第5章 分散投資は、個人投資家を堕落させるか、成功させるか

<第5話>60歳の財布を変える、投資のコストと税金

「では、最後に具体的にどのように金融商品を選べばいいかをお話します」

 先生の“最後”という言葉を聞いて、隆一は年の瀬に紅白歌合戦のほたるの光を眺めているときのような名残惜しさを感じたが、同時に新たに何かが動くような落ち着いた高揚感もあった。だから、先生の最後のアドバイスは、聞き漏らさないようにと集中した。

インデックスファンドか、アクティブファンドか

「まず、どの投資信託を買えばいいかです。投資信託にはインデックスファンドとアクティブファンドの2種類があります。インデックスファンドとは日経平均などの指数に連動する投資信託で、いわゆる市場平均を買うことになります。一方、アクティブファンドは市場平均より長期的にいい成績を出すことを目指す投資信託です。ただ、目指すのは簡単ですが、現実にはそう勝てるものではありませんし、無数にあるアクティブファンドの中から、優れたアクティブファンドを探すのは至難の業です。まずはインデックスファンドを使いましょう」

「先生、猿がダーツで選んでも運用成果はそれほど変わらないという話ですね。アメリカでは3分の2のアクティブファンドがインデックスファンドに5年間の成績で負けているというデータもありましたよね」

「よく覚えていましたね。その通りです。まずは市場平均を買うことです、そして、インデックスファンドの中では、全世界の株式市場に丸ごと投資する全世界株式型のインデックスファンドがいいと思います。今は米国が世界の株式市場の半分を占めますので、半分は米国株に投資するイメージです。それぞれの国に焦点を合わせて投資すると、急成長する国がある一方、衰退していく国もあり、管理が難しくなります。とはいえ、世界全体でみれば右肩上がりで成長をしていきますので、そこに丸ごと投資をしていくわけです」

投資小説,トウシル
(画像=トウシル)

投資信託のコスト、抑えるべきものは、どれ?

「先生、ところで投資信託のコストってどんな感じなんですか」
「そうですね、投資信託を持つには、いくつかのコストがかかります。ざっくり言えば、3種類。買うとき、持つとき、売るときです。買うときのコストは、販売手数料と言いますが、これが無料のノーロードファンドというものが増えています。インデックスファンドにはノーロードにものが多いですね。それよりも気にすべきは、持つときのコスト。信託報酬という名前です。投資信託の運用を任せるためのコストと思ってください。ただ、長期投資になればなるほど、この持っている期間にかかるコストが運用成績に大きな影響を及ぼします」

「じゃあ、その信託報酬が安いほうがいいんですね」
「ふむ、それは比べるファンドによる、と言ったほうが正しいかもしれません。運用の難易度が高くなれば、コストはかさみますし、簡単ならコストは下がるでしょう」

「なるほど、コストを払った分だけのがんばりをしてくれればいいのか」
「そうですね。ただ、今回で言えば、まず買うのがインデックスファンドであり、全世界に投資するということです。同じ指数に投資するインデックスファンドであれば、信託報酬の低いものを選んだほうがいいですね。最近は運用会社間の競争も激しく、インデックスファンドのコストは年々下がっています。一昔前は世界株のインデックスファンドでコストが1%ぐらいかかるのが普通でしたが、いまは0.2%前後まで下がっているので、かつての5分の1です。これは投資家にとってはいいトレンドだと思います」

「コスパですね。下がった分だけ買う側の成績はよくなるなら、それに越したことはないですね」
「ええ、まさにコスパです」

自分の老後は自分で考えろと国は言う。その代わりにくれたもの

「先生、コストと言って思い出しました。名前くらいしか知らないのですが、NISA(ニーサ)とかiDeCo(イデコ)だとか、何か税金が安くなるような制度があるんですよね」
「はは、お見事ですね。税金も投資においては、手元に残るお金の多寡を大きく左右するコストと言えます。そう、あなたも知っているように、いま日本は少子高齢化が進み、国の借金も膨れ上がっているので、かつてのように個人が国に頼るのではなく、自分自身で老後の生活資金はきちんと作ってくださいという方向で進んでいます。その支援策として、投資の税金を安くする制度が作られています」

「面倒見切れない代わりに、特典を付けるから自分でなんとかしてくれという話ですか」
「そうです。ただ、それをネガティブにとらえるか、ポジティブにとらえるかです。どうせ自分で投資するなら、使えるものは正しく使うべきでしょう」
「そりゃ、そうですね。使わにゃ損か。じゃあ、どんな順番で使えばいいとか、ありますか」

iDeCoとNISA、どっちを先に使うのがかしこいか

「順番で考えると、まずはiDeCoになるでしょうね。日本の年金制度をおさらいしますが、その構造はよく家の階数にたとえられます。まず全国民が国民年金に加入をしています。これが1階の部分です。次に厚生年金があり、これは公務員、会社員の方は全員入っており、これが2階部分」

「ああ、聞いたことありますね」
「あなたも会社員ですので、国民年金、厚生年金に入っています。そしてiDeCoというのは、個人型確定拠出年金のことで、3階部分にあたります。あなたは自分の会社の年金制度を知っていますか?」

「一度、人事部にいる同期に聞いてみたんですけど、うちの会社は確定拠出年金の制度はないと言っていました」
「そうすると、個人型の確定拠出年金である、iDeCoに入ることができる金額は毎月最大で23,000円になります。iDeCoのいいところは3つあります。まず入り口で掛け金が全額所得控除になります。そして運用期間中の運用益に対して通常20%取られるのも非課税になり、さらに出口で60歳以降に受け取るときも退職所得控除などが使えます」

「えらく大盤振る舞いの制度ですね」
「まあ、それだけ国は個人に自分で歩いてほしいということでしょうね。仮に30歳、年収400万円の会社員が毎月23,000円の掛け金を60歳まで30年間払ったとします。そうすると、税金が毎年約80,000円減るので、節税額だけで30年間で240万円になります。さらに、このつき月23,000円が年利5%で30年間回ったとすると、60歳時点で約2,000万円になります。そのうちの約1,000万円が運用益ですので、通常なら1,000万の20%で200万円が税金で持っていかれるのですが、iDeCoだと非課税です。つまり、この入り口と運用期間の非課税だけで240万+200万=440万の節税ができるというわけです」

「440万円!これだけ差がつくなら、本当に使わない手はないですね」
「でしょう。<人生には確実なものが2つある。それは死と税金だ>という言葉あるぐらいですが、iDeCoを使うと税金がとても安くなる。これは使わない理由は何一つありません。また60歳になるまで引き出すことができないのも、この制度のいいところです。途中で家を買ったり、学費にお金がかかろうが、このiDeCoの資産は引き出すことができません。だから、長期投資に向いています」

「強制力は大切ですね、長ければ長くなるほど」
「ふむ、まさしくです。人間は弱い生き物ですから」

毎月2万3,000円以上、投資に回せるか

「先生、NISAってやつはどうですか」
「NISAは、少額投資非課税制度と呼ばれるものです。その名の通りで、投資で出た利益分が非課税になる制度ですが、2タイプあります。1つは一般NISAと呼ばれ、年間120万円×5年間で600万円までNISA口座で投資をすることができます。もう一つが、つみたてNISAと言われるもので、これは毎年40万円×20年間で800万円まで投資できます」

「うう、どっちがいいんでしょう」
「そうですね、まず個別株をやりたいなら、つみたてNISAではできないので、一般NISAを選ばざるを得ません。今回は投資信託が基本になるので、どちらでも大丈夫なのですが、長期投資であることがポイントになります。あなたの場合だと、まだ30代で20年間はつみたてできるので、つみたてNISAを使いましょう。つみたてNISAは国が買える投資信託を決めていて、販売手数料がかからず、信託報酬も比較的低いものしかラインアップに入っていません。その中から、全世界型の株式インデックスファンドを選び、年40万円÷12カ月=毎月最大3万3,000円分を、積み立てるというイメージですね」

「うちも家計にそんなに余裕があるわけでもないので、年間120万円も出せないですね」
「では、まず優先的にiDeCoに月2万3,000円まで、もう少し余裕があるなら、つみたてNISAを使う、という感じでいいでしょう」

「これまでの先生に教えてもらった話、知識を総動員して、なんとか嫁を説得したいと思います」
「ぜひ、がんばってください。あくまでシミュレーションですが、この2つの制度を利用して毎月46,000円を運用し、30年間回したとします。そして、株式投資の平均リターンである7%のリターンが得られれば30年後、いくらになっていると思いますか?」

「2,000万〜3,000万ぐらいにはなっていて欲しいですね」
「5600万円です。ちなみに、元手はトータルで1,600万円強です」

 隆一は、飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「5,600万ですか。この金額を嫁に伝えると嫁も驚くと同時に安心すると思います。少しの辛抱をして、つみたて投資を習慣にするだけで、60歳の資産を変えられるかもしれない。絶対継続します」
「強い意志で続けることは大事ですが、絶対、安心という言葉は投資には禁物ですよ。ただただ、落ち着いて遂行するのみです」

「はい、すみません。つい、金額を聞いて舞い上がってしまいました。やっぱりお金に対する気持ちをコントロールするのは難しいですね」
「はは、人間らしい素直な反応だと思いますよ」

「先生、また来週も来ていいですか? 家内の反応をお伝えしたくて」
「そうですね、それは楽しみです。では、最後に一度来てください」

 家で妻にどう切り出そうかとわくわくしながら隆一は、先生の部屋を後にした。

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中桐 啓貴(なかぎり ひろき)
FP法人GAIA代表 ファイナンシャルプランナー
1973年、兵庫県生まれ。大学卒業後、山一證券、メリルリンチ日本証券で資産運用コンサルティング業務を行う。留学してMBA(経営学修士)を取得後、IFAガイアを設立。社員26名、資産相談の顧問契約者約645名、仲介預かり資産は260億円超。

(提供=トウシル

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