投資顧問会社を辞め、楽天グループ入りした大島氏。運用会社の社長になるもまさにリーマンショック直後で、投資家のマインドは冷え込んでいた。「ネットチャネルしか持たない運用会社を社長として立ち上げるって、とんでもなく大変だと気が付いた時は後の祭りだった」と振り返るが、そこで取った策とは。(取材・濱田 優 ZUU online編集長/写真・森口新太郎)

(取材は2019年4月上旬に行われました)

特集大島和隆03
(画像=chanawut13 / shutterstock.com, ZUU online)

社長としての一番のハードディシジョンは運用部長に辞めてもらうことだった

――前回は三井住友アセットマネジメントを辞め、ご自身の投資顧問会社を作って、ヘッジファンドを立ち上げ、その後に楽天証券に参画されたことをうかがいましたが、楽天には都合どのぐらいいらしたんですか?

4年と1か月いたんですが、その間に投資顧問会社2年半で単月黒字化をしました。これは金融庁にも褒められましたね。

2年たったところで、赤字続きのため会社の純資産が資本金を割り込んだんですよ。といってもまだ債務超過ではないんですが、純資産が資本金を割り込むというところまで来たので、金融庁に毎月報告に行かなきゃいけなくなりました。

実際にはすぐ報告に行く人なんかなかなかいないらしいのですけど、「改善計画ってありますか」と言われて、「こういうビジネスプランでこうやって……」と出して、金融庁に毎月進捗報告に行っていました。

それから半年後ぐらいに、単月でやっと黒字になったんです。トリプルエンジンというファンド(楽天USリート・トリプルエンジン)を作ったんですが、これが大ヒットとなりました。毎月分配型ファンドだったんですが、一切タコ配(タコ足配当。配当に必要な利益が実際には出ていないにもかかわらず、無理やり配当をすること)はやらないファンドです。少なくとも私が社長である間は、タコ配はしない方針でしたから。でもかなり高い利回りを出せました。カバードコール戦略ファンドの走りです。