ファンドマネジャーになり、投資顧問会社の執行役員に選ばれ、請われて運用会社社長に……大島氏が手腕を発揮したこの数十年は、日本経済は”失われた”と形容される。インタビューの最後に、「平成」を振り返り、キャリアの出発点となった「銀行」について今どう考えているのかうかがった。(取材・濱田 優 ZUU online編集長/写真・森口新太郎)

(取材は2019年4月上旬に行われました)

特集大島和隆05
(画像=Igor Kyrlytsya / shutterstock.com, ZUU online)

平成は日本経済がダメになっていった時代

――平成を振り返る特集を連休前に掲載するのですが、大島さんが「平成とは何だったのでしょうか」と問われたら、どうお答えになりますか。社会人になったのが87(昭和62)年ですから、ほぼ平成の歴史とともにマーケットを見てこられて、金融は非常に面白かった時代ではあると思うんですけど。

僕の平成人生は波乱万丈伝に載ると思います。阪神大震災も見たし、リーマンショックも見たし、LTCMもあったし、アジア通貨危機もあったし、2000年問題もあったし、ナインイレブンもあったし……ありとあらゆるクラッシュを味わいました。

――大きくマーケットが傷む、事件や事故がどうしても記憶や記録に刻まれてしまいますね。ブラックマンデーもそうですし、「なんとかショック」って結構あるように思えます。

社会や市場という視点では、思い出としてはしんどいものが多かったですね。特にナインイレブン。ワールドトレードセンタービルは何度も行った場所でしたし。

それに実は、あの日にワールドトレードセンタービルの下で人と会うことになっていたんです。変な霊感が働いたのか、1週間アポをずらしたんです。