シンカー:昨年末の景気先行きに対する不安感とそれによるバリュエーション調整は落ち着き始めている。リスク資産価格の回復が続く中、マクロ指標でもサービス業を中心に経済活動の堅調さが引き続き確認されている。その中、主要国の中央銀行はしばらくは「忍耐強く」なることを明確にし、ハト派的なスタンスを維持し中、様子見姿勢が続いている。大幅なインフレ加速など、明確な景気過熱のシグナルが確認され限り、更なる金融政策の引き締めには踏み切らない姿勢も維持しているようだ。ただ、緩和的な金融政策の長期化で循環的な景気減速局面に入る前にどの程度の政策の準備ができるかも意識しているようだ。マーケットでは低金利環境の長期化期待が強まる中、リスク資産価格を押し上げている。ゴルディロック相場が復活しているとの見方も出始めているなか、どの程度の景気拡大やインフレ加速で中央銀行関係者が金融政策を引き締めへと政策スタンスを再度変更し、マーケットがその動きを資産価格に織り込み始めるかが今後の注目だろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

金融政策見通しの変要

FRBは1月のFOMC声明やFOMC参加者の講演やメディアへを通じて、しばらくは「忍耐強く」なることを完全に明確にしている。追加利上げのハードルは、1月FOMC声明で劇的に高くなっただろう。「忍耐強く」が示す内容について、FOMC参加者のハト派、中立派、タカ派が揃って同じことを話している。これは印象的なことで、利上げに関するFRBの再転回が、すぐには発生しないと示しているだろう。FRBが景気見通しにますます慎重になっており、特に、過去の利上げが経済に及ぼす影響を見極めたいと語っていた委員もいることから、利上げは少なくとも年央まで小休止が続くと見込んでいる。FOMC参加者たちは今後の政策パスについて公約あるいは公言をしていないとはいえ、たとえ1回でも年内利上げを主張することには、余りにも無理があるだろう。また、米国のリセッションリスクが高まる中、SG予想では米国経済は年後半から減速する可能性があると見ており、そのような状況でFRBは利上げに踏み切れな可能性は小さく、メインシナリオは2019年に利上げは無いと考える。

足許の景気の弱さとブレグジットや中国の景気減速懸念などのリスクの高さを考えると、ECBが今後数カ月にTLTRO3を発表する可能性があるだろう。3月のECB理事会は、それが正式に議論される初の機会になるだろう。また、「(金額無制限ではないにせよ)TLTRO3が6月までに実施される」という何らかのシグナルが出ると見込んでいる。政策金利に関しては、引き続き、2019年12月に預金金利のみに15bpの利上げ、その後3月に全ての政策金利に25bpの利上げが実施されるとみている。その後は米国のリセッション入りにより、追加利上げは停止する見込みだ。

2020年まではグローバルな景気・マーケット動向の不確実性と特殊要因による物価の下押し圧力が残り、実質GDP成長率と物価上昇率に持続的な加速感がみられず、リスク判断の中立化は遅れるだろう。信用サイクルを示す日銀短観中小企業貸出態度DIに大きな悪化はなく、超低金利政策の長期化で金融機関の体力消耗という副作用は今のところ大きくなっていない。日銀は長期金利の誘導目標の引き上げはマーケットの予想より余裕をもって行えると考えているようだ。日銀はフォワードガイダンスで、日銀が金融緩和の早期出口論を封じる形は継続するだろう。2020年に日銀が長期金利の誘導目標を引き上げることはなく、オリンピック後の景気減速が大きくないことを確認し、安倍首相が自民党総裁任期満了を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばに引き上げが行われることになるだろう。

PBoCは景気減速を避けるために緩和を行いながらも、金融規制の見直しを続けていくだろう。景気後退懸念が高まる中、RRR(預金準備率)引き下げを行ったが、さらに金融システミック・リスクの回避のために複数のツールを使い追加緩和政策を行う可能性がある。全人代では貿易戦争懸念とFRBとPBoCの金融政策の違いにより、人民元への低下圧力は続くだろう。

BOEのカーニー総裁を含むMPC参加者はブレギジットを控える中、EUとの合意に達していない状況に危機感を強めているようだ。「ブレグジットに伴う混乱が完全に影響するため、バランスは下方に強く傾いており、現時点で政策を引締めることは全く愚か」という結論に達しているようであり、MPCが今後利上げに踏み切るハードルは高まっているようだが、政策の引き締めスタンスは維持しているようだ。

米国(Fed)

●FFレート(2月末時点:2.25%-2.50%):

予想:2019年に利上げは見送られるだろう

FRBは1月のFOMC声明やFOMC参加者の講演やメディアへを通じて、しばらくは「忍耐強く」なることを完全に明確にしている。追加利上げのハードルは、1月FOMC声明で劇的に高くなっただろう。「忍耐強く」が示す内容について、FOMC参加者のハト派、中立派、タカ派が揃って同じことを話している。これは印象的なことで、利上げに関するFRBの再転回が、すぐには発生しないと示しているだろう。正確な時間軸を示してはいないが、カプラン氏、ブラード氏、エバンス氏などは「少なくとも、年央いずれかの時点まで」と考えることがが適切とみられる、と述べていた。FRBが景気見通しにますます慎重になっており、特に、過去の利上げが経済に及ぼす影響を見極めたいと語っていた委員もいることから、利上げは少なくとも年央まで小休止が続くと見込んでいる。

確かに、FRB高官の一部は、忍耐強くなることを促す一方で、堅調な景気拡大(その結果、今年中に追加利上げが必要となる可能性がある)が基本線であることは変わらないと示している。FOMC参加者たちは今後の政策パスについて公約あるいは公言をしていないとはいえ、たとえ1回でも年内利上げを主張することには、余りにも無理があるだろう。

また、利上げ理由の一つでもあるインフレ動向に関しても、賃金上昇によるインフレ加速懸念がまだ弱いことや、基調的なインフレ上昇圧力が若干沈静化していることやFOMC参加者のインフレ判断が従来より弱まっていることから、利上げの必要性は弱まっていると考えられる。また、米国のリセッションリスクが高まる中、SG予想では米国経済は年後半から減速する可能性があると見ており、そのような状況でFRBは利上げに踏み切れな可能性は小さく、メインシナリオは2019年に利上げは無いと考える。

●バランスシート縮小(2月時点:約3.771兆円)

予想:年内のバランスシート縮小停止の可能性が高まっている

FRBはバランスシート正常化に関して1月のFOMCで独立した声明を発表した。FRB声明のインプリケーションは、パウエル議長も述べたように「ポートフォリオ規模の正常化が、従来推定より早く、また規模が大きい状況で完了する」だろう。また、2月末に行われた、米議会上下院での議会証言でもFRBが年内にバランスシート縮小を停止する体制にあると発言しており、FOMC参加者も年内の縮小停止の可能性について言及している。

ニューヨーク連銀がプライマリーディーラーを対象に行ったアンケートでは「2021年末のバランスシート規模をどう見込むか」の回答が2018年3月時点では3-3.5兆ドルが51%、3.5兆-4.0兆ドルはわずか18%だったが、2019年1月時点では、3兆-3.5兆ドルのレンジが36%に低下する一方、3.5兆-4.0兆ドルのレンジは34%に上昇している。

●FOMCメンバー(2018年末時点で理事空席が2席)

予想:空席が残るがFRBの政策に大きな変化はないだろう

4月にFRBのコミュニティバンク担当理事に指名されたミシェル・バウマン氏は上院から承認され、11月からFOMCメンバーに加わった。一方で、2017年11月に理事へと指名を受けたマービン・グッドフレンド氏は未だ議会で承認されておらず、9月に指名されたネリー・チャン氏は今年に入って指名を辞退した。2019年からはFOMCで投票権を持つメンバーとして、よりハト派的な連銀総裁(セントルイス連銀のブラード総裁)とよりタカ派的なの連銀総裁(カンザスシティー連銀ジョージ総裁)が同時に参加したことで、FOMC参加者構成で政策スタンスが大幅にどちらかに傾くことは無いだろう。

ユーロ圏(ECB)

●金融緩和政策(TLTROが2019年6月で終了)

予想:ECBは3月・4月の会合でTLTROの議論が行われるだろう。再投資は初回利上げ後も長期間継続されるだろう

足許の景気の弱さとブレグジットや中国の景気減速懸念などのリスクの高さを考えると、ECBが今後数カ月にTLTRO3を発表する可能性があるだろう。その場合TLTRO3は、従来のTLTROより満期までの期間が短く(2-3年)、利用可能額は7,200億ユーロに留まり、ECBへの出資比率に応じて分配され、資金供給時のMRO金利と同じ固定金利になる可能性がある。企業や住宅ローンを除く家計への純貸出の増加が目標(1年間で1.25%の可能性)を超える場合、より低い金利が適用される(例えば、MRO金利を20bp下回るなど)可能性があるだろう。3月のECB理事会は、それが正式に議論される初の機会になるだろう。また、「(金額無制限ではないにせよ)TLTRO3が6月までに実施される」という何らかのシグナルが出ると見込んでいる。

新しいECBスタッフ予想ではセンチメントが安定の兆しが最近出てはいるが、2019年GDP成長率予測の大幅下方修正し、リスクは下方に傾いているという判断することになるだろう。ユーロ圏GDP成長率に関する現時点のコンセンサスは、2019年が1.3%、2020年が1.4%と、ECBの2020年予測も下方修正の可能性がある。政策担当者は欧州の潜在成長率を再検討することが必要だろう。しかしECBは潜在成長率が1.5%前後という見方(2017年に、1%前後から1.5%に既に上方修正)や、インフレ圧力は低いという見方を変えないと見込んでいる。また、総合インフレ率見通しも下方修正されるだろうが、弊社予測には達しないと見込まれる。コアインフレ率も、数10bp引下げられる可能性がある。だが2021年は楽観的な見通しが示され、政策正常化シナリオが生き残ることも考えられる。

●政策金利(2月末時点:預金ファシリティ金利:-0.40%、リファイナンス金利:+0.00%、限界貸出金利:+0.25%)

予想:2019年12月には預金金利の15bpの利上げを行い、2020年3にすべての政策金利の25bpの利上げに踏み切るだろう

ECBが今春に解決すべき他の重要な問題は、金利のフォワードガイダンスに関連するものだろう。2018年6月には意図的にあいまいなままにした「「2019年夏を通じて」金利を変更しない」をどう変更するかだろう。初回利上げを見込むことが出来るようになり、これがまだ現実的なのか否か市場に示すべき時期が近付いている。ECB予測の下方修正が見込まれることから、弊社は初回利上げが遅れると見込んでいる。ただ、延期幅は市場が現在織り込むほど長くならないとみている。ECBは3月に、初回利上げ時期を延長する可能性があるり、「2019年秋を通じて(金利を据え置く)」とガイダンスが変更される可能性があるだろう。

ドラギ総裁の任期が終わりに近づく中、初回利上げの時期が延長されると、、ECB新総裁が就任した2019年12月に初回利上げを行うかのうせいがある。理事会全体にとって、トップ変更だけで政策が変わりかねないという印象を残すことは、望ましくないかも知れないが、ECBが3月に、年内利上げの可能性を残すことになるだろう。

今後、ECBはどこかの時点で、金利フォワードガイダンスを発展させて、初回利上げ以降に見込まれる金利パスを述べることが必要になるだろう。経済活動を示すデータが徐々に回復するにつれ、正常化が今年後半にはアジェンダに復帰すると見込んでいる。その後は金利パスの急峻さが真の問題となり、ECBにフォワードガイダンスの発展を求めるだろう。流動性供給策と異なり、ECBにはこれに取組む時間が比較的多くあるだろうが、ドラギ総裁の任期終了までにある程度進展させることにも価値がある。

日本(日銀)

●誘導目標(2月末時点:長期金利(10年JGB)利回りを0.0%を中心に±0.2pp内で誘導)

予想:次の長期金利の誘導目標は安倍首相が自民党総裁任期満了を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばになるだろう

日銀が、「0%程度」の長期金利の誘導目標自体を引き上げでることができるための最も重要な必要条件は、展望レポートでの経済と物価のリスク判断が「下振れリスクの方が大きい」という下方から中立化されることである。2020年まではグローバルな景気・マーケット動向の不確実性と特殊要因による物価の下押し圧力が残り、実質GDP成長率と物価上昇率に持続的な加速感がみられず、リスク判断の中立化は遅れるだろう。信用サイクルを示す日銀短観中小企業貸出態度DIに大きな悪化はなく、超低金利政策の長期化で金融機関の体力消耗という副作用は今のところ大きくなっていない。日銀は長期金利の誘導目標の引き上げはマーケットの予想より余裕をもって行えると考えているようだ。

物価目標に向かうモメンタムが維持されない状況となれば追加緩和を検討するという黒田日銀総裁の2月23日の新聞インタビューにおける発言もあり、「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というフォワードガイダンスで、日銀が金融緩和の早期出口論を封じる形は継続するだろう。2020年に日銀が長期金利の誘導目標を引き上げることはなく、オリンピック後の景気減速が大きくないことを確認し、安倍首相が自民党総裁任期満了を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばに引き上げが行われることになるだろう。

●マイナス金利政策(当座預金のマイナス金利適用残高(約25兆円)に-0.1%のマイナス金利を適用)

予想:2%の物価上昇を達成する2022年に解除

日銀は長期金利の誘導目標を徐々に引上げ、長期国債の買入額は減少していく。日銀は2%の物価目標達成が確認でき、短期金利の引き上げに踏み切るのは、かなり先の2022年となろう。

中国(PBOC)

●政策金利(預金準備率(RRR):13.50%、7日間リバースレポレート目標:2.55%)

予想:緩和は既に始まっており、追加の緩和策も見込まれる

景気減速の懸念が高まる中、システミックな金融危機の回避がPBoCの優先事項の1つであり、そのためには、銀行にとっての比較的安定した流動性状況を維持する必要がある。RRRはすでに引き下げられ、信用拡大を支えるために、銀行間金利の低下が実施(誘導)される可能性もある。PBoCは更に800億元のMLF(中期貸出ファシリティ)の拡大にも踏み切った。

今後、さらに、様々なツール(リバースレポ、SLF/常設貸出ファシリティ)での緩和策を実施するかもしれない。民間および中小企業向けの貸出を支援する目的での追加緩和(再貸出割当ての拡大、MLF担保を拡大して対象となる民間債券を増やすなど)や、四半期MPA(マクロプルーデント評価)を通じた貸出インセンティブ民間銀行へのインセンティブ提供なども考えられる。その結果今年は、銀行融資伸び率が現状よりも高くなると弊社は見込んでいる。

3月5日からの全人代では中国経済の減速を抑えるために、財政・金融政策の両面からのサポート策が発表された。ただ、減税や料金引下げを通じた拡大的な財政政策も進められているが、効果が実感されるには比較的時間がかかるだろう。インフラ投資を通じた景気刺激策も拡大されるだろうが、地方政府のシャドー借入れに対する規制強化によって、規模が限定されることにもなろう。

●為替政策

予想:人民元は下落圧力を受けることになるだろう

FRBとPBoCの金融政策に差があること、市場が貿易戦争(への発展)を恐れていることが背景に挙げられる。PBoCは為替ボラティリティ上昇を許容する意向を示してはいるが、政策コミュニケーションと市場介入を通じた、人民元に対する強い下落圧力を緩和する取組みを今後も続けると見込まれる。米中貿易協議は合意に向けて進展しているが、万が一決裂しても、中国が報復手段として通貨切下げを使う可能性は、引き続き非常に低いと考えている。

英国(BOE)

●政策金利(2月時点:0.75%)

予想:次回の利上げは2019年11月だが、BoEが利上げに踏み切るためのハードルは高まっただろう

12月の政策会合で、MPCは予想通り政策金利を0.75%で据え置くを決定した。2月の政策会合でも政策据え置きが満場一致で決定された。カーニー総裁を含むMPC参加者はブレギジットを50日後に控える中、EUとの合意に達していない状況に危機感を強めているようだ。「ブレグジットに伴う混乱が完全に影響するため、バランスは下方に強く傾いており、現時点で政策を引締めることは全く愚か」という結論に達しているようであり、MPCが今後利上げに踏み切るためのハードルは高まっただろう。

2月の政策会合では新しいインフレ・レポート(経済・物価見通し)が発表され、予想は大幅に引き下げられた。引き下げ幅は2016年のブレギジット投票以来の下方修正され、新しい経済見通しでは2019年予想が1.2%(11月時点では1.7%)となった。また、英国経済がリセッション入りする可能性も高まったことが示され、インフレ上昇率も従来より緩やかになるとの見方に変わっきているようだ。ブレギジットに関しても、合意なき離脱となると、景気後退リスクは更に高まるリスクも意識されているようだ。ただ、中央銀行の政策ガイダンスは維持されていることから、利上げへのバイアスは引き続き維持されているだろうが、今後のブレギジットに関する進展などに対する様子見姿勢を強まったことも確認された。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司