(本記事は、ダーシーニ・デイヴィッド氏の著書『THE ALMIGHTY DOLLAR 1ドル札の動きでわかる経済のしくみ』かんき出版、2018年11月12日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

人民元の相場を過度に操作する中国人民銀行

THE ALMIGHTY DOLLAR 1ドル札の動きでわかる経済のしくみ
(画像=Pixeljoy / Shutterstock.com)

「為替レート」は、純粋にある特定の通貨を別の通貨に替えるときの価格を指す。

人民元に交換したいドルが大量にあれば、人民元の価格は必然的に高くなる。需要と供給とはそういうものだ。

限りある人民元を誰もが欲しがれば、より多くのドルを支払わないと手にできない。

立会場で電話をかけ続けるストライプのシャツを着たディーラーは、映画で使い古されたウォール街の描写にしか出てこないわけではない。

為替取引が行われる世界中の立会場で当たり前に見られる光景だ。

そこで働く男性や最近増えつつある女性が、為替レートを決めている。さまざまな通貨の需要と供給に即して、適正なレートに到達させているのだ。

たとえば、世界でドルを買いたい人のほうが売りたい人よりも多ければ、ドルのレートは上昇する。

だから、中国のアメリカへの輸出が増えた場合は、人民元の需要が高まって、人民元に交換するためのレートも高くなるはずだ。

理論上はそうなのだが、中国に入ってくるドルはすべて中央銀行を介さないと取引できないので、中央銀行がドルのレートを設定できる。

そうして長年にわたり、ドルのレートは人為的に高く、人民元のレートは人為的に低く設定されてきた(これにより、人民元を買うのに必要なドルは少なくなったものの、中国企業が取引のためにドルを買おうとすれば、適正レートに比べてかなり多くの人民元を支払わないといけなかった)。

1ドルあたりで得られる人民元の金額を適正レートより多くすることで、ドルのレートを高くしたのだ。

中央銀行には、経済が回り続けるのに十分なお金を用意する責任がある。銀行が発行する紙幣や硬貨は、いわば繁栄という車輪を回し続けるための燃料だ。

だから、中央銀行は自国の通貨を大量に発行して、自分たちに都合のいい価格(為替レート)でドルを交換できるようにする。だが、これは危険なやり方だ。

経済に大量のお金を一気につぎ込みすぎると、お金に対して商品の数が足りなくなる。

そうなると、商品への需要が高まって商品価格が上昇し、インフレーションを招く。中央銀行はインフレを避けようとして、お金の供給を調節する。これがいわゆる「不胎化介入」だ。

市中に出回る過剰な資金を吸収したいとき、中央銀行は国債を販売する。

世界では、為替レートが変動する「自由変動相場」での取引が主流となっている。変動通貨の相場(レート)を決めるのは外国為替市場で、世界中のどこの外国為替市場でも合法的に取引できる。

だが中国は違う。

中国人民銀行は、取引の規制やさまざまな政策を通じて為替相場の手綱を握り続けている。輸出力を高めるためとはいえ、長年にわたって本当の相場の陰に隠れて人民元の相場を強制的に低くし続けた。

通貨の相場を低く保つことに、どんなメリットがあるのか?

当然ながら、為替レートは強いほどいい。

レートが強いということは、通貨に力がある証拠であり、世界という舞台でほかの通貨の上に立てるかもしれない。それに、その国の経済を信頼する材料にもなる。

ならば、なぜ中国は万能のドルからその地位を奪い、超大国というイメージを完成させようとしないのか?

中国の輸出が好調になったときに人民元の為替レートが高いと、中国の商品を高く感じる。例のラジオをドルで買おうとすれば、支払額はとたんに増える。人民元での価格は変わっていなくても、ドルでの価格は変わってしまうのだ。

すると、アメリカの消費者にとって、中国製品はそれほど魅力的でなくなる。数ドル高くなっただけだとしても、ローレン・ミラーはラジオを棚に戻すかもしれない。

アメリカ製のラジオと大して価格が変わらないと感じるかもしれない。あるいは、韓国製や日本製のラジオに目を向ける可能性もある。

いずれにせよ、中国の製造業者、ひいては中国にとって大きな打撃だ。

中国は、世界中に商品を販売して経済大国の仲間入りを果たそうとしている。具体的には、ローレン・ミラーから得た売上を中国へ移している。

中国人民銀行は、人民元の相場を低く保つことに努め、ウォルマートに来る客が買わずにいられない安い価格での輸出を可能にした。

為替レートが低ければ、必然的に輸出価格は安くなる(反対に輸入品は高くなるので、中国の消費者にも中国製品を買うほうが得だと思わせることにもなる)。

一方、ドルが強いアメリカは、成長の停滞を招く恐れがある。為替レートが強いと、商品を輸出するときの価格が高くなるからだ。

通貨の相場を自分の手で決められるということは、他国の競争力を奪うだけでなく、確実性や、ある程度の安定も約束される。通貨の相場が決まっていれば、店頭に並べるときの価格の予測がつく。

ある程度の見通しが立てば、企業も消費者も、投資や消費を積極的に行うようになる。

中国がドルの相場を高く保ちたい(できれば上昇させ続けたい)理由はほかにもある。ドルの相場が上昇すれば、輸出でしっかりと貯め込んだ準備金の価値も上がる。

そうなれば、中国の資産(この資産を目にできる中国人はほとんどいないので、厳密には中国政府の資産)はさらに増える。

中国が通貨管理を通じて経済のスターになったのなら、ほかの国も中国に追従すればいいのではないか?

追従しようとした国は決して少なくない(世界の約半数の国は、ある意味いまだ追従しようとしている)。しかし、通貨の管理は、中央銀行、各世帯の両方に多大な代償が伴う恐れがある。

たとえば通貨の相場がとても低ければ、安く輸出できるようにはなるが、輸入される商品の価格はかなり高くなる。多くの食料を輸入に頼らざるをえない国にとっては大問題となりかねない。

企業にとっては通貨が弱いほうがいいかもしれないが、消費者は困る。

ならば通貨の相場を固定するのはどうか?

固定相場と変動相場のメリット・デメリット

固定相場にすると、通貨が強くなりすぎる恐れがある。

それほど遠くない昔に、つらく高い代償を払わされた国がアジアにある。1990年代、中国以外の多くのアジア諸国もグローバル化の波に乗り始めていた。なかでもタイ、韓国、インドネシアの3ヵ国は「アジアの虎」と呼ばれ、次に飛躍する国だとされた。

これらの国は、輸出が伸びたことで経済が大きく発展した。

投資家たちはその分け前にありつこうと資金を注ぎ込み、タイの通貨バーツの需要が高まった。しかし、その後タイ経済への信頼が揺るぎ始めると、不安が一気に爆発し、投資家たちが慌てて手を引いた。そしてそれに伴い、バーツの需要も下がった。

このときのバーツは、ドルに連動させる固定相場制を採用していた。通貨の需要が下がった場合、中央銀行はふつう、自ら資金を投入して需要を再び上昇させ、通貨の相場を高いまま維持しようとする。

しかし、タイ政府やその支援者たちには、すぐに外貨を投入してバーツの下落を防げるだけの資金がなかった。結局バーツは大暴落し、その影響がアジアの株式市場に広がり、アジア諸国は本格的な金融危機に陥った。

ドミノ効果はほかの虎たちばかりか、日本の経済をも揺るがした。固定相場制を維持しようとすれば、大きな代償を払わされる恐れがあるばかりか、経済全体にダメージを与えかねないのだ。

そこで多くの国は、通貨を自由に変動させるほうが楽だという考えに落ち着いた。実際そのほうが、経済全体にとっては有益だといえる。

たとえばアメリカの輸出の需要が大幅に減少すれば、ドルの需要が減少し、為替レートが下がる。ドルの相場が下がれば、アメリカから輸入する国にとっては魅力的な価格となるので、アメリカの輸出の需要が再び高まる。

変動為替相場は、貿易にとって一種の衝撃吸収材なのだ(これは理論上の話だ。現実に衝撃を吸収するとなると、輸出や輸入の需要は相場の変動に連動しないといけないが、実際に連動するとは限らない)。

変動為替相場を採用している国からすれば、中国のようなやり方は反則に見える。何年も前からアメリカでは、「中国は人民元の相場を低く保つことで人為的に輸出価格を低くしている」との声が、政治家からあがっている。

そんな状況では、アメリカの製造業者がミンテンからローレン・ミラーを取り返す術はない。

中国の中央銀行は、中国製品の販売促進のために行き過ぎた管理を行っていると思われていて、その行動が世界中でショッキングなニュースとして報道されてきた。

固定通貨には政治的な代償がつきまとう。

中国は、「不正を行う国」「フェアな取引をしない国」だと責められ続けているが、なにも大衆紙が大げさに煽っているだけではない。

アメリカ大統領を含むベテランの政治家たちも、「アジアの大国はズルをしている」「アメリカを貶める目的で、総力をあげた通貨戦争をしかけている」と主張する。

機嫌を損ねた子供のケンカに聞こえなくもないが、この問題によってさまざまな業界が深刻な危機に瀕している。

アメリカに限らず、製造業を柱とするアジア諸国の輸出業者もまた、中国のせいで不利な立場に置かれている。為替レートの操作に関しては、日本を含む多くの国が行ってきたことだが、中国は群を抜いている。

「アメリカの業者より安く売り、アメリカの貿易赤字を膨らませることで、アメリカからビジネスを奪っている」というのがアメリカの言い分だ。こうした不満の声が大きくなったからか、中国はとうとう為替レートを握る手綱を緩めた。

といっても、緩めたのはほんのわずかだ。

人民元の相場はいまだ、1ドルに対し6.5?7元のあいだをうろついている。このレートは10年前とほとんど変わらない。ミンテンはやはり競争上、優位にある。

長年にわたり、中国政府は執拗な通貨規制によって何兆ものドルを手中に収めてきた。だがそのドルは、成方街の地下に敷かれた巨大なマットレスの下に隠されているわけではない。

中国の未来に投資されている。

THE ALMIGHTY DOLLAR 1ドル札の動きでわかる経済のしくみ
ダーシーニ・デイヴィッド(Dharshini David)
エコノミスト、キャスター。イギリスのHSBC投資銀行の立会場でエコノミストとして働いていたときにBBCにヘッドハンティングされ、BBC1の「テン・オクロック・ニュース」「パノラマ」、BBCラジオ4の「トゥデイ」などのキャスターを務めた。2009年からイギリスのニュース専門チャンネル「スカイ・ニュース」でシティの中心から経済情報を日々伝えるようになり、「スカイ・ニュース・トゥナイト」のキャスターを務める。

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