人的資本とレバレッジ
借り入れを用いて投資元本をふくらませることを「レバレッジを掛ける」と言うが、先の大学教授の280%のリスク資産投資、つまり保有退職資産額の180%におよぶレバレッジには、「本当にそれでいいのか?」と訝(いぶか)しく思う読者がいらっしゃるかも知れない。
「借金」というと聞こえが良くないが、事業会社にあっては、そもそも事業を始めるために、あるいは成長を加速させるために、さらには自己資本に対する利益の効率を高めるために、借金して投資することは必ずしも悪くないし、時には推奨されるし、最近では経営として褒められる場合もある。
借金による投資は必ずしも悪くないと筆者も思う。大まかに言って、(1)無理なく返済でき、(2)リスク・リターンを考慮した上で十分有利な投資先があり、(3)金利が十分低く、(4)金利上昇のリスクを十分吸収できる、といった条件を満たす借金は、企業にあっても個人にあってもおおむね「いい借金」と考えていいだろう。
本題から外れるが、教育投資のメリットを享受するのは教育を受けた本人だから、親ではなく、本人が将来の奨学金返済負担の形で教育費の一部を負担することは受益と負担のバランスを考えてみると割合フェアかも知れない。子供の奨学金のおかげで、親の老後への備えを手厚くする機会が増えるのだとすると、トータルで親子を見た場合の損得は悪いものではない。
無利子ないし低利で借りられるような奨学金は、教育投資で人的資本の価値を上げられるのであれば、少なくとも「使っていい借金」だろう。本人あるいは親に潤沢な人的資本があれば、将来十分な収入が生じるようになっても返済を急がずに資金を投資に回してもいいかも知れない。
奨学金同様に個人が比較的低利で資金を借りることができる住宅ローンが「いい借金」なのかどうかは、多くの場合購入する住宅の条件(最も大切なのは「投資の価格」としての住宅価格)と住居に関する本人の人生の事情によるだろう。
大きな人的資本に確信があるとしてだが、例えば住宅ローン並みの金利で調達した資金で行うことが可能なら、株式のインデックス・ファンドやREIT(不動産投資信託)などへの投資を検討するのは悪くない選択肢になる場合があると思われる。
加えて、レバレッジを掛けたと同等の効果を提供する金融商品が存在する。例えば、レバレッジの掛かった公募の投資信託やETF(上場投資信託)、上場や店頭を含めた各種のデリバティブ商品で運用することは、実質的に借金を利用してレバレッジを掛けたリスク資産投資と同じであるので、「実質的な借金の金利条件はどのようなものか」を把握した上で十分有利だと判断ができる。そのため、「自分の人的資本の大きさに十分余裕がある」と自信を持って言える場合についてだが、投資を検討してもいいと筆者は思う。
例えば、若くて健康で良い収入の定職があるサラリーマンなら、運用資金が不十分な場合に、実質的にレバレッジを使う商品を対象にして投資してみてもいいのではないかということだ。
ただし、頻繁にロールオーバーが必要なものは年当たりのコスト(追加的な金利に相当する)が高く付くし、ハンドリングも煩雑(はんざつ)でミスをするリスクもあるので、お勧めしない。じっと買い持ちできるようなタイプの商品が好ましい。