米中貿易紛争が一時休止に過ぎないものの一応の決着を見た。貿易は経済活動の根本を成す要因の一つである以上、ひとまず好景気が“演出”される光明が見え始めたかのように見える。
他方で欧州では混乱が続いている。英国ではBREXITによる経済情勢の激烈な悪化やイタリア発の金融危機再来の可能性をイングランド銀行が言及している。フランスではTwitterを筆頭としたSNSが火に油を注ぐ形で反マクロン運動が活発化している。
更に考えなければならないのが、中東の巨大産油国の一つであるカタールが、石油輸出国機構(OPEC)からの離脱を表明したことである。OPECは当時、原油メジャーが全世界的な原油マーケットを寡占していた状況に対し産油国が団結することで対抗力を確保すべく組織したものであると言われている。これまでOPECの主要国であったサウジアラビアはロシアらと協同で減産を行ってきた。そこから脱退する以上、あくまでもガス事業に専念するためだと表明しているものの、その実カタールは増産に走るのか、と疑念を挟まざるを得ない。
この様に直近の地政学リスクの動向だけを見るとグローバル経済の動向は不透明である。そこで本稿では、グローバル経済、特に景気動向をよりビビッドに反映する「銅(Cu)」に着目することでグローバル経済の直近の展開可能性に焦点を当てる。

銅鉱山,原田武夫
(画像=資源エネルギー庁)

銅は展延性や電気・熱伝導率、耐食性が高い上世界的な埋蔵量が多いために、電子機器など様々な用途で世界的に用いられている。そのため銅の需給動向は一国の経済、そしてグローバル経済のバロメーターとして重要なものである。

銅マーケットを分析にするときに考慮しなければならないのが何といっても中国である。世界的な銅マーケットにおいて需要の半分を占めているためである。特に中国は銅地金の生産量も首位であり、なおのこと重要である。とはいえ、中国は最大の懸念である米中貿易摩擦において小休止が訪れており、また欧州や米国において激動が生じている中で、極力存在感を消すかの如く、露骨な行動は見せずに「自由経済の主」とでも言わんばかりに黙々と経済成長のために様々な外交や国内開発を進めているのである。そうであればむしろ注目すべきなのは、最大の銅鉱石生産国であるチリのことである。

チリは2選目を昨年に迎えたピニェラ政権が自由主義的な経済政策を進めている。概ね成功していると言えなくもない状況に同政権はある。 また銅に限らず鉱業に関わる商品(コモディティ)は鉱山におけるストライキに悩まされがちである。チリにおいてもそうである。しかし、目立ったトラブルは現在報道されていないのである。

他方で、外交に目を転じてみる。南米を考える際に忘れてはならないのが米国である。ベネズエラは反米の典型であるが、チリのピニェラ政権は親米的である。ベネズエラでマデュロ大統領が再選した今年5月にピニェラ大統領が「チリは同選挙が無効であり、マデュロ大統領の再選を認めない」旨発言していることがこうした関係性を象徴している。
そもそもピニェラ大統領は1980年代に米シティバンクの子会社であるシティコープ・チリの総支配人や会長を歴任してきた人物なのである。我が国では1990年代後半から2000年前半にかけて不良債権処理の名の下に「新自由主義」的な経済政策が導入されるとともに新たなビジネスが入ってきた。そうした“新自由主義的なもの”を導入する“実験”を米国が行ってきたのが実は南米なのであり、その尖兵であったピニェラ大統領が親米でないわけがないのである。
他方で忘れがちないし見落としがちではあるが、銅との結びつきという意味でもチリの経済史的な意味でも敢えてここで触れておきたいのが英国との関係である。今では中国経済が拡大し上海に自製の商品取引所すら有しているものの、依然として金属製品の取引の中心はロンドン金属取引所(LME)なのである。そもそもチリの経済史を考える場合、英国の貢献は絶対に忘れてはならない。その英国=チリ関係において興味深いのが、先月5日にワード国有財産大臣が絶滅した哺乳類であるミロドンの標本を巡り大英博物館に対して返還請求を行っていることである。実はイースター島(同島はチリ領)もまた、大英博物館に返還請求を行っている。

歴史的に南米は米国と英仏ら欧州が植民地開発を巡り、対立を続けてきた場所なのである。米国がこれに関し発した典型的なメッセージが「モンロー宣言」だった。トランプ政権はこの「モンロー宣言」を彷彿とさせるような動きを見せてきたのである。であれば、英国がチリへの関与を考慮するのは明らかなのであり、チリによる返還請求はそうした英国との関係を整理する意義があり得るとしても完全な否定はできないのである。
そもそも弊研究所が半年に1回のペースで発刊している「中期予測分析シナリオ」で大前提として述べているとおり、我々がこれから経験するのは太陽活動の異変をきっかけとした気候変動であり、それにより北半球では「寒冷化」を経験することとなる。例年ロンドンやニューヨークに大寒波が到来するのが何よりの証左である。その影響が相対的に低いのが南半球であることを考えると、英国からすればある程度はチリに譲歩せざるを得ないのである。こうした事情を勘案すれば、親米的な姿勢を見せるピニェラ政権が極端な不安定を経験する蓋然性は低いと結論付けることが出来る。 この様に銅鉱石生産大国であるチリでも、最大の消費地かつ地金生産国である中国でも銅の消費と生産が活発に行われる兆しが強いのである。そうなれば銅価格は下落基調で推移する可能性があると言える。
注意しなければならないのが、景気良化に伴う価格下落だということで、景気過熱という懸念が生じ得るということだ。つまり、これを理由に「米金利引き上げ」という事態がより“もっともらしさ”を帯びることとなるということである。「想定以上の金利引き上げだった」ということで、ただでさえ脆弱性が報道されている欧州マーケットがそれに連動し、それが全世界に、といった波及すら生じるということは一見荒唐無稽であっても決して無視はできないのである。

銅1つを取ってみても、グローバル経済の過去・今・未来が見えてくる。では、その先、来年の経済・金融マーケットはどうなっていくのか。何に注目すべきなのか。この続きは来年1月19日に開催する年頭記念講演会にてご自身の耳で確認して欲しい。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。