はじめに
米国では、08年の金融危機に伴い雇用が大幅に喪失された後、10年以降は労働市場の回復基調が持続している。労働市場の代表的な指標である非農業部門雇用者数が統計開始以来最長の増加期間となったほか、失業率が一時50年ぶりの水準に低下するなど労働市場の「量」の改善が顕著である。さらに、イエレン前FRB議長が労働市場の「質」を判断する上で重視した指標も軒並み大幅な改善を示しており、米労働市場は「質」の改善を伴いこれまで経験したことのない回復の可能性を示唆している。
一方、労働市場の回復長期化に伴い、労働力不足が深刻化している。これまでも製造業や建設業の熟練労働者の不足が指摘されていたが、中小企業でも人材の確保が困難となっており、労働力不足の業種や技能レベルの範囲が広がっているとみられる。このため、労働力不足によるビジネスへの影響が懸念されている。
本稿では、米国の労働市場の足元の状況と今後の見通しについて論じた。結論から言えば、米景気拡大が景気循環の観点から最終局面に近づいていると判断される中、労働供給制約が米景気に水を差す可能性がでてきたというものだ。
労働市場はこれまで経験したことのない回復を示唆
●(雇用ヘッドライン):雇用者数は統計開始以来最長の増加、失業率はおよそ50年ぶりの低水準
非農業部門雇用者数は、10年10月から19年1月まで統計開始以来最長となる100ヵ月連続で増加している(前掲図表1)。また、雇用増加数は19年1月が前月比30.4万人増と、好調とされる20万人を大幅に上回り、力強い増加が続いている。
また、失業率は18年9月から11月にかけて3.7%と1969年以来およそ49年ぶりの水準に低下した。その後、1月は昨年12月からの連邦政府機関の一部閉鎖の影響もあって4.0%に上昇したものの、依然として低水準を維持している。
●(広義・長期の失業率):金融危機前を下回る水準に低下
イエレン前議長は、労働市場の「質」を判断するための指標として、周辺労働力人口(1)や経済的理由によるパートタイマー(2)、長期失業率、労働参加率、賃金上昇率などを重視した。
広義の失業率(U-6)は、通常の失業率(U-3)の推計に使われる失業者数に加え、周辺労働力人口や経済的理由によるパートタイマーも加味した失業率である。周辺労働力人口や経済的理由によるパートタイム労働者は雇用環境の悪化によって増加するとみられているため、広義の失業率は失業をより広く捉えるための指標である。
広義の失業率は、金融危機後に17%超まで上昇した後、19年1月は8.1%と金融危機前の水準に低下している(図表2)。内訳をみると、周辺労働力人口が167.5万人と金融危機後のピーク(11年1月)の280万人から減少したほか、経済的理由によるパートタイマーも514.7万人と同ピーク(10年9月)の920万人から大幅に減少しており、いずれも金融危機前の水準に回復している。
次に、失業期間が27週以上の長期失業率は、19年1月が0.8%と金融危機後のピーク(10年4月)で統計開始以来最高となった4.4%を大幅に下回っているほか、失業者全体に占める長期失業者のシェアも19.3%と同ピーク(10年4月)の45.5%を大幅に下回った(図表3)。長期失業率、シェアともに金融危機前の水準に回復している。
長期失業者の増加は、自身が持つ労働スキルの陳腐化によって職探しが益々困難になることが指摘され、金融危機後には非常に問題視されていたが、最近はFRB関係者から長期失業問題への懸念は聞かれない。
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(1)職に就いておらず、過去4週間では求職活動もしていないが、過去12カ月の間には求職活動をしたことがあり、働くことが可能で、また、働きたいと考えている者。
(2)フルタイムの仕事を希望しているにもかかわらず、パートタイムで働いている労働者の内、パートタイムで働く理由を、事業環境の悪さやパートタイム労働しかみつからない等としている労働者。
●(求人統計):求人数が統計開始以来はじめて失業者数を上回る
雇用動態調査(JOLT)統計では、求人数が増加する一方、失業者数が低下したことから、18年4月以降は求人数が失業者数を概ね上回る状況となっている(図表4)。JOLT統計は00年から公表されているが、求人数が失業者数を上回るのは統計開始以来はじめてである。
また、雇用環境が好転することにより上昇する傾向がある自己都合離職率(3)も10年以降上昇基調が持続しており、18年12月は2.3%と05年以来の水準となった。JOLT統計からは職探しが容易になっている状況が伺われる。
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(3)離職者のうち、辞職による離職者数の雇用者数に対する割合。
●(新規失業保険申請件数):統計開始以来最長となる206週に亘り30万件を下回る
失業保険新規申請件数は直近(2月9日の週)が23.4万件となったほか、4週移動平均が23.2万件となった(図表5)。新規申請件数は18年9月の20.7万件を底に小幅に上昇している。
もっとも、新規申請件数は30万件を下回ると労働市場が強いと判断されており、同件数は15年3月から206週連続で同水準を下回っている。これは1967年の統計開始以来最長である。
また、失業保険の継続受給者数は177.3万件となったほか、4週移動平均が175.0万件となっており、こちらも73年12月以来およそ46年ぶりの低水準に留まっている。米国の生産年齢人口(16歳以上)は、1960~70年代に比べて1億人以上増加しているため、継続受給者数は人口対比で如何に低水準となっているか分かる。
●(労働参加率、賃金):労働需給の逼迫を反映し、賃金上昇率が加速
労働参加率(4)は、高齢化に伴い趨勢的に低下する傾向があるため、労働市場の循環的な強さをみる上では、働き盛りでプライムエイジと呼ばれる25~54歳の労働参加率をみることが有用である。
同労働参加率は、雇用ヘッドラインが10年から回復しているのと対照的に、金融危機以降、15年9月の80.6%まで低下基調が持続し、回復が遅れていた(図表6)。その後は上昇に転じ19年1月には82.6%となったものの、依然として金融危機前の水準を僅かに下回っている。
男女別では、女性が76.0%と金融危機前を上回ったものの、男性が89.4%と金融危機前を下回っている。これまでみたように労働市場関連の多くの指標が金融危機前の水準に回復している一方、労働参加率の回復は鈍い。プライムエイジ男性の労働参加率の回復が遅れている要因については様々な指摘がされているものの、18年6月の基礎研レポート(5)で指摘したように、米国で蔓延する麻薬性沈痛薬であるオピオイド中毒などの構造問題が影響している可能性がある。
一方、回復が捗捗しくなかった賃金も、17年後半以降は上昇率に顕著な加速がみられる。雇用統計における時間当たり賃金(前年同月比、3ヵ月移動平均)は、18年8月以降3%超を維持しており、09年以来の水準に回復している(図表7)。また、高齢化など人口構成のバイアスを調整した賃金追跡指数(前年同月比、3ヵ月移動平均)や、賃金・給与に給付金などを含めた包括的な賃金指標である雇用コスト指数(前年同月比)も同様の傾向を示しており、金融危機前の水準には達していないものの、回復基調が持続していることが確認できる。
雇用環境の改善に加え、次章でみるように労働力不足が深刻化していることから、労働需給の逼迫を背景に賃金上昇率の加速は継続する可能性が高い。
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(4)生産年齢人口(16歳以上の人口)に対する労働力人口(就業者数と失業者数を合計したもの)の比率。
(5)「米国の働き盛りを蝕むオピオイド―プライムエイジの労働参加率低下の主因か」(18年6月29日)https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=58955?site=nli