投資初心者のみならず経験者でもポートフォリオに少なからず組み込んでいるであろう「投資信託」。日本で買える投資信託は公募だけでも6000本超あり、ことに初心者は「何を選んだらいいか分からない」というのが正直なところではないだろうか。

ご存じのとおり、投資信託は投資家から集めたお金を、運用会社の専門家がさまざまな金融商品、不動産に投資し、そこで得られた果実を分配する商品だ。運用を担う専門家が「ファンドマネジャー」にあたるわけだが、どんな人が投資しているのかがフォーカスされることは、”最近”あまりない。

しかし、1990年代から2000年代にかけて、「顔の見えるファンドマネジャー」として活躍した人物がいる。大島和隆氏だ。一時は大島氏がファンドマネジャーを務める投信がランキング上位の常連となり、メディアは「カリスマファンドマネジャー」などと呼んだ。銀行系の投資顧問会社から外資を経て独立した大島氏が、今もなお、そして独立した今だからこそ取り組んでいることとは。(取材・濱田 優 ZUU online編集長/写真・森口新太郎)

NTT上場、ブラックマンデー……投資顧問会社への出向で「出世コースから外れた」と思った

大島和隆氏
大島和隆氏(写真=森口新太郎)

1961年生まれの大島氏。父は商社マンといい、本人も「世界を股にかけて飛び回るような仕事をしたい」との思いを持ちつつ、85年、太陽神戸銀行(現・三井住友銀行)に入行した。銀行の語学研修を受け海外勤務できるとの期待もつかの間、なぜか投資顧問会社への出向を命じられる。87年12月のこと。時まさにブラックマンデーで相場が大荒れの時期だった。

今でこそ”出向”がネガティブな意味を持つわけでもなくなったが、当時、都銀から関連の投資顧問会社に出向を命じられることは、決して喜ばしいことではなかった。大島氏も「(出世コースから)外れたなと思った」と振り返っている。

当時はどのような状況だったのだろうか。ブラックマンデー直後ではあるものの、投資が注目されていたことも事実だ。時代はいわゆるバブル経済のまっただ中。そして87年といえば、NTT(日本電信電話)が上場した年でもある。

「NTT株」と聞けば、古くからの投資家はいい思い出が蘇るかもしれない。NTT株の売り出し価格は、上場前年の86年10月29日に1株119万7000円と決まった。同社の1株当たり純資産21万円で、おおかたの事前予測では60万〜80万円だったこととあわせて考えれば、どれだけ注目され、投資家が熱狂したかがうかがえる。

失意の出向ではあったが、投資顧問会社で頭角を現す。今でいうクオンツのようなアプローチとともに大島氏が力を入れたのは企業訪問だった。当時はまだファンドマネジャーが企業の決算説明会などIR関連イベントに顔を出すことは当たり前ではなかったのだ。

そしてファンドマネジャーを務めた投信「さくら日本株オープン」(三井住友・日本株オープン)は時代に名を残す売れ行きを見せた。大島氏の「株主になりたいと思える企業への投資」「一緒に『夢』を描ける企業への投資」という方針を多くの個人投資家が支持したのだ。今と比べて運用管理費も低かった時代、氏は結果を出して「カリスマファンドマネジャー」としてメディアで取り上げられた。

当時から米国株にも注目、「こんな面白いのになんでアメリカ株に投資できないんだろう」と考え、投信の販売会社に話を持ち掛けて、アメリカ株、外国株を入れられるファンドもつくった。それが「さくら株式アナライザー・オープン」(後の三井住友・株式アナライザー・オープン)だ。

楽天グループ入り、リーマンショックの2ヵ月前に「急落に備えよ」と予言

大島氏はその後、所属する会社で(銀行の関連会社で)最年少の執行役員になるも、自身が設定した投信の当初の設定期間だった10年経過の後に退社。一時は独立するもの、2008年、楽天グループ入り、楽天証券経済研究所チーフストラテジストに就任した。

08年6月に就任して一ヵ月後の7月、「急落に備えよ」というレポートを書いている。周囲からは「1本目からすごいこと書くね」と周りに言われたというが、その2ヵ月後に起こった出来事は誰もが覚えているだろう。リーマンショックという”急落”である。結果として見通しが当たっていたのだ。

その翌年には請われて楽天投信投資顧問の社長兼チーフ・インベストメント・オフィサーに就任。今度は投資ではなく企業経営で手腕を発揮、赤字だった会社を2年半で単月黒字化する。その背景にあったのはトリプルエンジン(楽天USリート・トリプルエンジン)のヒットだった。分配金利回りが高く自社のみならず、他社ネット証券各社で売れた。仕組み債を組み込むことで運用を要らない形にし、運用部門をリストラ。コストを削減したことも黒字化に寄与したというが、自身もともとはファンドマネジャーだけに、運用部門のリストラは「断腸の思いだった」と振り返る。

その後、「一度は外資で働いてみたい」という思いもあり、縁あってバークレイズへ。バークレイズ・ウェルス ISS(インベストメント・ソリューション・スペシャリスト)ヘッドに就任する。所属した会社は日系証券会社とのジョイントベンチャーで、なかなか難しい立場だったと想像されるが、大島氏が就任する前の2年で2人が辞めていたというから、その想像はおそらく間違っていないだろう。

投資におけるオープンウォーター講習をやりたい

大島和隆氏
(写真=森口新太郎)

そして2017年に再び独立した大島氏が注力するのは投資家教育だ。自身の経験を伝えるための情報提供サイト「ファンドガレージ」主宰し、「自分できちんと評価や判断をして将来に向けた資産形成ができるような人が増えるように貢献したい」と情報発信に努めている。

大島氏は、「投資の無料相談会や投信の無料診断というような金融機関がやっているサービスって多いですが、『無料ほど高いものはない』と思います。実際は金融商品を販売したいがための無料であることが多い」と指摘。「何となく良い話を聞いたから、販売手数料が高いのは分かっていても『お薦め商品』を買ってしまい、損ばかりしている人って多い。そうならないで、自分で評価、目利きができるような投資家になるお手伝いができれば良いと思っています」と話す。

そして、自身もしているというスキューバダイビングにたとえ、「投資・運用におけるオープンウォーター講習を一部有料で提供したい」との構想を抱いている。

そんな大島氏が以前から、今なお掲げるのは「技術のロードマップ」に基づく投資だ。簡単にいえば「自分の周りで不便だなと思っていることは必ず解決されていく。そこに着目していけば、何に投資すればいいかを選ぶときに大きな間違いはない」というものだ。

スマホを引き合いに、「iPhoneXが出ていますが、もう6や8あたりで、なんとなく満足できる状態になっちゃってますよね。もう機能が進化してもこれ以上、スマホで何か新しくやりたいことってないと思うんですよ。次にスマホに何ができるようになってほしいかと問われても、アイデアがないと思うんですよね。つまりスマホはもう“終わっちゃってる”可能性が高い」と示唆する。

「顔が見えるファンドマネジャー」のパイオニアである大島氏がファンドマネジャーとして当時何を考え、いかに「技術のロードマップ」にもとづく投資を推奨するようになったのか。その軌跡と今後の構想について話を聞いた。次回から5回のインタビューでその内容を詳らかにしていく。

特集大島和隆
明日から公開 特集「カリスマファンドマネジャー」大島和隆の過去・現在・未来