目次
1.50歳以上女性の労働力率の上昇 2.調査対象者の就労状況 3.定年前後の再就職 4.60歳以降も働くための準備状況 5.働く意思のある人が働き続けることができる社会の構築のために
要旨
①今後、女性の活躍推進により、多くの女性が男性と同じように正社員として継続就業すれば、定年を経験するようになる。男性同様、女性も定年後も同じ会社で働き続けるか、あるいは再就職の道を選択するか、決断を求められる人が増えることが見込まれる。本稿では、定年前後の再就職の実態や60歳以降も働くための準備状況について性別による違いを浮き彫りにして、女性活躍推進の先にある定年後の継続就業について考える。
②男性は退職前から再就職先が決まっていたり、決まっていなくても「すぐに見つかった」という人が女性に比べて多い。男性の方が女性よりも再就職が多い背景には、男性の場合、知人・友人や勤め先による紹介によって再就職先を決める人が多く、再就職に対するハードルが女性よりも低いことが関連していると思われる。
③勤務先から定年後の仕事に関してアドバイス等を受けた経験は、性別による違いが目立つ。特に50代後半では女性の53.0%が「特になし」と回答している。60代女性の「特になし」の割合は28.4%に減るが、「定年後の仕事内容や労働条件についての情報提供を受けた」割合は36.1%であり、男性(51.2%)より15.1ポイント低い。
④働く意思のある人が働き続けることができる社会の実現のために、まずは働く側が定年退職後の働き方を意識して、自分の職業能力を振り返り、どのような知識や技能が必要かを見極めるなどの準備が必要である。一方、行政もハローワークなどにおける就業マッチングの拡充など、定年後の再就職市場を活性化させるための環境整備が求められる。さらに、企業も定年退職者の人材活用の方向性を検討し、女性の従業員に対しても、定年に向けた働き方についての情報提供を強化することも必要と思われる。
キーワード:女性活躍推進、定年退職、再就職
1.50歳以上女性の労働力率の上昇
少子高齢化が進む中、わが国経済の持続的発展のためには、労働者が働きやすい環境を整えて、これまで働いていなかった女性や高齢者などを含め、労働力を確保することが必要とされている。実際、これまでの女性活躍推進や高齢者雇用促進のための取り組みによって、女性や高齢者の就業者が増えている。
総務省の「国勢調査」によれば、男性の労働力率は大きな変化が見られないものの、60~64歳の労働力率が2015年では80.8%となり、2005年から5.7ポイント上昇した(図表1)。女性は30~34歳の労働力率が1995年の53.4%から2015年には73.5%と20.1ポイントも上昇していることに加え、50歳代から60代前半にかけても10ポイント以上の上昇がみられる。それでもなお、女性の25歳以降の労働力率は男性よりも10ポイント以上低い。労働力確保のために、さらなる女性の就労促進が必要とされる中、子育て期の女性就労を支える仕事と家庭の両立支援の取組のみならず、50歳以上の女性の労働力を引き上げるための方策にも目を向ける必要があると思われる。
こうした背景から、当研究所では女性正社員の定年前後の就労実態と意識を明らかにするため、50代後半の正社員(勤続15年以上)、並びに60歳まで正社員として働いていた60代の男女1,000人を対象にしてアンケート調査を実施した。この結果を用いて既に、60歳以降の就労パターンが男女で異なり、女性は男性よりも定年退職の経験者が少なく、60歳以降も定年を経ずに働き続けている人が多いことを示した(的場2017)。
今後、女性の活躍推進により、多くの女性が男性と同じように正社員として継続就業すれば、定年を経験するようになる。定年という職業人生の節目を迎えるにあたり、同じ会社で働き続けるか、あるいは再就職の道を選択するか、男性と同様に女性も決断が求められる人が増えることが見込まれる。
そこで本稿では、定年前後の再就職の実態や60歳以降も働くための準備状況について性別による違いを浮き彫りにして、女性活躍推進の先にある定年後の継続就業について考える。
2.調査対象者の就労状況
アンケート調査の概要は図表2の通りである。定年前後の意識に関する調査であるため対象年齢を55歳~69歳までとした。なお55歳~59歳(以下「50代後半」)については、この年齢階級の平均勤続年数が男性22.7年、女性15.8年である(厚生労働省「平成27年賃金構造基本統計調査の概況」2016年2月)ことから、男女とも勤続15年以上の民間企業で働く正社員を抽出した。また60歳~69歳(以下「60代」)については、現状では60歳を定年としている企業が多い(厚生労働省「平成27年就業条件総合調査結果の概況」2015年10月)ことから60歳まで民間企業で正社員として働いていた人(本調査時点での就労状況は問わない)を抽出した。
調査対象者の現在の仕事内容は、50代後半の人は、男女ともに「事務」が最も多く、男性は49.7%、女性は63.8%を占めている。次いで男性は「技術系」19.1%や「営業・販売」11.6%、女性は「教育関係」11.6%、「医療系」8.0%が続いている(図表省略)。60代の人も「事務」が男性は29.9%、女性は49.4%と最も多い。次いで男性は「技術系」17.9%や「営業・販売」15.8%、女性は「営業・販売」9.8%や「教育関係」9.4%が続いている。
60歳時点では正社員であった60代の人々の現在の就労状況をみたものが図表3である。「その他」を除き7つの就労パターンを、以下の通り「勤務継続」「再就職」「退職」の3つに分類した。
「勤務継続」は「定年を経験し、その後も同じ会社で継続雇用されている」「定年はあるが、まだ定年に達していないために働いている」「定年はなく、同じ会社で働いている」であり、定年の有無にかかわらず同じ会社で勤務継続しているケースである。「再就職」は「定年を経験し、一旦退職したが、その後、別の会社に再就職した」と「定年前に退職し、その後、再就職し、別の組織で働いている」であり、定年前後に再就職して別の会社で働いているケースである。「退職」は「定年を経験し、引退して、現在働いていない」と「定年前に退職し、現在働いていない」であり、定年前後に退職して現在働いていないケースである。ちなみに勤続年数の分布をみると、「勤務継続」の人は勤続年数20年以上の割合が男性59.9%、女性46.7%と高く、「再就職」の人は勤続年数5年未満の割合が男性67.6%、女性59.6%を占めている(図表省略)。
就労状況の分布を性別でみると、男性では「勤務継続」が52.7%、「再就職」が26.0%、「退職」が11.3%、「その他」が10.0%である。女性は「勤務継続」が66.7%、「再就職」が16.0%、「退職」が8.3%、「その他」が9.0%である。男性に比べて女性は「再就職」の割合が低い。「その他」には自営業や自由業の回答が目立っていた。
3.定年前後の再就職
(1)再就職先を決めるまでの状況 なぜ、定年前後の女性の再就職割合が男性よりも低いのか。次に、定年前後の再就職の実態をみる。
まず、「再就職」をした人について再就職先の決定に至る状況についてたずねた結果をみる。性別にみると、男性では「前職を退職する前から、再就職先が決まっていた」(以下「退職前から決まっていた」)が36.8%で最も多く、次いで「職探しを開始後、満足のできる再就職先がすぐに見つかった」(以下「すぐに見つかった」)が30.3%である(図表4)。これらを合わせると、男性の7割近くは時間をかけずにスムーズに再就職先を決定することができたようだ。女性は「退職前から決まっていた」が22.2%、
「すぐに見つかった」が17.8%であり、男性の回答割合を大きく下回っている。他方、「職探しに時間がかかったが、満足のできる再就職先が見つかった」(以下「時間はかかったが見つかった」)や「あまり満足していないが、職を選ばなければすぐに見つけられた」(以下「職を選ばなければすぐに見つけられた」)、「前職と同じような仕事を続けたかったが、見つからなかったので別の仕事を見つけた」(以下「あきらめて別の仕事を見つけた」)の回答割合は男性より高い。女性は、満足のできる仕事を見つけるまでに時間をかけることが必要だったり、満足のできる仕事を得ることをあきらめて別の仕事に就いたりしている人が少なくないことがうかがえる。
(2)再就職先の探し方 また、再就職先の探し方についても男女で回答傾向が異なる。男性は「知人・友人が紹介してくれた」が36.8%で最も多く、次いで「前の勤め先が紹介してくれた」が26.3%である(図表5)。男性は知人・友人や前の勤め先の紹介によって再就職先を決定している人が女性よりも多い。
女性は「ハローワークを利用した」が33.3%で最も多く、次いで「知人・友人が紹介してくれた」が28.9%である。「インターネットの求人情報で探した」の割合も22.2%と約5人に1人である。女性の場合は男性よりも前の勤め先による紹介は非常に少なく、ハローワークやインターネットなどを利用して再就職先を探した人が多いことが特徴である。男性の場合、前の勤め先の紹介があることが再就職のしやすさにつながっているという面がある。女性の場合は勤務先による紹介に頼ることができず自力で探さざるを得ないことが再就職の厳しさに関連していると思われる。
しかしながら、今後は女性の活躍推進とともに定年を迎える女性が増えるにつれて、定年前後に再就職という道を選択する女性も増えると思われる。男女ともに再就職先を探す人が増えれば、これまでのように勤務先に再就職先の紹介を受けられるケースは一定程度に限られ、多くの人は外部の求人情報等によって自力で再就職先を探すことが必要になると思われる。そのため、これまで以上に再就職市場の活性化が重要になる。他方、男女ともに働く側も、定年直前よりも早い時期、例えば40代や50代前半から、60歳以降も働き続けることを念頭に置いて新しい知識や技術の習得を図るなど、自己の職業能力の向上に努めることも求められよう。
そこで次に、60歳以降も働くことを意識してどのような準備をしているか、あるいはしていたか、性・年代別や就労状況別にみる。
4.60歳以降も働くための準備状況
(1)60歳を過ぎても働くために必要なこと まず、現在働いている人に、60歳を過ぎても職業生活を継続するためにどのようなことを必要と思っているかをたずねた結果をみる。
性・年代・就労状況別にみると、「特に必要なことはない」と回答した人の割合は50代後半の男性の13.0%が最も高く、これ以外の属性では1割にも満たない。多くの人は何らかのことが必要だとしている(図表6)。具体的には、いずれの属性も「身体的な健康・十分な体力」「働く意欲」「精神的な健康・メンタルの強さ」が上位である。60歳以降も働き続けるためには、まずは「体力・意欲・気力」が重要と思っている人が多い。
次いで、いずれの属性も「専門的な知識・技能」や「幅広い知識・技能」が2~3割で続いている。こうした知識・技能を挙げた割合は男女ともに60代の方が50代後半よりも高い。特に再就職をした60代女性は「専門的な知識・技能」と「幅広い知識・技能」に3割前後が回答しており、女性の中では高い割合を示している。再就職には専門的ないし幅広い知識や技能の必要性を認識している女性が比較的多いようだ。
また、「幅広い人脈」の回答割合に注目すると、いずれの年代・就労状況も男性の方が女性よりも高い。先に、再就職にあたり女性よりも男性の方が勤め先や知人・友人の紹介で再就職先を決めた人が多いことを示したが、その背景には、こうした人脈形成に対する意識の差が関連していると思われる。
(2)60歳を過ぎても働くために実行していること では、実際に職業生活を継続するために、どのようなことを実行しているだろうか。
性・年代・就労状況別にみると、まず50代後半では男女ともに「特にない」が7割近くを占めている(図表7)。まだ現役で働いている人には現実味が無いようで、60歳以降も働くための準備をおこなっている人は少ない。実行していることの中では、男女ともに「体力づくりをおこなっている(経験がある)」(以下「体力づくり」)が男性22.1%、女性21.2%で最も高い回答割合である。図表6で、働き続けるために必要なこととして「身体的な健康・十分な体力」が、男女ともにいずれの年代も1位であったことからも、定年後の継続就業には体力づくりが重要と認識している人が少なくないことがわかる。
次に60代をみると、男女差というよりも就労状況によって回答傾向が異なる。男女ともに再就職の人では「特にない」が5割以下と他よりも低く、半数以上の人は何らかの準備をしている。具体的な内容は「体力づくり」の割合が男女ともに3割以上を占め最も高いが、「仕事で活用できる資格を取得した」の割合も男性20.5%、女性16.7%で他よりも高い。再就職を経験した60代は、男女ともに専門的ないし幅広い知識・技能の必要性を認識している人が他よりも多かったが、実際に知識や技能を身につけるための準備をしている割合も他より若干高いことがうかがえる。
他方、「特にない」と回答した人にその理由をたずねたところ、50代後半では男女ともに「時間的余裕がない」の割合が4割近くを占め、次いで男性は「仕事上必要な知識・技能が既にあるので必要がない」(以下「知識・技能が既にある」)(31.5%)、女性は「費用がかかる」(27.3%)が続いている(図表8)。
60代では、男性は「知識・技能が既にある」への回答割合が、勤務継続の人も再就職の人も5割前後を占めている。女性で勤務継続の人は「知識・技能が既にある」が4割以上で最も多いが、サンプル数が限られているものの再就職の人は「60歳を過ぎたら既存の知識・技能が活かせる仕事を選ぶので必要がない」(以下「既存の知識・技能を活かす仕事を選ぶ」)に半数近くが答えている。男性の再就職の人も「既存の知識・技能を活かす仕事を選ぶ」に3割以上が答えていることをみても、再就職の際には男女ともに、既にある知識・技能を活かして仕事を選ぶ人も一定程度いることがうかがえる。
(3)勤務先による定年後の仕事に関するアドバイスや情報提供 一方、勤務先では定年前後の従業員に対して、定年後の仕事に関するアドバイスや情報提供をしているのだろうか。勤務先からアドバイス等を受けた経験をたずねた結果をみると、性別による違いが目立った。
いずれの年代も、男性よりも女性の方が「特になし」の回答割合が高く、男性に比べて女性はアドバイス等を受けていない人が多い(図表9)。特に50代後半では女性の53.0%が「特になし」と回答している。60代女性の「特になし」の割合は28.4%にとどまるが、「定年後の仕事内容や労働条件についての情報提供を受けた」割合は36.1%であり、男性(51.2%)より15.1ポイント低い。また、「継続就業のために身につけるべき知識や技能についてのアドバイスを受けた」については、いずれの属性も1割以下と低い。定年後も働く意思のある人が働き続けることが可能になるためには、必要な知識や技能の習得の機会を与えるなど企業による人材育成の強化も必要と思われる。
従業員自身による準備も重要であるが、企業側も人材活用の方向性を検討の上、従業員に対し、定年に向けた働き方についての情報提供や人材育成を積極的に図ることも必要と思われる。
5.働く意思のある人が働き続けることができる社会の構築のために
以上、定年前後の就労実態や60歳以降も働くための準備状況をみてきた。調査結果から、そもそも定年を経験する人が男性に多いばかりでなく、定年後に再就職する人も男性の方が女性より多いことがわかった。今回、定年前後の再就職に注目したところ、男性は定年退職前から再就職先が決まっていたり、決まっていなくても「すぐに見つかった」という人が女性に比べて多い。男性の方が女性よりも再就職が多い背景には、男性の場合、知人・友人や勤め先の紹介によって再就職先を決定できる人が多く、自力で外部の求人情報を頼りに就職先を決める女性に比べ再就職に対するハードルが低いことが関連していると思われる。この他、再就職をしている人の特徴として、男女ともに既に獲得している知識や技能を活用して仕事を選ぶ傾向がみられた。定年退職前から一定の知識・技能を持っていることが必要であり、それを前提として、定年後の就業を実現している。しかしながら、高齢期の就労が一般的な生涯現役社会に向かう中、個々人が新しい知識や技能を習得することで自らの職業能力を開拓し、人材価値の向上を目指していくことも必要となる。
男女雇用機会均等法の施行(1986年)後に入社した女性があと数年で60歳を迎える。以後、定年退職を経験し、定年後も働く女性が増えるようになると、これまでのように人脈を頼りに再就職先を決められるケースばかりではなくなるように思われる。現役時代からの人脈形成も必要であるが、専門性や幅広い知識や技術を蓄積した上で、自力で求人情報などを活用して定年後の勤務先を決めることも求められるようになるだろう。
今後、労働力人口が減少する中、わが国の経済を支えるために男女を問わず高齢者も労働参加が必要とされており、働く意思のある人が出来る限り働き続けることができる社会の構築が求められている。女性の活躍推進により、これまで以上に女性も定年退職を経験するようになる中で、定年を機に再就職の道を選択する人が増えると思われる。働く側が現役時代から退職後の働き方を意識して、自分の職業能力を振り返り、どのような知識や技能が必要かを見極めるなどの準備も必要である。一方、行政もハローワークなどにおける就業マッチングの拡充など、定年後の再就職市場を活性化させるための環境整備が求められる。さらに、勤務先における定年後の仕事に関するアドバイスや情報提供も、男性に比べて女性は受けている人が少ないことから、今後は企業も定年退職者の人材活用の方向性を検討し、女性の従業員に対しても、定年に向けた働き方についての情報提供を強化することも必要と思われる。
【参考文献】 ・的場康子,2017,「女性の定年退職前後の働き方と意識」『Life Design Report』(Winter 2017.1).
上席主任研究員 的場 康子 (研究開発室 まとば やすこ)