(本記事は、ダーシーニ・デイヴィッド氏の著書『THE ALMIGHTY DOLLAR 1ドル札の動きでわかる経済のしくみ』かんき出版、2018年11月12日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

世界一ともいわれるインドの経済格差

THE ALMIGHTY DOLLAR 1ドル札の動きでわかる経済のしくみ
(画像=Catalin Lazar / Shutterstock.com)

インドは一流のエンジニアを輩出することでも有名だ。

シリコンバレーの申し子であるグーグルやマイクロソフトにはアメリカ全土から人材が押し寄せるが、彼らが経営の舵取りを任せたいのはインドの人材だ。

マイクロソフトのサティア・ナデラCEOはインドのハイデラバード生まれで、マニパル工科大学で電気光学を専攻した。この大学は、エンジニアの養成に特化している。グーグルのCEOであるサンダー・ピチャイは、インドのタミル・ナードゥ州の2部屋しかないアパートメントで育ち、西ベンガル州にある工科大学で冶金学を専攻した。

いまや、野心あふれる若者がインドを離れる理由は少なくなりつつある。バンガロールはインドのシリコンバレーとなったのだから、そこに行けばインドのITブームにあやかろうとする投資家に出会うことができる。

アメリカを除けば、バンガロールはITで次の大ヒットを探しているベンチャー投資家がいちばん集まる場所といっても過言ではない。

しかし、実のところ、インドはまだそこまでのレベルに達していない。

この10年でeコマースが成長し、インドにもフリップカートというネット通販サイトが誕生したが、その価値はアマゾンやアリババの足元にも及ばない。

インドのネット通販市場は、アマゾンとアリババがしっかりと手綱を握っているのだ。

外注の定番となっているお決まりのITサービスについては、しばらくはインドのニッチ産業のままだろう。

とはいえ、外注産業は光の速さで変化を遂げている。クラウドコンピューティングやデジタルサービスの登場により、ビジネスの成長にITが担う役割のとらえ方が変わった。

企業は、より価値の高いサービスや独創的なサービスを求めている。

大手のコンサルティング企業はそうしたサービスへの投資に重点を置いているが、それには数少ない高度な専門知識を持つ人材が必要になる。

インドはこうした需要に遅れずについていかないといけない。

また、インドではコスト軽減と賃上げの要求が同時に起きている。エンジニアはひと晩で育たないので人材には限りがある。

それに気づいたエンジニアたちは、賃上げを要求し始めている。インドはもう、賃金がかなり安い国ではなくなった。要は、中国で製造業の労働者が賃上げを求めたのと同じ話だと思えばいい。賃上げ要求は、経済発展の副産物なのだ。

インドのIT産業は、将来的に現在とまったく様変わりして、効率化がさらに進むだろう。そもそも会社を興すのに人員はそれほど必要としないが、今後さらにその数は少なくなるかもしれない。

そうなれば、世界一といっても過言ではない経済格差がますます広がりかねない。IT産業はインド経済の8パーセントを担うが、そこで働く人たちの稼ぎは、実際に生み出している価値とは雲泥の差だ。

公式な数字によると、IT産業で働く人の数は、労働人口4億6000万の1パーセントにも満たない。インドの人口は13億で、世界の生産年齢人口の5分の1がインドに暮らし、その割合は増え続けている。

人口の増加についていくだけで、毎月100万をプラスした数の雇用を生み出す必要がある。にもかかわらず、2016年以降、大手IT企業は雇用を抑えるようになった。

インド独自のレシピは、もうひとひねり加える必要があるのかもしれない。

ITはインドにギガヘルツ級のスピードで繁栄をもたらしているが、インドに暮らす人全員がその恩恵を受けているわけではない。

開発がひどく遅れている国に、非常に豊かな新中流階級がごくわずかながら生まれたのは確かだ。だがそれでは、アルジュンが貧困から抜け出すことも、インド経済がプレミアリーグ入りすることもかなわない。

IT産業の成功で露呈したインド経済の二面性

IT産業だけでは、国民を養えない。

インドが求めるドルは確実に国内に流れ込んできているが、さまざまな産業にドルを引き寄せないと、IT関連以外の雇用は生まれない。

時として、伝統的なレシピが時代を超えて定番のレシピとなるのには理由がある。

ひとひねりを加えて功を奏することもあるが、レシピに従ったほうが確実性の高い結果が手に入る。たしかに、世界で標準となっているレシピは不平等をもたらすが、インドが独自のレシピをつくったところで、さらに苦い結果を招くだけかもしれない。

いずれにせよ、インドのレシピはまだ道半ばで、これから紹介するように、完成に向けてさらなる取り組みが進められている。

IT産業の成功により、インド経済の奇妙な二面性が露わになった。

バンガロールはITの最先端の地かもしれないが、国内のほかの地域にその影響は見受けられない。

世界経済フォーラムの調査によると、インドでは15パーセントの世帯にしかインターネット環境が整っていないという。しかも、ネットを使う人の5分の4は、携帯機器を通じてネットにアクセスしている。

つまり、スマートフォンを買う余裕のある都会のエリートが大半を占めるということだ。

都会を離れれば、インターネットへ接続できる環境は皆無に近い。インド半島の近隣諸国もそれは同じだが、開発途上国のインターネットの平均利用者数は5人に2人なので、インドのほうが遅れをとっている。

では、なぜそれが問題なのか?

世界銀行の計算によると、低所得国のインターネット利用率が75パーセントまで増えれば、世界の収益が2兆ドル増加し、1億以上の雇用が新たに生まれるという。

インターネット環境の整備によってできるようになることは、ソーシャルメディアやちょっとした買い物だけではないからだ。

インドでネットを使っていると、なかなかつながらずに苦労することがある。デジタルインフラがしっかり整っていない場所になると、接続に恐ろしく時間がかかる。

インドでブロードバンド回線を引いている世帯は5パーセントしかない。また、世界第2位のスマートフォン市場だというのに、実際に使うことができる人はごくわずかだ。

10億人が携帯機器を持っているが、通話が途切れる、通信環境が整っていない地域が点在する、といった問題のせいで、機器があっても満足に使えないのだ。

インドの人たちにとっての携帯機器は、コミュニケーションツールというよりステータスの象徴なのだ。

低コスト機器、とくに安価なスマートフォンを導入すれば、開発途上国は一足飛びで時代に追いつくことができる。スマートフォンには、農家向けのアプリからネットバンキングまで、成功のレシピの完成をスピードアップさせうるものが詰まっている。

新しい市場が開け、これまで想像もしなかった形の経済活動を行うことが可能になるだろう。

片田舎で農業を営むアルジュン・クマールにとって、裕福になるか貧しくなるかを決めるのはテクノロジーかもしれない。

テクノロジーには、天候や物流の問題を解決し、農産物を市場に届けられるようにする力がある。もちろん、その力を利用するにはお金がかかり、アルジュンが支払えない額が必要になることもある。

とはいえ、ここは5ドルのスマートフォンを開発した国なので、国民のニーズを把握して満たす意欲もノウハウも十分にある。

たとえば、バンガロールの新興企業から、天候の変化や作物の生産高と品質を予測し、必要に応じて警告を発する農家向けのツールが生まれた。また、環境に優しい農薬や肥料、灌漑設備の水量を測定してコントロールできる高性能な機械を開発した企業もある。

インドの農家に必要なのは、進むべき道の提示だ。

インド政府は近代化を進めていて、ごく一部の人ではなく国民全員がITを活用できるようになることを目指している。

2015年、前年に首相となり、シリコンバレーの経営者とも親しいナレンドラ・モディは、Wi-Fiエリアの拡大や電子機器製造をはじめとする9つの目標を発表した。

そして、生まれ故郷を思いやったのか、グーグルのCEOはインドの500の駅にWi-Fi環境を、マイクロソフトのCEOは50万の村人に安く使えるブロードバンド環境を整備すると約束した。

歓迎する声があがる一方、インドがまた西洋の植民地にされる(デジタルを通じて支配される)のではないかと疑う声もあった。

いずれにせよ、そうした取り組みを進めていくことが、これから先インドの成功のカギとなるだろう。

一方、農家や卸売業者は、インターネットを通じて価格の比較や設定をどこにいても行えるようになった。また、デジタルウォレットなどスマートフォンで決済できるサービスの利用が飛躍的に増えていることを受けて、政府はアルジュンのような農家の利便性が高まる後押しをしたいと考えている。

THE ALMIGHTY DOLLAR 1ドル札の動きでわかる経済のしくみ
ダーシーニ・デイヴィッド(Dharshini David)
エコノミスト、キャスター。イギリスのHSBC投資銀行の立会場でエコノミストとして働いていたときにBBCにヘッドハンティングされ、BBC1の「テン・オクロック・ニュース」「パノラマ」、BBCラジオ4の「トゥデイ」などのキャスターを務めた。2009年からイギリスのニュース専門チャンネル「スカイ・ニュース」でシティの中心から経済情報を日々伝えるようになり、「スカイ・ニュース・トゥナイト」のキャスターを務める。

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