(本記事は、ダーシーニ・デイヴィッド氏の著書『THE ALMIGHTY DOLLAR 1ドル札の動きでわかる経済のしくみ』かんき出版、2018年11月12日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

ロシア富裕層の資産管理は欧州銀行の一大事業

THE ALMIGHTY DOLLAR 1ドル札の動きでわかる経済のしくみ
(画像=Avatar_023 / Shutterstock.com)

武器の販売は世界中で破壊を誘引することになるので、問題がある行為といえるかもしれない。

だがロシアをはじめとする武器輸出国にとって、経済の非情な論理で考えれば、武器の輸出は莫大な収入を生む。

とはいえ、ロシアにはほかの選択肢もある。

石油を別にしても、ダイヤモンドや鉄といった天然資源に恵まれている。実際、2015年は穀物など食料の輸出で得た金額のほうが、軍事用ヘリコプターなどの武器の輸出より多かった。

ただし、穀物価格は原油価格と同じで予測ができず、激しく変動する。だから、法にのっとってさえいれば、武器販売のほうがビジネスとして頼りにできるのだ。

石油から離れて経済の多角化を図るのは、ロシアにとって重要な一歩となる。

ディミトリ・ソコロフやロシアの人々のためにも、これから成長する分野をしっかりと捕まえておかないといけない。

ロシアの労働者の平均月収は300ドルだ。

ディミトリのような仕事をしている人は、いい月になるとその1000倍も稼ぐ。ロシアの格差は欧米のさらに上をいく。ディミトリをはじめとするオリガルヒは、国外の別荘やヨットはもちろん、プロサッカークラブまで手に入れることができる。

しかし、彼らはドルの扱いに慎重だ。いい時代がいつまで続くのかも、中国がいつロシアに追いつくのかも誰にもわからない。

また、ディミトリは銀行にドルを預けたいと思っているかもしれないが、ロシアの銀行はあまり機能的とはいえず、一貫性のない規則で何かと制限しようとする。

しかも、実際のところは誰にもわからないというのに、ロシアの銀行は危険だという認識が世間に広がっている。

ロシア政府が不透明な形で銀行の経営や監督にかかわっているため調査が難しく、そのせいで消費者、それもとりわけディミトリのように大金を預けたいと思っている人を不安にさせているのだ。

おまけに、アメリカやEUがロシアにさまざまな制裁措置や制約を課したことで、ロシアの銀行はますます敬遠されるようになった。

銀行のいくつかは国際市場への参入を認められず、債券や株式の購入、公債の募集といったことを行えなくなったため、国内企業に貸付けするための資金力が損なわれた。石油企業は、油田の探査や原油の採掘に必要な高度な機械を輸入できなくなった。

また、ウクライナでマレーシア航空17便が撃墜されると、そのときに使用された9K37ブーク地対空ミサイルシステムの製造元であるロシア国営企業のアルマズ・アンテイが、制裁リストに含まれた。そして、同社のミサイルだけでなく、アルマズ・アンテイ以外のロシアの武器メーカー12社のEUやアメリカへの武器販売も禁じられた。

加えて、欧米諸国は軍需産業に活用されうるテクノロジーの共有を拒み続けた。ディミトリ・ソコロフの取り巻きや同業者のなかには、国外の銀行口座や資産を没収または凍結された人もいた。

このような状況下にあって、ディミトリはどこにドルを貯めておけばいいのか?

ロシアの人々は、キプロスにお金を預けるようになった。

キプロスが投資の見返りに市民権を付与するようになったことで、ロシア人のあいだでお金を預ける先として人気になったのだ。

キプロスのパスポートがあれば、リマソルの太陽の下での生活が約束されたも同然で、不正に手に入れたお金を隠す(または「洗浄」する)こともできる。

ロシアに限らずどこで手に入れたにせよ、そのドルは必ずしも正規に取得されたとは限らない。

政府の監視の目や資産の没収を逃れたい一心から、2017年までにキプロスのパスポートを手に入れたロシアの富裕層の数は1000人を超える。

ロシアの富裕層の資産管理は、ヨーロッパの銀行の一大事業となったが、扱いを誤ると悲惨な目に遭いかねない。それについてはドイツ最大のドイツ銀行を見ればよくわかる。

同行がモスクワ支店を設立した1998年は、国外に支店を持つ大手銀行がこぞってグラスノスチ(情報公開)後のロシアに参入しようと競い合っていたときだ。ソ連が崩壊し急速に発展するロシアで、彼らは簡単に利益を生む方法を見つけた。

ところが2017年、ドイツ銀行は資金洗浄に協力し教唆したとして、アメリカとイギリスの金融監督機関から莫大な罰金を科せられた。具体的には、違法な手段(恐喝、賄賂、武器密輸など)で得た「汚いお金」を「洗浄」し、合法的に得たお金に見えるようにしたのだ。

ドイツ銀行は「ミラートレード」という手法を考案し、ロシア人資産家のルーブルを別の通貨に交換していた。

まず、顧客の代理でルーブルを使ってロシア市場の株を数百万ドル相当購入する注文を出す。それと同時に、同じ金額の株をロシア以外の市場で、ドルまたはポンド建てで売りに出す。

ただし後者の注文は、顧客が別に持っているオフショア会社の代理として注文する。顧客の手に戻ってきた資金は、たとえばロンドンにいる顧客の子供の学費など、まったく思いもよらない支払い先にたどり着く。

ドイツ銀行は2年半以上にわたって2000件余りのミラートレードを実行した。その額は数十億ドルに及ぶ。『ガーディアン』などの新聞は、ドイツ銀行のそうした行為を「ロシア最大のビジネス」と呼び、この怪しげな取引がソ連崩壊後の富や権力の奪い合いで当たり前になったと報じた。「封筒」を意味する「コンバート」というロシア語の俗称まである。

銀行は、資金洗浄を取り締まらなければ厳しい罰を受ける(懲役刑が科される可能性もある)。だがロシアの件については、見て見ぬふりをしていたようだ。

しかし、ドルが悪質な取引に巻き込まれたと知り、アメリカは激怒した。そしてまたもや、国境をはるかに越えて金融警察として制裁を加えることとなり、ドイツ銀行の評判を落とす見出しがメディアを駆け巡った。

ドイツの主要週刊誌『デア・シュピーゲル』は、「誇り高い銀行がごく一部の顧客のためにセルフ形式の両替を行い、そのごく一部は桁違いの金持ちになった」と報じ、「利己主義、機能不全、不誠実、退廃、傲慢」といった言葉で非難した。

掲載された長文の記事では、ドイツ銀行が関係した不適正募集などほかの不正についても詳細に言及され、そのタイトルは「ドイツの銀行業界の柱はどのようにして道を誤ったのか」だった。2017年、ドイツ銀行はモスクワ支店の規模を縮小した。

不動産を求めてロシアからドイツへと向かうドル

それでもロシア人富裕層は、ドイツという国そのものにいまだに大きな魅力を感じている。

ヨーロッパでもっとも裕福なこの国は、ロシアに対して制裁を加えるのにもっとも消極的でもある。

それはおそらく、8200万のドイツ国民が使用する天然ガスの40パーセントをロシアから輸入しているせいだろう。強硬な姿勢を見せれば、天然ガスのパイプラインを封鎖され、国民が寒さに震えることになりかねないと恐れているのだ。

ロシアの天然ガス業界が制裁を逃れているのは有名で、ロシアのガス業界に制裁が及びそうになると、ドイツが激しい剣幕で反対してくる。そのような状況だから、ロシアはいまだドイツに対してそれなりの影響力があると感じている。

ロシア人がドイツの銀行で開いた口座は、これまで以上に厳しい制約が課され、監視の目も厳しくなった。そのせいで、ドイツの銀行の魅力は減ったかもしれない。

だがディミトリは、手持ちのドルをどこか安全でリターンの大きい場所に預けたい。そんな彼が目を向けるのは、やはりドイツだ。

はたして、文字どおり「自宅より安全な場所」があるのだろうか?

THE ALMIGHTY DOLLAR 1ドル札の動きでわかる経済のしくみ
ダーシーニ・デイヴィッド(Dharshini David)
エコノミスト、キャスター。イギリスのHSBC投資銀行の立会場でエコノミストとして働いていたときにBBCにヘッドハンティングされ、BBC1の「テン・オクロック・ニュース」「パノラマ」、BBCラジオ4の「トゥデイ」などのキャスターを務めた。2009年からイギリスのニュース専門チャンネル「スカイ・ニュース」でシティの中心から経済情報を日々伝えるようになり、「スカイ・ニュース・トゥナイト」のキャスターを務める。

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