シンカー:グローバルに中央銀行のハト派的スタンスは強まっている。Fedは年内の利上げ見通しが完全に消滅している。ECBは新しい流動性政策を打ち出し、また金利ガイダンスに関しても初回利上げ時期を延長することを示唆している。日銀もグローバルな景気・マーケット動向の不透明感により誘導目標引上げのタイミングが後ずれする見通しだ。政策関係者は昨年末からのマーケット・景気動向の不確実性で景気拡大サイクルがピークアウトするリスクが高まったと見ているようだ。今後、明確なインフレの加速を確認するまで、引き締め的な政策スタンスにシフトすることは無いだろう。ただ、足もとのマクロ指標は堅調さを取り戻し始めており、景気サイクルのピークアウトの可能性はここに来て低下しているかもしれない。堅調な内需が維持され、労働市場も逼迫した状態が続くと、インフレ圧力は想定以上に早く強まる可能性は高まるだろう。現在の景気サイクルの腰折れを過度に警戒し、インフレ加速のシグナル待ちの状態が長期化することは中央銀行のインフレ動向に対する政策運営がビハインド・ザ・カーブ的になるリスクを高めることになるだろう。
金融政策見通しの変要
月のFOMCで公表された新しいドットチャートは、年内の利上げが完全に消滅し、2020年も1回の25bpの利上げが実施される見通しとなった。また、2021年は利上げが全く実施されない見通しになっている。Fedは6ヶ月という短い期間で金利引き上げを進めていくというタカ派的なスタンスから、当面金利水準は維持されるというハト派的スタンスは変わった。弊社のメインシナリオは2019年に利上げ無しとしていたが、今回のFOMCの結果を受け、その可能性は相当高まったといえるだろう。
3月のECB理事会では、新しいTLTRO3に関する詳しい内容が、見込みよりも多く示され、プログラムの詳細も一部公表された。さらなる詳細は今後発表されるとされ、4月のECB理事会の可能性も十分にある。TLTRO3の詳細が発表されたと同時に、金利フォワードガイダンスは現在では「金利を今年中は変更せずに据え置く」と初回利上げ時期の延長を示唆す内容へ変更された。これ受け、弊社の予想は従来の2019年12月から2020年にかけての利上げの可能性はなくなり、「2021年よりも早く(ECBの)利上げが実施されることは無い」と見込んでいる。つまり、ECBは今サイクルでの利上げ機会を逸することになるだろう。
2020年まではグローバルな景気・マーケット動向の不確実性と特殊要因による物価の下押し圧力が残り、実質GDP成長率と物価上昇率に持続的な加速感がみられず、リスク判断の中立化は遅れるだろう。信用サイクルを示す日銀短観中小企業貸出態度DIに大きな悪化はなく、超低金利政策の長期化で金融機関の体力消耗という副作用は今のところ大きくなっていない。日銀は長期金利の誘導目標の引き上げはマーケットの予想より余裕をもって行えると考えているようだ。日銀はフォワードガイダンスで、日銀が金融緩和の早期出口論を封じる形は継続するだろう。2020年に日銀が長期金利の誘導目標を引き上げることはなく、オリンピック後の景気減速が大きくないことを確認し、安倍首相が自民党総裁任期満了を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばに引き上げが行われることになるだろう。
1月にRRRが対象無制限で初めて引下げられたことは、景気減速に対応して政策を緩和することを強く示した。民間セクターへの政策波及チャネルが傷んでいる中で、政策当局は、中小企業を含む民間セクターへの資金貸出しを支える緩和策を打ち出した。昨年の金融デレバレッジにより、債券利回りや短期市場金利は上昇したが、昨年秋以降の一連の緩和策を受けて、企業向け貸出金利は2018年Q4に低下、信用スプレッドも縮小し始めている。信用状況は回復しているが、信用サイクルの真の復調を弊社が確信するには、信用需要の回復が必要になるが、昨年10-12月きのPBoCサーベイでも引続き信用需要は弱いと示され、民間セクターの信用需要回復には時間がかかるだろう。
ブレギジットを控える中、EUとの合意案が議会で可決されない状況が続く中、「ブレグジットに伴う混乱が完全に影響するため、バランスは下方に強く傾いており、現時点で政策を引締めることは全く愚か」という結論に達しているようであり、MPCが利上げに踏み切るのは難しいだろうが、政策の引き締めスタンスは維持しているようだ。
米国(Fed)
●FFレート(3月末時点:2.25%-2.50%):
予想:2019年に利上げは見送られる可能性は高い
3月のFOMCで公表された新しいドットチャートは、年内の利上げが完全に消滅し、2020年も1回の25bpの利上げが実施される見通しとなった。また、2021年は利上げが全く実施されない見通しになっている。Fedは6ヶ月という短い期間で金利引き上げを進めていくというタカ派的なスタンスから、当面金利水準は維持されるというハト派的スタンスは変わった。Fedのメッセージは市場が織り込んでいたものよりハト派的なものになった。また、3月のFOMCで公表された経済・物価見通し(SEP)では経済成長の予想下方修正(2.3%から2.1%)され、インフレも政策目標の2%をオーバーシュートすることは完全に無いとの見通しが確認された。ただ、足もとでは一部のFOMC参加者からは利上げの必要は無いが利下げを行う必要も無いというメッセージも聞こえてきていることや、ドットチャートでもFOMC参加者が利下げはまだ生まれていないことから、利上げが休止した状態が当面続くだろう。弊社のメインシナリオは2019年に利上げ無しとしていたが、今回のFOMCの結果を受け、その可能性は相当高まったといえるだろう。
●バランスシート縮小(3月時点:約4.003兆円)
予想:5月から縮小ペースを減少し、9月には終了
FRBは、バランスシート縮小を終了させる計画について、詳細を多数示した。FRBは米国債保有の縮小を徐々に減速して、現在は300億ドルの(縮小額)上限を、5月から150億ドルに減額する。10月からは満期を迎えた米国債の全額を米国債に再投資する。一方で、9月終わりまでMBSの保有額を減らしていくことも発表した。10月からは満期を迎えたMBSを、月200億ドルを上限に米国債に再投資し、200億ドルを超える部分はMBSに再投資される。ただ保有MBSの減額は月平均150億ドル前後のため、上限にかかるのは数カ月に留まる可能性があるだろう。。FRBは、機関MBSの売却を制限することが長期的に正当化されるかも知れない、とも述べている。いずれにせよ、再投資計画は変更される可能性があり、。RBは、保有債券の長期的内訳は、決定を目指した作業の途中だと示唆している。
●FOMCメンバー(理事空席を埋める候補の議会承認待ち)
予想:2020年の大統領選を控え、景気が減速したときには責任を負わせる可能性があるだろう
2017年11月に理事へと指名を受けたマービン・グッドフレンド氏は未だ議会で承認されていない。また1月に指名を辞退したネリー・チャン氏の変わりに、ヘリテージ財団客員研究員のスティーブン・ムーア氏を理事に示した。ムーア氏はFRBの利上げに批判的なスタンスを示しており、直近では利下げに踏み切る必要性があるとの考えを示している。ただ、民主党が過半数を握っている米議会下院で承認されるかが不透明な状態は当分続くだろう。
2019年からはFOMCで投票権を持つメンバーとして、よりハト派的な連銀総裁(セントルイス連銀のブラード総裁)とよりタカ派的なの連銀総裁(カンザスシティー連銀ジョージ総裁)が同時に参加したことで、FOMC参加者構成で政策スタンスが大幅にどちらかに傾くことは無いだろう。また、FRB執行部に(比較的)最近加わったボウマン氏、クラリダ氏、クオールズ氏に加え、議長に指名されたパウエル氏は、2018年には利上げを支持していたが、ここに来てハト派的スタンスを強めている。ただ、トランプ大統領のFedに対する批判は続いており、2020年の大統領選挙戦中に景気が低迷すれば、誰かの責任にしたいと考えている可能性がある。
■ユーロ圏(ECB)
●金融緩和政策(TLTRO2が2019年6月で終了)
予想:新しいTLTRO3が9月から開始、更なる詳細は4月の理事会で発表される可能性がある。
3月のECB理事会では、新しいTLTRO3に関する詳しい内容が、見込みよりも多く示された。四半期ごとの資金供給が9月に開始され、2021年9月まで続き、期間はそれぞれ2年となる。また、金利はMRO(主要リファイナンスオペ)金利に連動し、貸出増加に対する何らかの追加インセンティブも与えられるだろう。さらなる詳細は今後発表されるとされ、4月のECB理事会の可能性も十分にある。
こうした策により銀行の資金調達が混乱することは回避され、最終的には信用拡大や信頼感改善がもたらされると見込まれる。TLTROの利用を長期化することでECBは、TLTROが満期を迎え始めたときに、比較的円滑なバランスシート縮小がより容易になるかも知れない。しかし、弊社見込みとは逆に需要が高水準の場合は、ECBは短期的にバランスシート拡大を受入れることになるが、これは量的緩和(QE)が最近終了したことを考えると奇異に映る。また、2020年の後半には、米国がリセッション入りするにつれて、ECBが民間セクターのQEプログラムを再開、一方でさらなる金利引下げと再度のPSPP(公的セクター買入れプログラム)も実施すると見込んでいる。
●政策金利(3月末時点:預金ファシリティ金利:-0.40%、リファイナンス金利:+0.00%、限界貸出金利:+0.25%)
予想:2021年より早く利上げが実施されることは無いだろう
ユーロ圏景気の減速が深刻かつ持続的だったため、ECBは1月に、景気見通しに対するリスクが「比較的バランスしている」から「下方(に傾いている)」に変わったことを認めた。こうしたリスク評価の変化は、3月のECBスタッフ経済見通し下方修正に反映された。このような状況を踏まえ、TLTRO3の詳細が発表されたと同時に、金利フォワードガイダンスは現在では「金利を今年中は変更せずに据え置く」と初回利上げ時期の延長を示唆す内容へ変更された。これ受け、弊社の予想は従来の2019年12月から2020年にかけての利上げの可能性はなくなり、「2021年よりも早く(ECBの)利上げが実施されることは無い」と見込んでいる。つまり、ECBは今サイクルでの利上げ機会を逸することになるだろう。
日本(日銀)
●誘導目標(3月末時点:長期金利(10年JGB)利回りを0.0%を中心に±0.2pp内で誘導)
予想:次の長期金利の誘導目標が安倍首相が自民党総裁任期満了を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばになるだろう
日銀が、「0%程度」の長期金利の誘導目標自体を引き上げでることができるための最も重要な必要条件は、展望レポートでの経済と物価のリスク判断が「下振れリスクの方が大きい」という下方から中立化されることである。2020年まではグローバルな景気・マーケット動向の不確実性と特殊要因による物価の下押し圧力が残り、実質GDP成長率と物価上昇率に持続的な加速感がみられず、リスク判断の中立化は遅れるだろう。信用サイクルを示す日銀短観中小企業貸出態度DIに大きな悪化はなく、超低金利政策の長期化で金融機関の体力消耗という副作用は今のところ大きくなっていない。日銀は長期金利の誘導目標の引き上げはマーケットの予想より余裕をもって行えると考えているようだ。
物価目標に向かうモメンタムが維持されない状況となれば追加緩和を検討するという黒田日銀総裁の2月23日の新聞インタビューにおける発言もあり、「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というフォワードガイダンスで、日銀が金融緩和の早期出口論を封じる形は継続するだろう。2020年に日銀が長期金利の誘導目標を引き上げることはなく、オリンピック後の景気減速が大きくないことを確認し、安倍首相が自民党総裁任期満了を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばに引き上げが行われることになるだろう。日銀はフォワードガイダンスを変更し、オリンピック後まで誘導目標を含む現行の緩和政策を維持するとのコミットメントを示す可能性もあるだろう。
●マイナス金利政策(3月末時点:当座預金のマイナス金利適用残高(約25兆円)に-0.1%のマイナス金利を適用)
予想:2%の物価上昇を達成する2022年に解除
日銀は長期金利の誘導目標を徐々に引上げ、長期国債の買入額は減少していく。日銀は2%の物価目標達成が確認でき、短期金利の引き上げに踏み切るのは、かなり先の2022年となろう。
中国(PBOC)
●政策金利(3月末時点:預金準備率(RRR):13.50%、7日間リバースレポレート目標:2.55%)
予想:は緩和的な流動性状況を維持するが、信用サイクルの回復には時間がかかるだろう。
今回の緩和サイクルで、1月にRRRが対象無制限で初めて引下げられたことは、景気減速に対応して政策を緩和することを強く示した。弊社は、PBoCがRRR(預金準備率)の追加引下げを実施すると見込んでいる。既存MLF(中期貸出ファシリティ)の置換えのほか、流動性を提供して銀行間金利や国債利回りを引下げることが目的になる。7日物リバースレポや、その他のPBoC流動性ツールの金利小幅引下げも、可能性は非常に高いとみられる。
民間セクターへの政策波及チャネルが傷んでいる中で、政策当局は、中小企業を含む民間セクターへの資金貸出しを支える緩和策を打ち出した。再貸付割当の増額、MLF担保の拡大(対象となる民間債券を増やす)、四半期ベースのマクロプルーデント評価を通じた銀行への貸出インセンティブ提供などである。政策当局も銀行に対し、中銀スワップで資本を拡充して、民間向け貸出余地の拡大を促している。昨年の金融デレバレッジにより、債券利回りや短期市場金利は上昇したが、昨年秋以降の一連の緩和策を受けて、企業向け貸出金利は2018年Q4に低下、信用スプレッドも縮小し始めている。信用状況は回復しているが、信用サイクルの真の復調を弊社が確信するには、信用需要の回復が必要になるが、昨年10-12月きのPBoCサーベイでも引続き信用需要は弱いと示され、民間セクターの信用需要回復には時間がかかるだろう。
●為替政策
予想:人民元は下落圧力を受けることになるだろうが、下落のペースは効果的に管理されるだろう
RRR(預金準備率)の追加引下げや銀行間金利の引下げが中国国債利回りの重石になるとみられる。PBoCとFRBの金融政策に差があることと、経常黒字の構造的な縮小が、引続き人民元の抑制(下落)圧力になるだろう。人民元の下落リスクは小さく、弊社基本シナリオの想定も下回るとみている。米国と中国の通商交渉に有望視できる兆しが出ていること、FRBのタカ派色が弱まっていることが背景。資本フローや人民元を、マクロプルーデントなツール(反・景気変動条項など)の助けを借りて効果的に管理することも、人民元下落のペースや幅を制限することに役立つだろう。
英国(BOE)
●政策金利(3月時点:0.75%)
予想:MPCは利上げを望んでいるが、ブレグジットを巡る停滞感が解消するまでは不可能であり、次回の利上げは2019年11月の見込み
12月の政策会合で、MPCは予想通り政策金利を0.75%で据え置くを決定した。2月の政策会合でも政策据え置きが満場一致で決定された。カーニー総裁を含むMPC参加者はブレギジットを50日後に控える中、EUとの合意に達していない状況に危機感を強めているようだ。「ブレグジットに伴う混乱が完全に影響するため、バランスは下方に強く傾いており、現時点で政策を引締めることは全く愚か」という結論に達しているようであり、MPCが今後利上げに踏み切るためのハードルは高まっただろう。
2月の政策会合では新しいインフレ・レポート(経済・物価見通し)が発表され、予想は大幅に引き下げられた。引き下げ幅は2016年のブレギジット投票以来の下方修正され、新しい経済見通しでは2019年予想が1.2%(11月時点では1.7%)となった。また、英国経済がリセッション入りする可能性も高まったことが示され、インフレ上昇率も従来より緩やかになるとの見方に変わっきているようだ。ブレギジットに関しても、合意なき離脱となると、景気後退リスクは更に高まるリスクも意識されているようだ。また、BoEが利上げのチャンスを得る前に、米国リセッションが近づいていることによる冷たい風が感じられ始める、というリスクもある。ただ、中央銀行の政策ガイダンスは維持されていることから、利上げへのバイアスは引き続き維持されているだろうが、今後のブレギジットに関する進展などに対する様子見姿勢を強まったことも確認された。
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司