はじめに
BREXITを巡り、代替案提示の期限である12日(ブラッセル時間)がいよいよ近づきつつある。仮にあらためて英国国内でBREXITに関する国民投票を行う場合、12か月もの準備期間が掛かる旨、バークレー・BREXIT離脱大臣が3日(BST)に公言している。このように、BREXITがどうなるかは当事者ですら不明瞭な部分が少なくなく、本稿執筆時点(4日時点)で見通しを立てるのは難しい。
他方でBREXITに並び散々“喧伝”されてきたので今やだれも触れなくなったが、BREXITがスコットランド独立とセットであることを忘れてはならない。先月24日(エディンバラ時間)にはスタージョン・スコットランド自治政府首相がスコットランド独立のための国民投票は起こるとの意思を表明している。したがって、英国内が更に荒れることは言うまでもない。
他方で、昨年12月に公表した拙稿では大陸欧州における銀行リスクを取り上げた。その後、ドイツ銀行とコメルツバンクの統合案は本格化し、明日(9日(ベルリン時間))までにコメルツバンク側が統合への意思を表示するという見解が“喧伝”されている。ドイツ銀行は去る2010年11月に韓国マーケットで起こした「ドイツ銀行オプション・ショック」の主犯となる中心人物がインドネシア当局に逮捕されたことで更なる窮地に追い込まれた。
このドイツ銀行の顛末が象徴するように、欧州情勢をつぶさに見つめると、BREXITによる英国よりも、むしろ大陸欧州の方が追い詰められているという現実があるのだ。本稿はかたや欧州に更なる騒乱が巻き起こる一方で、密かに欧州外への脱出ルートを構築しているという二面性を確認していくこととしたい。
面従腹背な仏独関係 ~欧州を守るドイツに背を向けるフランス~
EUはそもそも第二次世界大戦後、仏独勢がその反省ということで1950年にシューマン宣言を発した所から始まっている。逆に言えば、仏独勢の関係が崩れると根本的にEUが分離していく可能性があるということだ。
その前提に立ってドイツ勢の動向を見ると、直ちにEUに問題が起こる可能性は無いように一見見える。たとえば、ポーランドやハンガリーが反EUという姿勢を見せている中で、ドイツおよびベルギーは3月19日(ブラッセル時間)に両国の民主主義体制の履行度合いを検証する方式の導入を推進しており、特にセイコ・マース独外務大臣が司法の独立と報道の自由を擁護しない国家(ルーマニアやハンガリー、ポーランド)に対する制裁措置すら提案しているからである。
他方でドイツは米国との“角逐”を抱えている。この始まりの一つが「ノルド・ストリーム2」問題であった。1月31日(米東部時間)、在独米大使館の報道官が「敵対者に対する制裁措置法」(“Countering America’s Adversaries Through Sanctions Act”)に則り、ロシアによる天然ガス輸出に関わる企業に制裁を課す方針を明らかにした。「ノルド・ストリーム2」は欧州におけるエネルギー問題の解決策として大きな期待を持たれたものでありドイツからはシュレーダー元首相が計画に携わったものであった。しかし、元来からの反対に加えこうした米国の動向もあり、欧州内だけでなくドイツが大きく二分されている。たとえばドイツ左翼党(Die Linke)に至ってはグレネル駐独米国大使の国外追放(Persona Non Grata)を要求している。
この「ノルド・ストリーム2」問題に対し、結局はドイツを支持、すなわち同計画に賛同したものの、欧州議会(EC)における投票でフランスが反対する可能性が指摘されていたのである。具体的には、マクロン仏大統領のみが同計画を支持していたというのだ。
それだけではない。マクロン仏大統領は今年のミュンヘン安全保障会議に欠席したのだが、その理由として、フランスの核の傘をドイツにかぶせることが同会議のテーマに含まれていることがあったのだという。
先月10日(ベルリン時間)、ドイツ・キリスト教民主同盟(CDU)のアンネグレート・クランプ=カレンバウアー党首が欧州大陸の防衛力を向上させるべく、独仏が提携する形で欧州が共同所有する空母の建造を新聞に寄稿した。フランス側の安全保障専門家はフランスの政治家にもこうしたアイディアを有している者がいるが、“バカげた意味のない”提案だと一蹴している。
これに対し、独仏が武器輸出に関して極秘文書を交わしている旨リークされており、こうした独仏の密かなすれ違いを修復させるかのような動きを見せてきた。このようにドイツ、そして欧州に対しては背を向けているかのようなフランスはどこを向いているだろうか?それがフランコフォニーを典型とする欧州外なのである。
マクロン仏大統領は先月11日から14日にアフリカ諸国を歴訪した。具体的には、ジブチにエチオピア、そしてケニアを訪問した。この訪問で注目すべきは、実はその独立以来、歴代フランス大統領は誰もケニアを訪問したことがなかったし、エチオピアについても1966年にシャルル・ド・ゴール大統領(当時)が訪問して以来、誰も往訪していなかったのだ。
またジブチは最近では中国が軍事基地を設置したことで有名になったが、フランスにとって重要なパートナーである旨サルコジ元大統領が言及したことがある。他方で同国は古くは1992年から“タックス・ヘイヴン(租税回避地)”として有名だったのである。
他方で筆者が注目してきたのが、フランスが如実にヴェトナムに接近しているという事実である。旧宗主国ということもあり、またインドシナ戦争(これが後にヴェトナム戦争につながる)もあり永年関係を冷却化させていたように見えて、実は仏ヴェトナム関係は永年一定の親密性を保ってきたのだ。フランスは1973年に(北)ヴェトナムとの国交を回復するのだが、実はその3年前からヴェトナムはフランコフォニー国際機関に既に加盟しているのだ。当時フランスは元宗主国ということで同機関内における活動を自粛していたものの、それが直ちに両国が交友関係を閉ざしていたと言えるわけではなく、むしろ密やかに関係を保っていたとしても不思議ではないのだ。
フランスは国内に多数の中東移民を抱え、潜在的にイスラム系武装集団「イスラム国(IS)」の工作員を抱えている可能性が在る。そうしたこともあり、ジハード主義者に対して厳格な姿勢をル・ドリアン外務大臣が表明してきた。言ってみれば国内で何が起こるか分からないという状況にあるフランスは、旧植民地やアフリカにむしろ逃げつつあるという訳なのだ。
「極右=原理主義」という同盟 ~波乱をもたらすイタリア~
イタリアが再び近代中央銀行システムを露骨に破壊する行動に出ている。財政赤字を補完すべく、中央銀行の保有する金塊を国庫に納入させようと中央銀行の独立を破棄する議論をルイージ・ディ・マイオ副首相およびサルヴィーニ副首相が行っていたという。このサルヴィーニらが北イタリアのキリスト教原理主義者に接近しているのだ。
北イタリアは厳格なキリスト教徒が多いため、これは一見当たり前の動きにも見えるのだが、注目すべきがサルヴィーニが先月29日から31日に開催された「世界家族会議(World Congress of Families)」に参加し、同性愛の反対や堕胎に反対する同集団の主張へ賛同を表明した。同会議は元来米国出身者が設立した団体であり、福音派も関与しているのだ。この福音派はトランプ米大統領の支持母体である。
またサルヴィーニらはフランスの「黄色いヴェスト運動(Giltes Jaunes)」を支持したこと、またプーチン大統領との距離が近いことも知られている。すなわち、米ロ情勢の変動がイタリアに伝播する可能性があるという訳だ。
更には「元祖・劇場政治家」とでも言うべきベルルスコーニ元首相がゾンビの如く再び復活する可能性が浮上している。三度目の公判における証人が死亡したのだが、放射性物質を用いて暗殺された可能性があり、イタリア司法当局が捜査に入ったのだ。これにより証拠不十分ということでベルルスコーニが復活に向けて進んでいるのだ。イタリアが欧州における主要震源地であり続けるということを忘れてはならない。
スペイン発の独立騒動 ~カタロニア独立が欧州中に広まる?~
同じ南欧にあるスペインもまた、欧州内に動揺を拡散させる要因になる可能性が濃厚であることを念頭に置く必要が在る。
まずBREXITに関連し、スペインはジブラルタル領有問題を英国と抱えているが、去る2月に再び同問題が注目されたのである。同問題は、一方ではBREXITが大陸欧州に直接的なインパクトを与える要素であり、他方で大陸欧州側は英国にインパクトを与える要素でもある。そのため、BREXITのヴォラティリティー要因である。
これよりも重要なのが、プチデモン前カタロニア州知事が欧州議会議員選挙に立候補することを明らかにしていることだ。これがどの様な問題なのかというと、欧州議会議員は出身国の国会議員と同等の身分保障を受けると共に、現行犯を除き身柄拘束や司法措置を受けない不逮捕特権を加盟国内で受けることが出来る。さらには出身国からは自国の高官が国外に渡航するのと同様の便宜を、出身国以外の国からは在外公館への入場の便宜を与えられるのだ。すなわち、EU圏内の各国において独立運動を叱咤激励し糾合していくということを露骨に実施可能になるということだ。欧州の現在ある国がかつてより小さな国家であった地域の連合体であることを想起すれば、これの意味の大きさに気付く。
おわりに ~仮想通貨を用いた資金逃避が発生?~
このように実は大陸欧州勢の方が、“デフォルト(債務不履行)”問題といった分かり易い問題以外にも数多くの問題を抱えているという現実がある。
以上で言及したものに加えてここ数年で反EUが進んでいるのが東欧である。こうした動きの中でドイツにとって災厄になり得るのが、ハンガリーにおけるネオナチ集会に数百人のドイツ人が参加していた旨“喧伝”されていることである。ジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長もハンガリーの右傾化が戦争をもたらす可能性を警告している。
こうした中で金融マーケットも巻き込まれていると言わざるを得ない。たとえば欧州投資銀行(EIB)が構造改革を行う旨、EU加盟国と銀行幹部との間で合意を得たという。具体的には、リスク・マネジメント体制の強化を図ったのだという。同銀行はチェコやオーストリアといったEU加盟国ではあるもの徐々にEUから距離を置きつつある国への投融資額が高いのである。そうした背景があると考えられる。
そうした中で、実はEUはイランとのビットコインなどを通じた決済を志向しているという。イランを巡っては米国が露骨な経済制裁を加える一方で、EUはイランを支持してきた。しかし、ドイツがマハン・エア航空による離着陸の禁止を検討している旨、更にはフランスに至っては同航空の離着陸を禁止した旨、“喧伝”されてきた。しかし、その「裏面」として仮想通貨を用いつつあるのだという。
仮想通貨を切り口にスペインが北朝鮮へと接近していることを拙稿でかつて述べた。欧州情勢を眺めるとむしろ、欧州側が資金を逃がすために北朝鮮やイランといった諸国へと接近している可能性が見えてきている。これに対して米国といった諸外国がどう動くのか?欧州情勢から目が離せない。
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。