「技術の棚卸し」をし、ロマンティシズムを持つ社員を生かす

古森重隆,佐藤英志,対談
(画像=THE21オンライン)

江上 しかし、デジタルカメラ事業が急速に伸びても、フィルムの売上が急減した穴は埋めきれませんでしたか。

古森 デジタル製品は、さまざまな技術のすり合わせが求められるアナログのフィルムと違って、ブラックボックスが少なく、技術による差別化が難しい。そうなると技術ではなく価格競争となる。当時主流となりつつあったコンパクトデジタルカメラにもそのような傾向がありました。想像通り、激烈な価格競争が起こり、デジタルカメラの価格は、毎年下がり続けました。利益はどんどん削られ、フィルム事業の穴を埋めるどころではありませんでした。

現在は、高級ミラーレスカメラに注力し、他の追随を許さない高画質を実現した製品を提供してこの分野をリードしています。当社には、「記憶色」と呼ばれる人々の記憶に残る鮮やかな色を再現する技術など、写真フィルムで蓄積してきた色再現のノウハウ・画像処理技術があります。色の再現力において、我々にかなうメーカーは無いと自負しています。

江上 古森会長は、そんな激動のさなかにあった2000年に、社長に就任されたわけですね。

古森 はい。このままでは生き残れないと考え、就任直後から多角化に着手しました。

もともと多角化は、創業当初から取り組んでいたことです。多様な技術を必要とする写真フィルムの技術を横展開して、医療用X線フィルムやオフセット印刷に使うPS版、ビデオテープなど、幅広い製品を開発してきました。そうしていくつもの柱をつくってきたことが、経営の安定につながってきたのですが、今回はフィルムに代わる大きな柱を育てなければなりません。

江上 そこで「技術の棚卸し」をおこなったそうですね。

古森 自分たちの技術が生きない分野に参入しても、絶対に成功しません。そこで、就任早々、自社が保有している技術をすべて棚卸しし、他社との比較も含めて整理するよう、指示しました。

1年半かけて技術を洗い出した後は、「アンゾフのマトリクス」※を少し応用し、どの分野に注力すべきかを考えました。具体的には、「新規市場×新規技術」「新規市場×既存技術」「既存市場×新規技術」「既存市場×既存技術」の4つの象限で注力すべき事業分野を整理しました。

江上 その結果、化粧品や医薬品という結論にたどりついたわけですね。

古森 化粧品に着目したのは、理詰めだけでなく、社内の一部の人間のロマンティシズムもありました。昔から「化粧品をやりたい」という人間が社内にいたんですね。小説のなかでは「戸越」という名前になっていましたが、化粧品プロジェクトの責任者を務めた社員は、まさにそういう人物でした。

江上 本作では、戸越の他、悠人や磯江、大野、鎌田といった、熱い気持ちを持った登場人物が活躍しますが、実際、情熱のあるメンバーが複数いたそうですね。

古森 そうですね。これまで、有用でありながら実用化が難しかった素材を用いた機能性化粧品「アスタリフト」の開発には、我々がフィルムで培ってきた技術を応用することで、難しい課題を解決することができました。「なんとなくできそう」という程度の甘い考えでは、新規事業はうまくいきません。情熱を持った社員がいたからこそ、「フィルムメーカーが化粧品をつくる」という前代未聞のチャレンジを成功に導けたのだと思います。

※「アンゾフのマトリクス」:「製品」と「市場」をそれぞれ「新規」と「既存」に分け、四象限に分類すること

合言葉は「NEVER STOP」

江上 本作で取り上げた「アスタリフト」(作中では「アスタラブ」)を2007年に世に送り出した後も、さまざまな新製品を生み出し続けていらっしゃいますね。

古森 まず、「アスタリフト」シリーズでいえば、抗酸化成分であるアスタキサンチンを配合した製品のほかにも、新しい製品を開発してきました。化粧品に使うのは難しいとされていた、トマトに含まれる「リコピン」を配合した製品や、うるおいの鍵を握る「ヒト型セラミド」をナノ化して配合した製品などがその一例です。これらは、いずれも、フィルム製造で培ったナノテクノロジーがあるからこそ実現できたものです。

一方、医薬品に関しても、新型インフルエンザに効果があるとして、2014年に製造販売承認を受けた抗インフルエンザ薬「アビガン」が、日本で国家備蓄されました。また、再生医療の分野でも、日本で初めて再生医療製品として承認された自家培養表皮「ジェイス」と、ひざの治療に用いる自家培養軟骨「ジャック」を販売しています。

江上 御社の医薬品や再生医療に関するニュースを、新聞などで見るケースが増えてきたと感じます。

古森 まだ有効な治療薬がない、「アンメットメディカルニーズ」の高いアルツハイマー病やがんの領域で有望なパイプラインがいくつかあります。また、抗インフルエンザ薬「アビガン」は、エボラ出血熱やマールブルグ熱などの恐ろしい伝染病にも有効と期待されています。

化粧品と同様に、医薬品も、写真フィルムとは何の関係もなさそうに見えて、実はフィルムのノウハウが応用できる部分がたくさんあります。たとえば、バイオ医薬品は、精密な生産管理ができないと生産できないのですが、我々のカラーフィルムの生産管理技術が応用できるのです。カラーフィルムの製造には、例えば品質を左右するCMY(C〈シアン〉、M〈マゼンタ〉、Y〈イエロー〉)のカラーバランスを保つための精密な物質制御技術など、さまざまな技術が求められます。精密にフィルム性能をコントロールし、無欠陥で生産していく技術もその一つです。厳しい生産管理が不可欠なので、その生産で鍛えられてきたのですね。

江上 医薬品に関しても、もともとのフィルム技術を生かして、他社とは異なる独自の発展が期待できそうですね。

古森 技術の棚卸しで再認識したことですが、弊社には多種多様な技術があります。会社の余裕があったフィルム全盛期に、すぐに役に立つかはわからない研究をすることも許容していたことで、多くの技術が蓄積されました。これらの技術は、今後も、必ず生きてくると考えています。

江上 最近では「NEVER STOP」というグローバルブランディングキャンペーンを始められましたが、どういう思いを込められているのですか。

古森 振り返れば、我々は写真フィルムにおいては世界一であったコダックというライバルとの戦いでも、常に歩みを止めず、走り続けてきました。デジタル化で写真フィルムの需要が急減したときにも、立ちすくむことなく前進してきました。業態転換を進め、危機を乗り越えた今も、ここで止まってはいけない、進み続けるぞという気持ちを込めたのが、この「NEVER STOP」です。

我々は何のために存在するのかといえば、製品を通じて世の中に新しい価値を提供するためです。そのためには、技術を磨き、イノベーションを起こし続ける必要があります。立ち止まることなくイノベーションに挑戦し続ける「NEVER STOP」の姿勢を社内にさらに徹底させ、イノベーティブな製品を作り出していきつつ、社外の皆さまにも当社のあり方をご理解いただければ、と考えています。