トラック運賃,貨物輸送量
(画像=PIXTA)

はじめに

中国の一帯一路政策の推進が目覚ましい。陸の大国として長きにわたり存在感を誇っているのが中国である。かつてはシルクロードを使って西側の国々と交易を繰り返し、自国の経済的・文化的発展を実現してきた。古くから中国は強大な国である、というイメージがあったし、また事実であろう。中国が日清戦争後に当時のいわゆる列強に分割されることがあったが、日本に敗戦したことではじめてその脆弱さが露呈したともいわれている。少なくともそれまでは中国=強国というイメージは少なからずあったというわけだ。

一般的に交易することは単なるモノとモノ(カネ)の交換ではなく、自らが得るものと相手へ与えるものが相互に影響し合うこともしばしばある。例えばロシアのマトリョーシカを想像してほしい。これは実は日本の七福神の入れ子人形が元であることはご存知だろうか。マトリョーシカといえば誰もが知っているロシアのお土産であるが、実はあれも交易による相互的な影響があって生まれたものなのだ。

このように貿易とは単なる経済的な発展を促すものだけではない。さらに注目すべきは、何もこの事実が昨今になって始まったものではないことだ。筆者が本稿で取り上げたいのは最初に述べた中国の話題だ。

中国の一帯一路政策がまたさらに西へと伸びようとしている。中国からはじまって中央アジアを通過していくのがいわゆる一帯一路政策の要となるルートである。中国がその先へとたどり着こうとしているのがロシア方面、ヨーロッパ方面であることは間違いない。実際、既に中国はヨーロッパの玄関口である東欧地域へその字歩を進めているのだ。

欧州の玄関口で結ぶ「一帯一路」 ~道は何処まで続くのか~

東欧への進出の足掛かりとして中国は東欧16か国の首脳会談の場で今後の協働を約束する旨宣言した。これによって中国が「一帯一路」の延長線で東欧地域においてもより一層の影響力を行使できるようになったことが分かる。そもそも論として、経済的な観点でいえば中国がヨーロッパの・マーケットを席巻しているのは以前から生じていることである。かつでであれば「安かろう悪かろう」の代表例であった中国製品も今では「安くて高品質」というものも少なくない。実際、中国製の自動車が欧州では高評価を得ており、ボルボが中国企業の傘下に入るなど市場を席巻しつつあるのだ。それ以外にも中国といえばファーウェイを代表としてスマートフォンがヨーロッパに限らず「安さとその割の品質の高さ」ゆえ人気を博している。

そして今回中国が東欧地域と協働することを宣言したということは同地域へのさらなる中国製品の進出は容易に予想でき、インフラ整備といったより大きな事業でも中国が絡んでくることは容易に想像できる。特に注目すべきなのは鉄道網の拡大だ

「一帯一路」政策を支えるのは陸上輸送手段である。その担い手となるのが各地に整備される鉄道であることは容易に想像できる。東欧地域を除いても中国は既にアジア地域でも鉄道事業への投資・協力を推し進めている。例えば中央アジアのパキスタンでは全長1000キロを超える線路の敷設への協力と投資を約束している。またアジアだけでなく中国はアフリカ地域への進出も既に始めている。例えば中国はケニアとの間で鉄道事業で協力することで調印した

東欧地域でも考えられるのは鉄道事業での連携である。特にバルカン半島周辺地域での高速鉄道の敷設が経済的な意味で非常に重要である旨が“喧伝”されている。陸続きである同地域とヨーロッパを結ぶのは飛行機だけでない。鉄道も負けず劣らず重要な輸送手段である。特に一度に輸送できる量を考えるとコスト面でも大きな意味がある。既に同地域では鉄道網が整備されているとはいえども、高速鉄道という点ではまだまだ発展の余地があるのが現状である。周辺地域で既に高速鉄道が整備されているのは主に中欧方面である。高速鉄道の敷設には数百億ドル規模の投資が必要とも見込まれており、東欧地域としては中国からのオファーはメリットあり、と見えても不思議ではない。

このように中国の「一帯一路」政策によって各地へ投資が促進され、発展していくパターンを増やしていくことが中国の狙いであるわけだが、実際のところ中国が“喧伝”するほど美しいお話でもない可能性が指摘されている。中国が鉄道整備を欲する地域へ投資する際の利子率が問題視されている。例えばスリランカのハンバントタ港を整備する事業へ中国が投資した際にはその利子が6パーセントと高かったためにスリランカ側が返済の目処を立てられなくなり、最終的には中国側が99年間同港を借り受けるという事実上の買収が成功したケースもある

こういった動きを中国が見せていることに対して当然ながら反対する勢力も出ている。

例えば南太平洋地域やカシミール地方を巡って争っているインドは、中国がパキスタンと協働することについて、カシミール地方を念頭に置いたものであるとして一貫して反対する姿勢を見せている。さらに中国と貿易摩擦問題を抱えている米国はインドの主張を支持する旨表明しており、同地域を巡っては弊研究所が繰り返し指摘してきたように、地政学リスクが生じる可能性が十分にある。

必ずしもきれいなお話ばかりではない中国の「一帯一路」政策であるが、東欧地域でも負の影響が考えられるだろうか。実は欧州の瓦解とマーケットの混乱をも引き起こしかねない可能性があるのが中国による東欧への進出なのだ。ではこれから何が起きるのか。

おわりに ~線路は何処までも続くのか~

ここまで申し上げた通り、中国は「一帯一路」政策の名の下に引き続き各地域へ進出することを目指すことは間違いない。特にその要となるのが鉄道事業であることも申し上げた通りだ。しかしながら、果たして線路はどこまでも続くのだろうか。既に中央アジアでも地政学リスクの可能性を残している中国の動向がそれを阻む可能性は十分にある。一方で考慮すべきことは中国が狙っているのは東欧地域の欧州連合(EU)からの分離ではないのかという可能性だ。事実、中国はセルビアとの鉄道事業協力を進める旨が喧伝されている

他方でEU全体としてみてみるとその体制が揺れているのが分かる。BREXITを契機にEUからの離脱のモデルケースが確立されれば「離脱ドミノ」ともいえる事態にもなりかねないのが今のEUの現状なのだ。セルビアに限らず、EUからの離脱を示唆しているハンガリーやポーランドといった地域もその動向が懸念されている。

中国が「一帯一路」政策で世界の鉄道を支配する。そんな状況が惹起できるのではないかと思えなくもない一方で、実は中国は自らそれを阻みかねない大きな爆弾を自ら抱えているのだ。中国の人口が深刻な高齢時代に突入していることはご存知だろうか。一人っ子政策でおなじみだった中国だったが、その政策が同国の高齢化を深刻化させたとして政府は数年前に廃止した。データによると2050年までには4割近くが高齢者になることが懸念されている。線路を作ったもののそう遠くない将来に整備する人材がいなくなる可能性が高い、それが中国を待つこれからなのだ。

ではこれから一体何が起こるのか。まずは中国が東欧地域へ引き続き進出をすることはありうる。しかしややあって同地域での中国の動向は諸外国から非難を受けるだけでなく、地政学リスクの“炸裂”も引き起こし各地で中国は対応を迫られることになるだろう。さらに高齢化が深刻化すれば中国では「一帯一路」をもはや維持する能力を持ちえず、再度線路は分断されることになる可能性がある。一旦の強烈な「上げ」の可能性とその先のさらに大きな「下げ」の可能性を踏まえつつ、中国の線路は何処まで続くのか、注視して参りたい。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

岡田慎太郎(おかだ・しんたろう)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2015年東洋大学法学部企業法学科卒業。一般企業に勤務した後2017年から在ポーランド・ヴロツワフ経済大学留学。2018年6月より株式会社原田武夫国際戦略情報研究所セクレタリー&パブリックリレーションズ・ユニット所属。2019年4月より現職。