ・いちろう)哲学者
1956年、京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古典哲学、とくにプラトン哲学)と並行して、89年からアドラー心理学を研究。精力的にアドラー心理学やギリシア哲学の翻訳・執筆・講演活動を行なう。著書に『アドラー心理学入門』(ベスト新書)やベストセラーとなった『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)など多数。(『The 21 online』2018年4月号より)

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