第5章 分散投資は、個人投資家を堕落させるか、成功させるか

<第1話>猿がダーツで決めたポートフォリオ。あなたは勝てるか?

 今年の梅雨明けは早く、隆一は汗だくになってお得意先を回っていた。あまりに暑いので銀座の喫茶店でアイスコーヒーを注文したところ、「500円です」と言われ、思わず高か!と声に出してしまった。マクドナルドだと100円で飲めるのに。

 隆一はせっかく500円も払ったのだからと1時間半も居座り、営業日報をノートパソコンから投げつつ直帰申請をして、新橋の先生のところに向かった。

ストレスフリーの投資はありえるか?

 夕方7時になったのにまだ気温は30度を超えていた。いつもの通り、重厚なドアをノックすると、先生が笑顔で出迎えてくれた。

「この暑い中、よくきたね。君に教えることも後半に差し掛かってきました」と先生は言い、隆一はいつものソファーに腰を下ろした。先生はアイスコーヒーを作ってくれた。

 実は先生、と少し隆一は神妙な顔つきで話し始めた。
「先週、母親から父親にがんが見つかったのという連絡があったんです。ただ初期だったので胃を半分摘出すれば大丈夫だろうということで、少し安心はしたのですが」

「今は2人に1人ががんになりますからね。でも初期で見つかったのは不幸中の幸いですね」と先生は気遣った。

「先生、親父ががんになったと聞いてふと思ったんです。やはり人生、ストレスを溜めないことが大事だなって。投資をもっと勉強したいという気持ちは強いですが、一方で投資をすることがストレスにならないようにもしたいなって」

 隆一は先週の行動経済学を学んで、投資でうまくいくためのポイントは自分自身との戦いだと感じていたが、それに不安にも覚えていた。

「それはとてもいい気づきですね。それでは今日はストレスなしに投資をするにはどうしたらいいかを話しましょう」
「先生、そんな方法あるのですか?」
「あります。何も考えずに株式に投資をして、そのことを忘れるのが一番ストレスのない方法です」

「先生、それができたら苦労しませんよ」
「なぜでしょう。資本主義社会において株価というのは長期的に見れば右肩上がりで上がっていくというところの理解はいいですよね?」
「もちろんです。そこの壁に貼ってあるグラフの話ですよね。200年前に1ドルを米国株に投資をしていれば、60万ドルになっているっている」

 隆一はまるで自分が長期投資で成功したような口ぶりでいう。

「あなたはこの200年間の株式リターンの数字を知っているというのはとてもラッキーですね」と先生は真顔で言った。

「ラッキー、ですか」
「そう、今風に言うなら、<持ってますよ>あなたは」
「でも、誰でも知っているんじゃないですか」
 隆一がまた馬鹿にされているんだと思い、怪訝そうだ。

投資小説,トウシル
(画像=トウシル)

株式投資の長期リターンがわかったのは、50年前?

「実は、長期的な株式投資のリターンが何%になるというのは、1960年代半ばになるまでわからなかったんです。アメリカの経済学者が株式のリターンを1926年からの40年間で調べ、その結果、年率9%のリターンだったことを論文で発表し、みんな驚愕したのです。それまで株式投資というのはなんだか危なっかしくて、債券を買ったり貯金をしている方がいいと思っていたのが、株式に長期で投資をすると9%のリターンが得られていたのですから」

「コンピューターもない時代ですもんね。簡単にデータも集められないし、計算や分析も楽にはできないないか。そりゃ、驚くわけですね」
「さらに、この株価のリターンというのがニューヨーク証券取引所に上場をしている会社の株を『等金額』で購入した、という前提での計算であったことに、みんな驚いたのです」

長期になるほど、インデックス投資は強くなる?

「先生、たくさんの銘柄に同じ金額で投資をして年率9%のリターンなんて、ほんとですか。世の中には企業分析の専門家やチャート分析の専門家がたくさんいるけど、そうそう9%なんて出せないんじゃないですか。専門家も面目丸つぶれですね」

 先生にところに通った成果か、隆一の感想ももっともらしいものになっていた。

「おもしろい話があります。1970年代にプリンストン大学の教授であるバートン・マルキールが著書の『ウォール街のランダムウォーク』の中で、ウォール街のプロが選んだ銘柄のポートフォリオと、猿がダーツを投げて選んだ銘柄で組んだポートフォリオと成果はほとんど変わらないと書いたのです。これはえらく物議を醸しました」
「いくらなんでも猿と金融の専門家が同じでは可愛そうじゃないですか」
「いやそれがそうでもなく、猿が選んだポートフォリオとプロが選んだポートフォリオの成績が大差なかったのです」
 先生は自信を持って、繰り返した。

「じゃあ、普通に何も考えずに市場平均を買うのもいいって話になるんですか」
「そのとおりです。それが一番ストレスのない方法です。もちろん、猿を打ち負かすようなプロのファンドマネージャーがいないわけではありません。しかし、2~3年は勝てたとしても5年以上勝ち続けるファンドは約30%しかなく、期間を伸ばすほど勝ち続けるファンドは減っていきます。よって、もしあなたが市場平均に勝ち続けるファンドを毎年選べるのであれば別ですが、そうでなければ猿のダーツと同じく市場平均を長期で持っているのがいいのです」

「先生、猿が選んだポートフォリオと同じようなものを持つというのは、若干、私の小さなプライドにも障りますが、それよりもストレスで病気になるほうが嫌なので、いったん市場平均(インデックス)を持つという考えを受け入れます」
「ええ。命あってのお金ですからね」

投資小説:もう投資なんてしない
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<20>猿がダーツで決めたポートフォリオ。あなたは勝てるか?

中桐 啓貴(なかぎり ひろき)
FP法人GAIA代表 ファイナンシャルプランナー
1973年、兵庫県生まれ。大学卒業後、山一證券、メリルリンチ日本証券で資産運用コンサルティング業務を行う。留学してMBA(経営学修士)を取得後、IFAガイアを設立。社員26名、資産相談の顧問契約者約645名、仲介預かり資産は260億円超。

(提供=トウシル

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